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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
133/365

第133話

 武は真剣に悩んでいた。この選択が自分の今後を左右するかと思うとうかつに手を出せない。しかし時間は刻一刻と迫っている。タイムリミットが狭まる中で決断を下さなければならないが、持っている情報が少なすぎた。後はもう直感で決めるしかない。


「うーん」


 唸り声を上げても目の前の問題は消えない。周囲からの視線を受け止めて、武は一度目を閉じると心に導き出した答えを思い浮かべ、一気に目を見開き、手を動かした。


「これだ!」


 すぱっと目の前の早坂の手から抜き取られるトランプ。

 自分の側に絵柄を向けると、見まごうことなき死神の絵柄。


「うぐおおお」

「残念。早くシャッフルしなさいよ」


 武は屈辱に唸りながら手に残っていた一枚とジョーカーをシャッフルする。まだ勝負がついたわけではない。早坂が次のターンでジョーカーを引けば次はまたチャンスが訪れる。


「よし、こい!」


 シャッフルを終えて早坂の眼前にカードを突き出す。しかし早坂は迷うことなくジョーカー、じゃないほうのカードを抜き出した。


「はい、あがり」

「なんでだ! 何か仕掛けでもあるのか!?」

「別に……悩んでも仕方がないから単純に引いただけ」

「考えすぎの……虫が……」


 武は肩を落とし呟く。隣にいた吉田と杉田が笑いながら肩を叩いていた。


「これで駅についたらみんなに飲み物な」

「勝負の世界は厳しいな、武」


 杉田と吉田へと恨めしそうに視線を向けてから、武は早坂へと助けを求めるように目線を移した。早坂ならこういうノリのゲームは否定するはずだ。しかし早坂は平然と言い放つ。


「私はカフェオレで」

「お前もか」


 武は嘆息しつつも、少しだけ安堵していた。最近の早坂は男子といても溶け込んでいる。前までは大きな壁を感じざるを得なかったが、徐々にその壁を無くしていってるのが分かる。さすがに一年以上付き合っていれば取り払われるか。

 窓の外を見ると、少し先に都市が見えた。あと三十分もすれば目的地である釧路につくはずだった。それを考えると見えるのは釧路の町並みか。


「もう少しで着くんだなー」

「さすがに何時間もトランプしてたら疲れるな」

「やることもなくなるしね」


 武の言葉に続いて吉田と早坂が続ける。杉田は少しトーンダウンして外を眺めた。


「きちまったなぁ」


 しんみりとした杉田の言葉に武は違和感を感じる。その理由について口を出そうとしたが、止める。特に口に出さずとも武には分かった。それは自分にとっては分かりやすい感覚。自分だけではなく、おそらく吉田も早坂も感じて、乗り越えてきたものだろうから。


(全く未知のところへの挑戦って、かなり緊張するよな)


 自分のホームグラウンドを離れて、全く知らない相手と試合をする。市内ならば直接対戦したことが無くても見たことがある顔ばかり。知っていると分かれば安心する。

 しかし、今は武達以外は知らない者ばかりだ。

 果たして自分を見失わずに試合が出来るのか。それは、杉田自身にかかっている。


「楽しみだな、試合」


 武はあえて口にする。杉田の思いには気づいているが、そこには触れずに自分の思いを口にした。

 電車内のアナウンスが目的地の到着を知らせる。


「よし、じゃあ降りる準備をするんだ」


 一人、席を通路の向かいに取っていた庄司が立ち上がり、武達に声をかける。素直に従って自分の荷物を持つ武達。


「よっし。やってやるか」

「おう」

「武者震いしてきた」


 吉田から武。杉田へと熱意を伝染していく。早坂は男子から一歩引いた。


「なんだよ、早坂」

「そういう男子の熱血は苦手なの。熱血菌が移る」


 そう早坂が言った瞬間、場の空気が凍った。その変化を感じ取ったのか早坂は「なに?」と周りを見回す。武達だけではなく庄司さえも驚きの表情で早坂を見ていた。


「早坂もなんか冗談というか、そういうの言うんだな」

「……熱血菌?」

「熱血菌」

「その発想は思いつかないな」

「きょうびの中学生からは聞かない」

「てか、杉田の『きょうび』も最近の中学生は言わない気がする」


 笑いが和やかに場を包む。早坂は注目されたことで恥ずかしさに赤面し、顔を窓の外へと向けた。


(女子が一人だけってのも大変だろうなと思ったけど、大丈夫そうだな)


 武は口には出さず安堵する。

 全道大会ではあるが、学校から助成金は出ない。女子一人ということを考慮してもう一人部員を連れて行くプランはあったが、結局は駄目になった。他の中学の選手がいれば大丈夫だろうということで。

 結局、宿泊施設は地区代表が一まとめになった。車両は異なるが、明光中の選手もいるはずだ。


「あ、相沢に吉田ー」


 他校の選手がいる。そう武が思った瞬間に後ろからかかる声。武はジャストタイミングと思った。後ろを振り向くと、明光中から来た代表が武達のいる改札近くへと近づいていく。

 庄司と明光中バドミントン部の顧問が挨拶を交わす。その間に声をかけてきた安西に続き、岩代、川瀬、須永と女子の代表、瀬名が傍に来ていた。少し離れて歩いている女子二人は武もほとんど面識が無いが、ダブルスの代表だったはずだと思い出す。


(これだけいれば早坂も大丈夫、かな)


 早坂と瀬名は既に話し始めていた。代表に決まってから数回、通常の部活とは別に代表者達が集っての練習が行われた。その中で早坂も他の中学の女子と交流を深めていたらしい。武達はそれよりも前に安西達とは市民体育館で一緒に練習をしていた関係でスムーズに入っていけたが、早坂はどうだったのだろうか。


「全道でも試合できたら良いね!」

「そうね」


 瀬名が早坂の肩を叩きながら笑うのに対して早坂もクールに答える。しかし、心なしかその顔が笑みに綻んでいるのを見ると武も安心した。自分から積極的に話しかけるタイプの瀬名は早坂には合っているのだろう。

 吉田は安西、岩代と会話を進めていた。ちょうど会話の空隙に落ちている武は、別の糸口を探そうと川瀬と須永に視線を向けた。だが、二人は二人だけで今回の全道大会について話している。武の入る隙はなかった。


(この二人はほんと、慣れないよな)


 積極的に他校と交流を深めていく安西と岩代とは違い。川瀬と須永は合同練習でも最後まで打ち解けようとしなかった。それは他校のプレイヤーを嫌っているということではなく、自分達の中学しか興味が無いというように見える。実際、安西と岩代とは良く話していて、笑みまでこぼれるほどだ。

 結局、大した会話もなく今まで来ている。同じ学年として少し寂しさを感じる武だったが、こういう出会いのほうが少ないのかもしれないと思いなおす。


(そう考えると、希少な出会いだよな、安西とか、他校の女子とか)


 普段ならまず会わない者達と挑む大会。それは武の心を弾ませる。未知の大会への不安よりも大きく。杉田もそれを感じたのか、先ほどまでの不安げな表情は全く見えなかった。

 宿泊先のホテルに入ってすぐ、武達は自分らがあてがわれた部屋に荷物を置きに行く。男子は横並び。女子は一つ下の階に。荷物をベッドの上に降ろしてから武は窓から外を眺めた。

 駅前にあるホテルだけに駅の建物やバス停、店などが多く見られた。

 全く知らない都市。遠くまで来たものだと感じる。


「でもまあ、明日から数日は体育館なんだろうけど」


 庄司からは目の前のバス停から出ているバスに乗れば会場に着くと教えられている。交通の便が良いため、他の土地からの選手達もこのホテルに泊まっている可能性は高いということだった。ホテルに入った時点でもう戦いは始まっているかもしれない。


「なんてこと……あるわけないか」


 中学生の大会でそこまでになるとは思えない。しかし、自分の得意なショットなどはあまり口にしないほうがいいのだろう。これから試合をする相手は自分の情報を全く知らない。そして、自分達も知らない。これから先頼れるのは、臨機応変さ。未知の中で活路を見出せる思考力だ。


(バドミントンは考えた者が勝つ、か。こういう時のことを言うんだろな)


 狭い世界から解き放たれた場所で、勝つことが出来る。それこそが、プレイヤーの求めるランク。武はようやくその一歩を踏み出したのだと思い、体が震えていく。武者震いと呼ばれる震えが体中を駆け巡る。


「……なんかじっとしていられない」


 オートロックである部屋の鍵をポケットに入れて、武は部屋の外に出た。時間指定で集る場所を伝えられているが、まだ三十分ほど余裕があった。旅の疲れをその間に少しは取っておけということ。気持ちを落ち着かせるべく、武はホテルを出たところにあるコンビニに向かおうとした。


「お、相沢」

「その声は岩代か」


 部屋を出るタイミングが一緒だったのか、岩代がドアを開ける音は武の耳には届かなかった。エレベーターには武のほうが近いために背中を向ける形になり、姿を確認するのは後ろから近づいてきた時だけだ。


「どこいくん?」

「外のコンビニ。ちょっと落ち着かなくて」

「はは。言えてる。俺もだ」


 同士を見つけたという安堵からか、岩代は武に近づいて笑みを浮かべた。武もまた自分と同じように感じている男がいると思うと落ち着く。

 全道という世界は武達から見ればやはり広い。

 エレベーターを降りて二人は受付に鍵を預け、外に向かった。目の前にあるコンビニに入るとすぐさま週刊誌のコーナーの前に立つ。少年誌を隣り合って立ち読みながら、武は岩代へと声をかける。


「なあ、川瀬と須永っていつもああなの?」

「ん? ああ、他の中学の奴らと話さないことか」


 岩代の言葉に武は二人の様子が普通のことだと知る。岩代は武の答えを待たずに言葉を続けた。


「あいつら、うちの学校でもあんましゃべるほうじゃないんだよな。バド部の奴らとは結構話すんだけど。とっつきやすいタイプじゃないわな」


 漫画へと目を通しながら岩代はよどみなく紡ぐ。もう何度も繰り返して言ってきたかのように。おそらく、同じ学校の生徒達にも同じような説明をしてきたのだろう。

 そして、それを岩代はそれほど嫌がっていない。川瀬や須永を同じバドミントン部の仲間として認めているからこそ、説明することに何も躊躇は無いのだろう。


「あいつら、本当強くなったよ。俺と安西も結構強くなったと思うけど、学年別の頃と比べたら本当に。お前らはわかんないかもしれないけど、俺らはもう一ゲームは確実に取られるしな」

「……マジか?」

「おう。何とかこっちが二ゲーム取れてるって感じだ。あいつら、話す手間をバドミントンでどうやって強くなるか考えたり、実際に打ったりするのに使ってるような気がする。黙っている間は頭の中でシミュレーションしていて、部活の時に実践する。かなりストイックだよ。女の子にも目を向けないで」

「それはもったいないよな。明光中って女子可愛い子多いじゃん」

「そうそう。バドミントン部は特にな。瀬名は別だけど」


 岩代の言葉に武は噴き出す。明光中の部員は他校と比べて美人が多いが、その中で瀬名は見劣りするわけではない。しかし、男勝りのスマッシュや性格からかよく他校の女子や男子から揶揄されていた。


「でもあいつも女子っぽいところあるんだぜ。前に間違って着替え中のところに男子が入っちゃってさ。一番悲鳴上げたのあいつだし」

「へぇ。勝気な性格ほど恥ずかしがりなのか?」

「その話は是非、詳しく聞きたい。なんてね」


 第三者の声がいきなり差し込まれ、武と岩代は後ろを振り向いた。

 そこにいたのは、同じ地区の代表ではない。


「た、橘海人……」

「久しぶりです。相沢さん」


 北地区代表、橘海人は笑顔で言葉を返していた。


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