表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
137/365

第137話

 宮島の横を抜けてシャトルがコートに突き刺さる。一発で決まった勢いもあり、杉田は咆哮する。自分の中の熱い想いを相手へと叩きつけるように。


「よし! 一本だ!」


 返されたシャトルを手に取り、自らの未来を宣言する。その姿は思い描いていた理想の形に重なった。


(相沢……いつの間にか、お前を目指してた気がするよ)


 ロングサーブで宮島をコート奥へと押しやり、自らは防御テリトリーを支配すべく中央に腰を落とす。仕掛けてきたハイクリアを追って二歩で移動し、ストレートにハイクリア。それが数回繰り返されたところで、今度は逆サイドの前にドロップが落ちる。フットワークが劣っていれば体勢が崩れる絶妙なコース。それでも杉田はしっかりと追いつき、ヘアピンを打った。

 逆に前に突進する宮島。多少フォームは崩れたが、ロブがあがり杉田を前から遠ざける。


(そう簡単にはいかないよな)


 決めるとすればスマッシュだろう。だが、何の伏線もなく打ち込めばカウンターをくらうのは目に見えていた。タイミングを見定めなければいけない。

 しかし、杉田の頭に過ぎったのは先ほど決まったスマッシュだった。


(でも、じゃあなんであれは決まったんだ? サーブからの一発目なんて、十分体勢も取れてるし)


 ドリブンクリアで押しやる。そこから放たれたスマッシュを逆サイドの奥へと叩き返し、杉田はまた腰を落とす。スマッシュを前で捉えて弾き返せば十分なカウンターだ。前で取るために、出来るだけ良い視界で見たい。

 それには視線を落としてスマッシュの軌道をドライブに変えれば良い。

 杉田の考えた結果は確かにスマッシュに対しては防御を強くした。

 だが――


(くっ!)


 スマッシュが来ると思っていたところへハイクリア。十分追いつける足はあるが、上体を起こす分だけ余計な力がかかる。それが体力の負荷にならないか。


(おそらく宮島も気づいてるだろう。なら、スマッシュよりもクリアを多くするかも。それでハイクリアに慣れたらまたスマッシュに――)


 杉田がそう思考した瞬間、スマッシュが胸元へと叩き込まれた。

 ラケットを動かすことも出来ず、杉田は胸元から下に落ちるシャトルをただ見るしかなかった。しかしその瞬間、何かが頭を過ぎる。


(なんだ。何が、なかった)


 何かが足りなかった。だからシャトルが取れなかった。

 シャトルを返しながら、今浮かんだ考えを突き詰めようとする。しかし、まだ情報が足りないのか核心が持てない。まずは更なる情報を得る必要がある。


(まずはもう一度スマッシュだな)


 先ほど決まったスマッシュをもう一度試してみる。

 ロングサーブで放たれてきたシャトルをすぐさまスマッシュで宮島のサイドを抜かそうとした。だが、今度はラケットを振りぬかれて逆サイドのコート奥へとシャトルが飛ばされる。追いついてハイクリアを打ち、中央に戻りながら考えを訂正する。


(宮島は特にスマッシュに弱いわけじゃない。ならどうして取れなかった?)


 単純に試合の始まりで気が抜けていたのか。でもそれならばまだまだ序盤であり、条件は変わらないはず。

 他に理由があるのかと、杉田はとりあえずスマッシュを胴体に向けて打った。

 今度はバックハンドで多少取りづらそうだったが、それでもネット前に落としていく。杉田はロブを上げようとしたが、目の前でインターセプトを狙う宮島に捉えられぬようにヘアピンでサイドを狙った。しかし大きく跳びすぎてアウトとなる。


(もう少し、か)


 点を取られても慌てず、戦況を見定める。


(どうにかすれば、スマッシュを決められる。さっきの成功例と失敗例。二つの差、か)


 体勢については特に問題はなかった。どちらもしっかりと打ち返せる体勢を整えていた。だが、最初は通り、次は打ち返された。


(身体の問題じゃないなら、気持ちの問題か)


 即ち、打たれると思っていなかったから取れなかった。

 思考の間隙を突いたということか。


(もしかしたら極端にそういうのに弱いかもしれないな……確かめるすべはあるけど、出来るかどうかだな)


 ロングサーブが放たれる。杉田にとってはスマッシュもハイクリアも可能な弾道。

 自分の幸運を信じて、意図的にラケットの振りを速める。


「うおら!」


 振りぬいた瞬間、鳴る甲高い音。

 杉田の真骨頂であるフレームショットが炸裂する。

 ふらふらとシャトルはネット前に進む。勢いはないが、ぎりぎりネットを越えて相手側に落ちるだろう軌道。それに対して宮島は動くタイミングを逃したようだった。ネットの傍にシャトルが近づいたところでようやく動き出すも、ラケットは空を切り、シャトルはコートに落ちていた。


「すみません!」


 口では謝るが、内心では確信する。宮島は予測しているショット以外に対しての判断力に劣る。あくまで自分の思考の範囲内でしか対応できない。

 無論、大抵の人間は反応できないのだが、それでも上手く打ち返すなどは出来る。危機回避能力が、少なくとも武や吉田よりも劣っている。そこにアドバンテージを見出した杉田はシャトルを手に取ってから次の手を考える。


(同じようなことは通用しない……から、やらないってことをやればいいんだろうか)


 つまりは、自分がそれを打たれたら反応できないかもしれない、というショットを打てれば点を取れる。試す価値はある。

 方針を決めれば後は実践するのみ。それが最も難しいのだが。


「一本!」


 ロングサーブを打つ、という軌道でショートサーブを放つ。無理は多少あり、ネットすれすれとまではいかない。しかし、ロングの勢いを見ていた宮島は後ろから前に移動する隙を生み、上からは叩けずにロブを上げた。


(そのまま、落とせ!)


 スマッシュを放つと見せかけて、ドロップで前に落とす。打つ直前までスマッシュを打つ気だったが、ラケット面の角度を変えて逆サイドに落とすかっとドロップ。宮島は追って拾ったが、シャトルが上がったところには杉田のラケットが。


「らぁ!」


 シャトルを叩き落してガッツポーズ。それを見ても宮島は冷静にシャトルを返してきた。


(まだまだ心は折れない。っていうか、心を折ることなんて考えられないだろうな)


 杉田のサーブ。しかし、一瞬でも気を抜けばすぐにサーブ権を取られるだろう。それほどまでに、コートの中は張り詰めた空気が満ちてきている。


「一本!」

「ストップ!」


 杉田と同時に吼える宮島。おそらく最初の分岐点。試合を優勢に運ぶことが出来るかどうか。ここで点を取るかサーブ権を奪われるか。


(やってやるぜ!)


 杉田のラケットが、シャトルをコート奥へと飛ばしていた。



 ◆ ◇ ◆



「どう見る? 相沢」


 客席へと戻っていた武に対して、ストレッチをしながら小島が問いかける。その質問の先は杉田の試合だろう。試合が始まって四十分が経過していた。地区大会の一回戦ならば終わっていてもおかしくない時間。

 しかし、眼下の試合はいまだに第一ゲームだ。サーブ権の移動を何度も繰り返し、スコアは十三対十二。杉田の一点リード。


「どっちが勝つか、なんて決められないな。杉田と相手は持ってるものは五分だと思うし」

「そりゃそうだろうな。俺が言ってるのは別のことだよ」


 小島の話題が理解できず、武は視線を試合から小島に移した。立ちながら腕をねじっていた小島はいつしか床に座り、身体をほぐしている。


「サーブ権で得点する今の制度はやっぱり時間かかるよな。バレーボールみたいにサーブ権関係なく得点決まれば早いだろうに」

「……確かにそれはそれでスリルだろうけどね」


 相手に決められてもサーブ権が移るだけですむ、というのは心に余裕を持てる。逆を言えば、点を取るにはサーブ権をもぎ取らなければいけず、その分疲れるのだが。

 サービスポイント制とラリーポイント制。それぞれに良い点も悪い点もある。試合時間の超過はマイナス点の代表例だろう。


「ようはまあ、杉田のこととかどうでも良くて、自分の出番早く来ないかなってことなんだが」

「それはそれで酷すぎないか?」

「俺は女子のほうが好きだしな。全然知らない男のことなど気にする男じゃない」

「凄まじく小島らしい」


 冗談で言っていることは分かったため、特に責めずに試合へと目を戻す。

 小島らしい、という言葉を呟いたことで自分も慣れたものだと思う。


(小島らしさってなんなんだろな。俺も良く言えるよ)


 人のことなど何も分からないと武は考える。例えば杉田の試合。まさかここまで戦えるとは思っても見なかった。馬鹿にしていたというわけではないが、杉田の力を過小評価していたことは認めざるを得ない。


(いや、試合前の杉田なら多分、ここまでやれなかった。更に成長してるんだ)


 地区大会の時よりも、更に実力を上げる。未知の相手と戦うことにより、自分の力を上げていく。武の背中にぞくりとした感覚が駆け巡る。


(これが全道大会か)


 衝動に震える武の目の前で杉田がマッチポイントを迎える。武並みの咆哮を放ち、サーブに魂を込める。シャトルは今までで一番綺麗な弧を描いて宮島の頭上に落ちていった。ほぼ垂直に落下してくるシャトルを宮島は的確にドロップで杉田の左前に落とす。バックハンド側のほうがコントロールが甘いと見たのだろうか。


(流石にばれるんだな)


 杉田を総合的に見て、バックハンド側が弱いというのを武は知っている。自分も同様に、狙われ続けたら辛い部分がバックハンド側だ。そこを狙われないように吉田や自分でゲームメイクをしているが。

 杉田も、初心者から駆け上がっただけに長所は伸びても短所は伸ばしきれない。それでも簡単に弱点とばれない程度のレベルにはなったはずだった。

 しかし、杉田のストロークに対して宮島は何度も左側だけを狙ってくる。ドロップ、スマッシュ、ハイクリア。全て左サイド。杉田もその度にバックハンドで返しているが、いつ失敗するかは分からない。

 杉田が失敗するのが先か、宮島が崩れるのが先か――


「いや、違う」


 武が目の前のラリーの目的に気づいた瞬間、宮島が動く。

 左サイドに打たれたシャトルを杉田はストレートに返した。その時を狙って前に飛び込み、逆サイドに向けて打ち込む。

 あからさまに片側だけ狙ったことについては、おそらく杉田も狙いに気づいただろう。一方向だけに引きつけておいて急に逆方向に打てば対応しきれない。

 そう、気づかせること自体が作戦だった。杉田が気づいたのは、おそらく武と同じタイミングだろう。

 そう気づいた瞬間に動かれれば、予測できたとしても動けない。更に読んでいたにも拘らず対応できなかったことでも精神的にショックを与える。宮島の二重の罠。


「うらぁあ!」


 だが、その罠を杉田は食い破った。

 クロスに放たれたシャトルへと、咄嗟に反転してラケットを届かせる。当たったのはラケットの先。

 切り札となる、フレームショット。

 ふわりと舞ったシャトルは、そのままネット前に落ちていく。宮島のいない、右サイドへと。

 スローモーションになったかのごとく流れる時間。

 杉田も、宮島も動くことを忘れてシャトルの流れる先を見送っていた。


「ポイント。フィフティーンサーティーン(15対13)」


 まず、杉田の先勝だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ