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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
131/365

第131話

 ぼんやりと天井を見ながら、武は吉田の言葉を考えていた。

 西村の成長。そして、ジュニア予選北海道大会への出場。それはかつての仲間との対決ということで燃える要素は確かにあったが、それ以上に全国レベルということへの畏怖が生まれる。


「武ー。いい加減元気だしなよ」

「そのつもりなんだけどな」


 ベッドの端に背中をもたれさせて、由奈は武に向かって言う。それに対して答えているようで、武の言葉はどこか上の空だ。実際には由奈にではなく、自分の内から聞こえてくる声に返しているのだろう。


(西村のダブルスパートナー。どんなやつなんだろ。吉田より凄いのか? ってか、全国区倒すとかどれだけ強くなってるんだよ。俺も……)


 思考が止まる。自分の中で何か途切れていた線が繋がる。

 全道に続く道をいまいち捉えられていないのは、その全容が大きすぎるからだ。


「そうだよ。いまいち想像できないんだよな。全国区とか」

「どしたの?」


 由奈の問いかけに更に口が動く。それは聞かせているというよりも、思ったことを口にするために由奈の言葉を利用しているという感じだったが。


「吉田も事の重大さ分かってないとか言ってたけれど、俺には全国区の強さなんて分からないよ。俺は今までこの市内で勝つことだけでも大変だったんだ。それが中学になって、吉田と組むようになって勝つ様になって。でも上にはまだまだいて。それがさ、まだ全地区レベルなんだよな。全道ってあれよりももっと強いのかね」

「ほんと、武は同じこと繰り返してるねぇ」


 由奈に言われてむくれるものの、それは正しい。ジュニア予選の地区大会で同じようなことに悩み、試合をするだけと励まされたばかりだというのに既に弱音を吐いている。以前よりも理由がはっきりしている分、前進はしているのだろうが。


「武は強くなったけど、まだまだ上がいることは分かってる。なら、練習するしかないよね。焦っただけで力がアップするなら私なんてもう全国レベルだよ」


 由奈は笑いながら言うが、武はそれにつられなかった。由奈もその笑顔の裏でいろいろ悩んできたのだろう。早坂や橋本。そして自分。小学校時代共にバドミントンをしてきた仲間が試合で結果を出していく中で一人、今回も二回戦で終わっていた。


「武達が勝ってると私も嬉しいよ。自分の出来ないことをしているのを見てると、嫉妬よりも嬉しいって言うか……でもまあ、去年は早さんに嫉妬してたけれど」


 由奈は舌を出しておどけた後で、武に微笑みかける。それは武へと気遣いではなく、本心だろう。

 自分ならばきっと、嫉妬でそう簡単には納得できない。その「そう簡単には」という部分を由奈は越えてきている。とても愛おしく思えた。


「由奈……」

「何?」


 部屋が自然と静寂に包まれた。ベッドから起き上がり、由奈を見下ろす形になった武は体を少しだけ動かして近づいた。由奈はしかし、不可思議な緊張を孕んだ武から後ずさった。何かが起こるような気がして。


「え、えと」

「ぷ……はは」


 由奈の反応を見て武は自分が行おうとしたことを反芻する。といっても、自分でも何をやろうとしていたのかは漠然としていた。おそらく彼氏彼女の間で行われるような何かだろうが、ちゃんとしたイメージを持っていたわけではない。

 愛しさに暴走しかけたが、まだまだ自分達に早いと考えた。


(危ないな。なんか友達以上な関係がずっと続いてたから錯覚するけど、付き合ってまだ一日じゃん)


 自分の浅ましさに顔を抑えて苦悩する。その内心は由奈には分からないだけに、武の様子を見てどうしたら良いか分からず困惑していた。

 しかし、武の心の内は落ち着いていく。

 体も休息を取り、心も不安の種を見つけた。

 後はどうすれば摘み取れるか。


「練習しか、ないよな」


 抑えていた手の間から言葉が漏れる。それは由奈にも聞こえたのだろう。そうだね、と相槌を打って由奈は立ち上がる。次の武の行動を理解しているように。


「これから少しでも行く?」

「今、五時半だから……七時まであと一時間か。中学生だと時間制限あるのが嫌だよな」


 呟きながら武も立ち上がり、ラケットバッグを手に取る。由奈はラケットを持っていないだけに一度家に帰らねばならないが、ちょうど進行方向に市民体育館もある。


「体がなまらないように軽くだし、付き合ってくれる?」

「うん。私に指導してよ」

「おっけ」


 心持ちが決まるとバドミントンをする気が湧き上がる。そういうものかと納得して、武は由奈と共に部屋を出た。


「おっと」


 鉢合わせした若葉は一瞬止まった後で自分の部屋へと戻っていった。



 * * *



「まあ、適度な運動だったな」


 自転車をこぎながら武はぼそっと呟いた。寒さに息は白く、それでも汗をかいた体には気持ち良い。

 一時間程度だったが、由奈と共に市民体育館にバドミントンをしにいって、帰宅は別ルート。武はふと、自宅へのルートを外れて近隣の公園へと向かった。すぐに自宅に帰るにはテンションが上がっている。もう少し自分の中で気持ちを落ち着けるために何かワンクッションが必要だった。


(風邪引かないうちに帰らないといけないけど)


 今は火照った体が冷まされているからこそ心地よい。しかしその後は体温を奪われることになる。これから全道大会へと進むのに体調を崩しているわけには行かない。


(っと。俺みたいな奴が、もう一人いたのか)


 自転車が公園にたどり着いた時、武はベンチに座る人影を見つけていた。公園に備え付けられた外灯によって照らし出された顔に苦笑して、武はわざとブレーキを思い切り握って音を立てた。ベンチの人影は武のほうを振り向き、その後不機嫌そうに顔をしかめてそっぽを向く。予想通りの反応に武は面白い気分になりながら自転車を降りて傍へと歩いていく。


「何か用?」

「ん。特に無いんだけどな」


 ベンチの傍で交わした会話。それからしばらくはだんまりの状態が続く。

 早坂は武と目を合わせようとせずに膝に頬杖をついて遠くを見ているようだった。武もそれ以上近づこうとせず、しかしただその場から離れることも出来ずにいた。何か、この場からすぐに立ち去ることが出来ない気配があった。


(何言えばいいんだろ。何も言わずに立ち去るのが一番なんだけどな……)


 一番の選択肢が一番とは思えない。

 その理由に武はたどりつけない。それは武の若さによるものか。


「……今日はよく休めた?」


 早坂から気配が動く。きっかけが与えられれば武も何とか動くことが出来る。


「ああ。まあ、最後は軽く由奈と打ったけれど」

「気分転換も必要よね」


 それまでの強い空気は消えている。武はそこに違和感を持つ。何か張り詰めていた糸が切れてしまったかのようだ。


「なあ、早坂」


 だから武は聞いていた。


「大丈夫か?」

「……ちょっと、疲れてる」


 その声はかすかに涙で濡れていた。


「大丈夫かよ。どこか痛いってわけじゃないよな」

「気が緩んだだけ。てか、気が緩んだところにやってきた相沢が悪い。絶対悪い」


 なんだそれと思った武だったが口には出さない。早坂の「気が緩んだ」とは確かだろう。はっきりと感じたわけではないが、張り詰めていた気配がなくなったことは何となく理解している。それが早坂から発せられていたことも。

 その理由にも思い当たる部分があった。それは早坂が自分達よりも強く気高い存在ではないと知った今だからこそ分かる点。


「期待されるのって、大変だよな」

「……少しは分かるようになった?」

「ああ。第一シードとか言われるとそういうの嫌でも感じる。だから……早坂がそうやって気が緩んでるの見ても変とか思わない」


 早坂が背を向けていることで見られないと知り、武も静かに息を吐いて表情を緩ませた。今の自分の顔を見られれば、早坂には自分のことで笑っているのだと勘違いされて余計な火種を生み出しかねない。

 学校では少しも気の緩みを感じさせなかった点に武は感嘆する。自分は緩みすぎて手痛い指摘を受けたというのに。

 成長していても、武よりも細い肩。その双肩には今はこの地区全体の代表という重みが加わっている。武もそれは同様だが、武には吉田という強力なパートナーがいる。二人なら十分支えられるに違いない。しかし早坂は一人。同じ学校にも同等の存在はいない。これから数回他校の代表者と共に練習する機会はあるということだったが、そこまで親しく出来るわけではないだろう。代表者ではあるが、あくまで他校の人間。


「まー、別に、今は休んでも良いんじゃない?」

「相沢みたいに思えないから練習してたんじゃない」


 早坂の言葉は武を責めているというわけではなかった。武の考え方は認め、しかし自分は無理だとしっかりと伝わるように話している。改めて早坂は凄いと武は思う。


(そんな状態で俺に気を使ってるわけだ。俺には出来ないよ)


 素直に心の中で賞賛して、武は背を向けようとした。早坂の言う通り、自分がタイミング悪くこの場に来てしまったのだろう。何も言わずに退散することが早坂には一番だと思えた。もう大分早坂の気持ちが分かるようになったから。

 しかし、武の脚を止めたのはその早坂の言葉だった。


「由奈と……その後、どう?」

「由奈?」


 早坂から出てきた名前に武は反射的に問い返していた。今、この場で交わされるには明らかに違和感を覚えたから。武には繋がりが分からないが、早坂にはあるらしい。武の問いに更に返す。


「由奈。付き合うようになったんでしょ?」

「……言ったっけ?」


 事実上の肯定。それ自体は別に隠すことではないように武は考える。疑問なのは、どうして早坂が自分達が付き合うようになったことを知っているかということ。


「言ってないけど、さっき途中まで一緒に帰ってたし」

「付き合う前にも一緒に帰ってたけど」

「細かいこと気にしないで」

(流石に気になるだろ)


 ばれたら隠す必要はないが、今の時点でばれるには情報が少なすぎる。昨日の今日だというのに、すでに早坂は知っている。


「由奈に聞いたの?」

「聞けるわけないじゃない」

(俺はいいのかよ)


 分かると思っていた早坂の思考回路が再び霞に隠れる。女子の思考はわけが分からない。近づいたと思った早坂が遠くなる。しかしそれは、バドミントンプレイヤーとしての早坂というよりも。


(女の子としての、早坂か)


 女の子、という言葉を自分の中で思い浮かべたとたんに、武の心臓が跳ね上がった。

 夜の公園に異性と二人きり。

 そんなシチュエーションは武にとっては免疫が無い。由奈と大会の帰りに歩いた時とはまた別の緊張が過ぎってきた。


「あー、えー、えーと」

「まあ、いいわ」


 武が言いよどんでいるうちに早さかはすくっと立ち上がる。ラケットバッグを背負いなおして武とは逆方向に足を一歩踏み出した。と、その足が急に止まる。


「えーと、まだ何か?」


 止まった早坂に問いかける。しかし、武の意に反して早坂には動きが無い。いぶかしんでいたがこちらから口を出せば爆発させてしまいそうで動けない。

 結局、早坂は何も言わないまま歩みを再開し、その後は停滞することなく武の前から姿を消していた。


「はぁ。なんだったんだろ」


 武もまた早坂の呪縛から解き放たれて、止めていた自転車へと引き返す。

 近づいては遠ざかりの繰り返し。プレイヤーとしての早坂。同学年の女子としての早坂。

 二つの側面を、同時に知りたいと武は感じていた。

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