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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
144/365

第144話

「はっ!」


 鋭い呼気と共にスマッシュが空間を切り裂く。刈田が放ったシャトルは坂田のラケットに弾かれてコートの外へと飛んでいった。審判がポイントを読み上げる。

 カウント、14対10。

 坂田のレシーブ力を上回る攻撃力で、刈田は一ゲーム目を押し続けていた。その代償なのか、刈田の顔は既に赤く染まっている。元々汗をかく体質で熱くなりやすいが、体力をどこまで奪っていくのか。


(なんて、体力温存考えていたらこいつには勝てないな)


 サーブの姿勢を取って、一息強く吐く。体力に関してはまだまだ問題は無い。外見ほど疲れてはいないが、熱いのは確か。熱さは予想以上に体力を奪うのを速めるだろう。

 元々スマッシュで速攻で倒していた。だからこそ自分のスマッシュを取って繋いでいく吉田や小島に競り負けていた。自分が競り合いに弱いというのはどこかで分かっていたが、改善する術が分からなかった。自分の部には吉田レベルに返せる相手もいない。練習のしようがない。

 だからこそ、得意分野を伸ばすことだけに時間を費やした。

 スマッシュ。自分が誇れる最大の武器。

 同じスマッシャーの武にも負けないと自信を持って言える武器を惜しみなく使う。どれだけ競っても最後まで信じる。それは坂田が持っているレシーブの力も同様だろう。

 自分の持っているものをどれだけ信じられるか。それが、全道大会で必要なこと。


(お互いの信じる力が明暗を分けるってか! 面白いじゃねぇの!)


 独特のフォームから繰り出されるスマッシュ。シャトルがシングルスライン上を狙って打たれる。そこまでのコントロールはないが、実際狙って打たれると取りづらい。坂田はしかし、難なく打ち上げていく。


「おら!」

「うらぁ!」

「だっ!」


 コートから響くのは刈田の咆哮と爆発しているかのごときスマッシュの炸裂音。一方で坂田は無表情で淡々とシャトルを返していった。静と動の二人。それでもコートを駆け巡るシューズがこすれる音は同じように発せられていた。

 やがて。


「はっ!」


 十度を超えたスマッシュ。突き進んだシャトルが、一瞬だけ不規則な動きをする。それが坂田に隙を生んだのか、ロブが少しだけ浅く浮かんだ。


(ここだ!)


 シャトルへと突進する刈田。坂田もコート中央から少しだけ前に体勢を整えてスマッシュへと狙いを絞る。前に出ることでスピードに負ける可能性もあるが、コースを狭めることでラケットの反応が間に合えばカウンターで打ち返す可能性も広がる。そこを狙っているのを理解して、刈田はスマッシュのみに力を集中する。

 真っ向から勝負して、力で突き破る。それが刈田の選択。

 外すことを卑怯とは思わない。しかし、刈田はそちらを選ばなかった。


(くらい……やがれ!)


 右腕に結集する力が視覚的に見えるような気がした。うっすらとした光が右腕を覆い、ラケットへと伝わる。限界まで引き絞った弓から矢を放つかのごとく、シャトルへ向かってラケットを振り切る刈田。ゲームが始まり、今日一番の炸裂音が響いた。

 坂田もラケットが動いている。シャトルを捉えきれれば刈田に反応する余裕は無い。

 勝負は、一瞬。


「ポイント。フィフティーンテン(15対10)。チェンジエンド」


 コートに着弾したシャトルが、坂田の膝の高さまで浮いていた。それほどまでの反発に水鳥の羽は耐え切れず、ボロボロに散っていた。坂田のラケットは空を切り、シャトルは坂田の右足付近に着弾。刈田は賭けに勝った。


「しゃあ!」


 まだ一ゲーム目だが、刈田のテンションは最高潮に達している。地区予選もあわせて最高のスマッシュで一ゲーム目を取れたことは、今後の試合の流れを引き寄せるには十分だと考えられる。


(さあ、どうでるかな。相手は)


 コートから出る前にシャトル交換を審判に申し出ていた坂田は、丁寧にシャトルをサーブライン傍に置いてからコートを出ていた。そこには気負いも何も見られない。ただ、一ゲーム取られたという事実を淡々と認めているようでもあった。


(なんだよ、何かダメージ受けてくれたらラッキーだったけど)


 結局は、先に二ゲームを取った方が勝つ。一ゲーム目を取られると厳しくはなるが、まだ悲観するには早いということを坂田は分かっている。

 テンションを上げた刈田にとって、自然体で相対してくる坂田は何か苦手な気配をかもし出していた。


「一本」


 上がっていたテンションが落ちていく。しかしそれは気持ちが萎えたということではない。外に発散していた気合を全て内に吸収するように、静かになっていく。

 シャトルのリリースをわざと大げさにし、思い切りラケットを振り上げた。はじき出されたシャトルは力任せに飛んでいくだけではなく、ちゃんと距離も方向も計算されている。昔は力任せに打つだけだったが、それを誤りだと気づかせてくれたのは、小学生時代からのライバルである吉田だった。


(それを面と向かって言うのは恥ずかしすぎるがな!)


 会心のサーブに慢心せず、コート中央で坂田の出方を見る。打たれたのはドロップ。刈田は目一杯ラケットを伸ばし、インパクトの瞬間に一瞬だけスライドさせた。シャトルは不規則に回転しながら相手コートへと落ちていった。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 スピンをかけるヘアピンを覚えたのも、自分のスマッシュを最大限に生かすため。スマッシュを放つためにはシャトルをあげさせなければいけないが、見知らぬ相手も刈田を見るだけでスマッシュが得意だろうと察することが出来るほど恵まれている体格をしているだけに、スマッシュを打たせないようにシャトルを飛ばしてくる。それは上に昇っていくほど顕著になるはずだった。だからこそ、相手にシャトルを上げさせるための技が必要だった。

 ドロップやドライブを犠牲にして手に入れた、スマッシュとヘアピン。

 相手がシャトルの軌道を読めたとしても甘く返さざるを得ないシャトルを打つ。

 それが、刈田の目指した頂だった。全道大会という場で勝つたび。今ならば坂田を追い詰めるたびにそう思える。


(俺は! こんなところで止まってられねぇんだよ!)


 坂田が上げたドライブ気味のシャトルを途中でインターセプトして叩きつける。あまりに綺麗に決まった一打に、刈田は思わず叫んでいた。


「おっしゃあ!」


 左拳を握り締めて前に突き出す。逆手にして自分に拳を引き寄せると共に力を自分の内に吸収していく。着実に近づく勝利。勝てばベスト8。全道最強。全国屈指のプレイヤーへの挑戦権を獲得できる。


「よし、一本!」


 いつものようにシャトルを飛ばす。これまでの攻防で坂田は完全に防御型だと理解できた。いかに強固な防御でも攻められなければ負けない自信はあった。攻撃を受け止めきるには実力差が必要だったからだ。

 ――それはけして油断というものではなかった。

 ただ、坂田がサーブを受ける一発目で初めて放ったスマッシュを、刈田は取ることが出来なかった。

 全く動けなかったのは、けして速過ぎたからではない。だが、けしてスマッシュを武器にして攻められないほどの遅さでもない。中途半端な速さならば意表を突かれても刈田ならば反応は出来た。それが出来なかったということは、十分刈田に対抗できるスピードということだ。

 審判のサービスオーバーの言葉を聞いて、体が機械的に坂田へとシャトルを返す。その後で坂田への警戒心が改めて湧き上がってくる。


(あいつ。明らかに俺が思い込むように試合をしていたってわけか)


 防御だけではなく、攻撃でもいけるということを少しの時間で思い知らされたことになる。最初から全てを出して押し切ろうとしていた刈田に対して、坂田は自分の隠していた武器を出して反撃してきた。それが必要に迫られたのか最初から筋書き通りだったのかは刈田には分からない。一つ言えることは、考えていたよりも勝利が難しくなったということ。


(別に構わないさ。全道で楽に勝てる試合なんてない。どれだけ試合一つの全力を出せるかだろ)


 自分の中に少しだけ生じた迷いを弾き飛ばすように刈田は叫ぶ。


「ストップ!」


 同時に放たれるシャトル。坂田のサーブはドリブンクリアのように鋭く刈田の頭上を越えようとする。その分、高さが足りないため途中でインターセプトに成功するが、前に落としたシャトルにはもう坂田は前につめており、プッシュでシャトルをコートに叩きつける。

 一瞬でポイントを奪われたことに刈田はさすがに息を呑んだ。

 フットワークでは負けると分かっていても、第二ゲームに入って更に速度が上がっていることは脅威だった。刈田のスマッシュについていける反射速度にフットワークのキレ。そして十分な攻撃力のあるスマッシュ。手持ちの武器の多さでは完全に負けた。後は使い方ということになるが、一ゲームに打ち続けたスマッシュに費やした体力が今になって刈田の体を蝕み始める。


(うまく行ってる時は何も気にならないが、劣勢になったら一気に噴出すもんだ。やっぱり、第一ゲームは取っておいて正解だったな)


 まだ心が折れないのは、この展開を予想していないわけではなかったということだ。無論、こないほうが良いとは考えていたが。


「ストップ」


 まずはサーブ権を奪い取る。それだけに集中するように自分に言い聞かせた。

 坂田のサーブが前に落ちていく。ロングと見せかけたショートサーブ。刈田は無理をせずに遠く深く飛ばせるようにラケットを振りぬいていた。シャトルを追っていく坂田の様子を視界に収めながら、次はどこに打ってくるかと予測する。自分の立ち位置をわざと中央から左にずらし、右側に隙が出来るようにしてみた。それに引っかかれば、刈田も躊躇い無く足を踏み出してプッシュかスマッシュを決めるところだ。

 だが、坂田は刈田の様子を見て取るとストレートのハイクリアを打っていた。打った反動ですぐにコート中央に戻り、逆に刈田の打つシャトル全てに対応しようとする。


(こなくそ!)


 対抗出来るのか、試してみたくなる衝動を抑えきれずに刈田はストレートにスマッシュを放っていた。出来るだけライン上を狙う、ぎりぎりの角度と速度。しかし、ネットを越えた時点でもう坂田のラケットがシャトルを捕らえていた。ストレートに進んでいたシャトルが斜めに打ち抜かれる。刈田はスマッシュを打った直後の体勢から動くことが出来ずに、シャトルが落ちたところを見てしまった。

 ポイントが告げられ、また一点だけ差が広がる。

 刈田の心のうちに嫌な予感が広がっていく。


(このままこのゲームは取られる気がするな)


 弱気はいけないと分かっていても、試合の流れというものが見えることがある。それはコートの外からではけして分からない。コートの中にいる二人だけが感じ取ることが出来る、感覚的な何かだ。

 今回は、明らかに坂田へと風が吹いている。それはとても大きく、強い。


(今は焦らずに流れを止めに行くか……)


 劣勢を感じ取れたならば、行うべきことは一つ。

 まずは勝つという意識を薄めること。

 もう一つは攻め急ぎ過ぎないこと。

 スマッシュで押すよりもハイクリアで相手を制することを考える。


(よし、行くか)


 ラケットを掲げてサーブに集中する。状態を起こし、少しでも体が大きく見えるようにして相手にプレッシャーをかけられるように。

 坂田はロングサーブで刈田の巨体を後ろにそらした。今度は高く深い軌道。インターセプトも出来ずに、刈田はコート奥からハイクリアを放った。


「おら!」


 今までスマッシュの時だけ咆哮していたが、フェイントもかねて叫ぶと、坂田も一瞬動きを鈍らせた。スマッシュかハイクリアの判断を迷ったのだろう。


(行くぜ!)


 自分を奮い立たせる言葉を内心で呟きつつ、刈田は攻めを止めることはなかった。

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