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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
135/365

第135話

 体育館に武がたどり着くと、入り口はもう他校の選手で溢れていた。まだ鍵が開いていないのか、たむろしつつもスクワットするなど体を温めている。冬だけに気温は低く、黙っていれば体が冷えてしまう。


「あと五分もすれば開くんだろ?」

「そうみたいだな」


 ホテルからタクシーを使って降りた武と吉田は安西達の姿を探そうとする。二人だけ後から遅れてきたことに焦りを感じつつ、周囲を探し続ける。


(こんな時に限って寝坊なんてなぁ)


 武はそれまで何度も口に出したが、心の中で吉田に詫びた。自分に付き合って遅れてタクシーで共に来てくれた吉田には頭が上がらない。


「あ、いたぞ武!」


 吉田の指差す方向に頭一つ高い庄司の姿を見かけて、胸をなでおろす。まだ少しは開場まで余裕がある。今の内に合流しておけば楽に入れるだろう。

 吉田の後ろについて共に仲間たちのところへと向かう。武達が近づいてきたのに最初に気づいたのは杉田だったのか、指をさしてから手を振っていた。


「間に合ったかー。良かった良かった」

「はぁ……凄まじくごめんなさい」


 素直に謝る武に安西達も「気にするな」と声をかける。女子は特に気にした様子もなく互いに話していた。早坂も武に気にせず瀬名と話しこんでいる。


(そういや、なんか前日からずっと話してるよな)


 前日、食事の間も風呂の後も、早坂を見かけたときには常に瀬名と共にいて、話していた。話の内容をあえて聞くなどということはしなかったが、ここまでペアになっていると気になった。


(だからって聞く勇気はないが……)


 その時、瀬名が武のほうへと視線を向けた。ちょうど二人を見ていた武と目線がぴったりと合う。その瞬間、瀬名は顔を赤らめて明後日の方向を向いていた。あまりに急激な変化に早坂も驚いて体を震わせた。

 武も武でその動きに心臓が高鳴った。急に背中を叩かれたかのように。


「どした? 武」

「いや……なんでもない。走って疲れたかな」


 わざとらしく咳をした後で深呼吸する。その時、周囲のざわつきが大きくなった。ピンときて入り口を見ると、役員らしき大人が扉を開けていた。


「いよいよ、か」

「ああ。まあ、俺らは明日だ。まずシングルス勢を応援しよう」

「おう」


 にやつく顔を武は止められなかった。



 * * *



 体育館内は今回の全道大会に備えてなのか、武達の地元の体育館よりも掃除が行き届いていた。いつもこの状態というには無理があると子供ながら武は思う。たった三日間のために多くの人が汗を流したのだろうと。

 人の流れに逆らわずに二階に上がり、観客席へと足を踏み入れた。特にどこに陣取るとは決まっていないらしく、武達も目に付いた空いている場所に荷物を置き強引に陣地とした。


「はぁ、凄い人だった」

「あいつら皆が実力トップクラスなんだよな。それぞれの場所で」


 安堵する安西と視線を周囲に向けながら不安を覚えたのか、呟く岩代。川瀬と須永は何もしゃべらずに視線を一点に向けていた。その先には橘兄弟の姿。二人は全地区大会にはいけなかったはずだが、存在自体は知っているようだ。

 おそらくは北海道でもトップに近いペア。一年生にも関わらずその力が今の自分達を凌駕していることは分かる。

 だからこそか、視線を逸らさないのは。


(なんか、やっぱり緊張してるのかな、あいつらも)


 武もまた心臓の高鳴りを辛うじて抑えていた。体育館に人の熱が広がると共に、遂に大会が開かれるという現実が武に火をつける。


「っしゃ! 燃えてきた! 早く試合始まらないかなー」

「でも相沢は明日からでしょ、出番」

「だから、思い切り応援したいわけだよ早坂!」


 冷静な突込みに対してあくまで熱く返す武。早坂は一つため息をつくと武から少し離れた。早坂のクールに見える見た目が武はもどかしい。


(なんだよなー。折角の全道大会なんだから皆燃えようぜ)


 そんなもどかしさを抱いていると、いつの間にかこの場から消えていた庄司が現れた。真相は特に不思議なことはなく、三日間のプログラムを取りに言っただけだったらしい。各自に配りながら今日のスケジュールを口にする。


「聞けよ! これからフロアに降りて開会式だ。その後ですぐに試合に入る。これは地区大会と変わらない。プログラムにタイムテーブルが乗っているから大体の時間帯を把握しておけ」

「あ」


 その時だった。川瀬が思わず出した、と分かる声が聞こえてきたのは。ピンとくるものがあり、武はプログラムに目を走らせる。ダブルスで川瀬須永組を探すとすぐに見つかった。

 第三シードの下に。


「あ」


 武に届いたのは岩代の声。即座に安西と岩代の名前を追うと、第四シードの領域。

 そこには橘空人と海人の名前が刻まれていた。


「っしゃ」


 小さく喜びを表現する岩代。コンビニでの邂逅がそうさせたのか。武と吉田しか注目されない現実。それは当然のことだと分かっていても悔しさがあったからこそ、岩代はこの対決を喜んだに違いなかった。


「面白いじゃないか」

「こっちはもっとな」


 武の言葉に反応したのは、岩代よりも先に吉田だった。えっ、と喉元から漏れる声。続いて今度は自分達の名前を確かめる。それは安西岩代組、川瀬須永組よりも更に簡単に見つかった。最も良く見た名前だからという理由だけではない。

 第一シードと、ベスト8でぶつかる位置にその名前はあった。


「第一、シードとか」

「ああ。それで西村が第二シードだ」


 第二シードにあったのは、西村の名前ともう一つ。


「山本、龍」


 昨日コンビニで見た男を武は思い出す。それほど強そうには見えなかったというのが感想。だが、その体の中には全道、全国区の力が秘められているはずだった。


「決勝に行けば、あいつと戦える、か」


 そうだな、と吉田が相槌を打つ。言葉は冷静だったが熱い感情が奥に秘められ、押し出されないように必死に押し込めている。


「女子のほうはどうだ?」


 武は空気を変えようと女子の側に話を移す。すでに自分達の位置を確認し一喜一憂しているようだ。一番身近にいた早坂に聞くと、第四シードとベスト8でぶつかる位置。


「お、チャンスじゃん。お前なら第四シードに勝てるかも」

「簡単に言ってくれるけど、ただの第四シードじゃないんだよ?」


 武の発言に対して呆れ半分に答える早坂。武はしかし、自分の中にある自信に動かされるように口を動かした。


「お前なら出来るよ。多分、全道でもお前はそんなに負ける選手じゃない」

「……どうしてそう思うのよ? 全道での試合って相沢見たっけ」

「見てない。ようやく同じステージにいけるようになった俺への嫌味か!」


 早坂に言い返してから一度咳をして息を整える武。周囲に吉田や、他の仲間がいることは分かっていても言葉がすべり出る。


「どれだけ一緒にいたと思ってるんだよ。お前の実力が凄いことはこの中じゃ一番分かってる。だからお前ならこの大会後には四番以内には入れる。そう信じてる」


 その言葉を聞いた瞬間、早坂の顔が赤く染まった。そんな反応は予測していなかったのか、武は逆に驚きで表情が歪む。一体自分が何を言って、どうして早坂が動揺したのか。頭の中で繋がらないが、ふと周囲を見るとばつが悪そうに二人から視線を逸らしていた。唯一、瀬名は憎らしげに早坂を見ている。


「おい、瀬名さんがなんか睨んでるよ」


 小声で早坂に伝えると、武はいきなり耳を引っ張られていた。無論、早坂の手だ。


「誰のせいだと思ってるのよ誰の」


 自分のせいかと尋ねようとした瞬間にはもう早坂は武から離れていた。問い詰める間もなく開会式が始まるとのアナウンスがかかった。弾かれるように安西達はフロアへと降りるために入り口へと走る。武の横をすり抜けて早坂も歩いていった。


「一体なんなんだ?」

「お前の朴念仁ぶりもここまで来ると神がかってくるな……」


 呆れ交じりの吉田の言葉にさすがに武も気になってきた。何が悪いのかはっきりさせようと口を開くも、庄司の「開会式にいけ」という言葉で止められる。


(むん。まあ、いいか。試合が終わった後ででも聞こう)


 早坂の試合は一回戦からある。しかも順番は早いほうだ。ワンコール目はないだろうが、二回目では呼ばれるはずだった。開会式が終わればすぐそこに全道大会。今はもう集中するための時間。


(早坂ならやってくれる)


 詳しく聞かれたならば、明確な根拠はないと答えるしかなかった。小学校時代から見てきた早坂の力。それはここ最近では飛躍的に上がっている。きっと、自信を持って望めば試合中にも実力を増すことが出来ると武は思った。自分と吉田にもそういう出来事が起こったと思っているから。

 試合に臨むまではそれまでの蓄積が。そこから先の世界は蓄積に裏打ちされた飛躍がある。試合は最高の練習なのだろう。自分の力を高めるという意味では。

 吉田と共にフロアへと降り、自分達の地区が並ぶ場所へと移動する。学生が武達の地区の名前が書かれたプラカードを持って立っている。そこに早坂達はすでに並んでいた。武と吉田も安西・岩代の後ろにつく。


「いよいよだな」

「本番まで元気は取っておけよ」


 いつになく饒舌になっている安西をなだめるように吉田は言った。

 開会式はすんなりとは終わらない。挨拶には全道バドミントン教会会長の軽めのスピーチの後に市長が話を繋いだ。自分達の街の魅力と、隆盛しているスポーツを薦める中での話は長く、終わった頃にはもう三十分過ぎている。開始時間を少し越えたところ。

 そこからある程度説明をして解散となった時は既に十五分押し。


「ほんと、どこの偉い人も話が長いのは同じなんだな……」


 体力を消耗したわけではないだろうが、顔を青ざめさせて武はため息をつく。早く試合をしたいという自分の欲求に対して、全く興味が無いことを聞き続けるのは精神的に辛かった。


「自分達の街のアピールに必死なんだろうさ。仕方が無いよ」


 吉田はそう言って軽く首や肩をまわす。他の面々がうんざりした気持ちを表現している中でただ一人平然としている吉田を見て、武は呟いた。


「お前は中学生にしては達観しすぎてないか?」

「大人と呼んでくれ」

「大人ー大人ー」


 吉田の言葉に乗ってふざけると、とたんに気持ちが軽くなる。気持ちが痩せた武を気遣って冗談を飛ばしたのかと思うと、やはり吉田は凄いと思う武だった。


『これより、男子シングルス、女子シングルスの試合のコールをします』


 フロアから二階に戻ったところでコールがかかる。プログラムを見ても一回目に呼ばれる者は誰もいない。第四シードの区域にいる早坂が武達の中では一番最初に呼ばれるだろう。


「って、俺を忘れてないか」


 その言葉を発したのは杉田。その手にはラケット。すでにユニフォームに着替えて臨戦態勢を整えていた。その時点でようやく、杉田の言いたかったことを武は理解した。


「あ、一番手」

「そうだって。全く、ついてないよ」


 杉田の言葉を後押しするように試合のコールがなされる。

 試合番号は一番目。全ての試合のトップバッター。


「もし勝っても、次に待ってるのは第一シード様だよ」


 プログラム上で杉田の上にある名前は淺川亮。北海道最強の男の名前。一回戦を突破したところでいきなりの決戦だ。


「まずは一回戦、突破して景気づけしてくるぜ」

「おう、ファイトだ!」

「というわけで基礎打ち付き合ってくれ」

「オッケイ」


 杉田の後ろについていく武。前にある背中がとても頼もしく見えていた。

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