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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
128/365

第128話

 武達が突き放した点数を安西と岩代が追い詰めていく。以前までならば終わっていたはずの試合は、とうとう安西達が十四点目を取ったことで誰も知らないステージへと上る。


「ポイント。フォーティーンオール(14対14)」


 土壇場で追いついた安西達の覇気は武達の気合を押し返す。

 サーブ権を奪ってからの怒涛の追い上げ。一度は武達の優勝だろうと冷めかけていた会場は再び熱気を帯びていた。終わりかけていたゲームに熱を戻したライバルペアに、武と吉田は一度息をつく。


「武」

「香介」


 二人は互いに名前だけを呼びあう。それだけで気持ちが立て直される。ぎりぎりに追い詰められてもまだ余裕があることに武は自分でも驚いていた。


(不思議だ。相手の気合とか伝わってくるのに、すっと後ろに抜けていく)


 熱気を受け流し、状況を冷静に受け止める。セティングゲームに入り、あと三点取ったほうが勝つ。勢いは確かに安西達にあるが、まだ同点。ここで食い止めれば自分達にもチャンスはある。

 何よりも、一ゲームは取っているのだ。二ゲーム目を取られてもファイナルが残っている。まだまだ焦る必要はない。


(まずはストップだ)


 ショートサーブでネットぎりぎりを越えてきたシャトルをロブで返す。サイドに広がって迎え撃つ間にも、隙がある場所を探す。安西から解き放たれたシャトルを高速で弾き返す。

 前に出ていた岩代がそれをインターセプトするも、カバーに入った吉田がまたロブを上げた。咄嗟の行動にも対応し、武は吉田のいる場所の逆方向に移動。カバーによって生まれた隙をカバーしなおす。

 安西もそこを狙おうとしていたのか、スマッシュは武の前に飛び込んできた。シャトルをネット前に落とし、そのまま前に入る。当然後ろには吉田。岩代と面と向かって対峙することになるも、臆することは無い。


(俺に出来ることは、決まってる!)


 ヘアピンで落としてくる岩白に対してすぐに武はロブを上げた。不慣れな前衛で勝負をかけるような場面ではない。着実に相手の攻撃をシャットアウトすること。それならば、確実な手を狙うだけ。

 すぐにネット前から下がり、スマッシュを待ち受ける。コートの中央を回るようにローテーションを繰り返し、シャトルを打ち返していく武達。それに対して安西と岩代は縦方向の動きが多くなる。

 岩代と安西に変化が訪れたのは、スマッシュとロブの打ち合いが十度を数えた時だった。それまで機械のように安定して前後に動いていた二人の上半身が脚を踏み出すと同時にぶれた。


(来た!)


 十を越えた安西のスマッシュ。今までロブで返していたそれを、武はドライブ気味に鋭く打ち返した。シャトルが岩代の右肩口に向かって飛んでいく。それまでの岩代ならばラケット面を移動させてヘアピンに変換させていただろう。

 だが、体勢が崩れた彼にはその余裕がなかった。

 正確にはそれに気づかなかったのか、強引にラケット面をシャトルへと立てた。いつもならば返せたシャトルも、今回は完全にコートの外へと飛んでいく。

 サービスオーバーに武は自分達の優位を確信する。ここで安西達の流れを断ち切った。後は三点取るだけ。


「油断するなよ。武」


 吉田の声に自分が今思っていたことを否定する。三点取るだけ、ではなく三点も取らねばならないのだと。


(前だけを見ろ。上も下も見ないで、ただ前だけを)


 前に突き進んだ先に、勝利がある。望んだだけでは結果は生まれない。

 歩みを止めなかった先に、自分の求めているものがある。


「一本!」


 吉田の声に動かされるように武は前に出た。サーブはロング。ショートサーブが来ると思っていたのか、安西は反応できずにシャトルはダブルスサーブラインに落ちていた。


「ポイント。フィフティーンフォーティーン(15対14)」

「しゃ!」

「ナイスサーブ!」


 安西の悔しさが伝わってくるほど、今の武の感覚は研ぎ澄まされている。武さえもショートサーブだと思っていたが、サインを出された時にロングだと知り、意図を一瞬で読みきった。

 ショートサーブでぎりぎりの勝負を仕掛け、勝利を得る。そして試合自体も優位に進める。第一ゲームでやったことをそのまま続けると思わせていたからこそ、安西は引っかかった。


(次は岩代だ。どうする?)


 吉田の次のサインは、ロング。武はサインに同意したという証として「一本!」と叫び吉田の背中を押す。安西に対しては外し、岩代に対しては真っ向勝負。普通ならば逆の戦略を取るだろうこの状況で、吉田は臆せずに挑んでいく。

 ショートサーブが放たれ、岩代はプッシュをしようと前に出たが、ネットぎりぎりで叩けずにヘアピンに切り替えた。


「はっ!」


 逆に吉田は全く浮かないシャトルへと一瞬で飛び込んで、叩き落していた。下から上へとラケットをスライスさせるように移動させ、シャトルをいわば『掬い上げるように叩き落した』のだ。


「よし!」


 吉田の拳が高く掲げられる。連続得点。あと一点で勝利。安西達に追いつかれてテンションが落ちていた浅葉中サイドが再び熱気を帯びる。圧倒的優位に立ってももう武は油断しなかったが、それでも込み上げてくる勝利への予感は消せない。


(あと、一点か)


 客席から応援が飛ぶごとに、武の耳へと入る音は消えていく。周囲から審判も線審も消え、残るのはコートを形作るテープと、吉田と、安西岩代ペアだけ。出来る限り余計なものを廃し、空いた部分を全てシャトルへの集中力に当てる。すると今まで以上にシャトルの動きが見えた。


「武。ラストだ」

「ああ」


 気合を前面に押し出す咆哮さえもなりを潜める。体の内へと力を凝縮し、解き放つ一瞬まで溜め続ける。


「一本!」


 吉田の叫びと共にショートサーブ。安西は無理せずにロブを上げていた。


(シャトルが来る)


 過程を飛ばし、結果を見る。そこには武が打ち頃なシャトルが飛んできていた。視線を一瞬だけ転じると、既に待ち構えている安西と岩代。スマッシュを取る体勢だった。


(……これで、決まる)


 武は心に青写真を描く。勝利へと続く地図。その中には吉田も、安西や岩代さえも入っている。


「ぅおお――」


 地図を描けば、あとは解き放つだけ。自らの力を全て右腕に込める。

 後は吉田が決めてくれると信じて。

 吉田も武自身が描いた絵を描けていると信じて。


「おおおおらあぁああああ!」


 ラケットが渾身の力で振り切られ、シャトルが安西と岩代の間へと飛んだ。この試合、最後の最後で最も速いスマッシュをしかし、安西は躊躇無くバックハンドで返す。ロブではなくドライブで。武の隙を狙うために。

 そこには勿論吉田がカバーに入っていた。軌道上にラケット面を突き出してシャトルをインターセプト。落としたところに岩代が飛び込み、クロスヘアピンでネットを越えさせる。

 二点目を取った時と同じように吉田がそのシャトルをプッシュで押し込み、安西は再びバックハンドでロブを飛ばした。

 そこに、武が既にいることに気づかずに。


(狙い、通り!)


 武は描いた絵の通りに、最後のスマッシュを決めるべく力を込める。狙うのは打ち終えた安西のバックハンド側。多少強引ではあるがこのタイミングならば最悪取られてもチャンス球が上がるだけ。


「らぁ!」


 ラリー開始時に打った渾身のスマッシュに勝るとも劣らない音をたててシャトルが突き進む。狙い通り安西のバックハンド側。

 だが、狙いと外れたのは安西が完璧なタイミングでそのシャトルを捕らえたことだった。打ち返されたシャトルに対して体勢を崩したのは武。


(ちっ!?)


 それでも武は吉田の動き、安西と岩代の位置を見出して今度はドロップを放つ。強打出来ないためだったが、それでも先の二回のスマッシュによってフェイントは十分だった。

 シャトルはネットぎりぎりに落ち、硬直が先に解けたらしい岩代が取りに行く。視線の先に吉田が陣取り、いつでも取れるというプレッシャーをかけたが、岩代は躊躇無くヘアピンでシャトルを前に沈める。

 ラケット面を滑らせてのスピンヘアピン。

 今まで出してこなかったのは吉田を油断させるためか。

 それでも吉田は更にスピンをかけて返す。それをまた岩代がスピンで返す。互いにスピンをかけながら隙が生じるのを待つ。


(香介!)


 吉田の背中を見ながら小刻みに体を移動させる武。いつでも後ろに飛んできたシャトルを迎撃できるように。それは安西も同じらしく、武とは逆方向だが動いているのが見て取れた。


「はっ!」


 コートと靴裏が摺れる音に混じった気合。シャトルが上がったのは、安西のほう。吉田が斜め後ろに下がるのを見て武は違うサイドを守るべく広がった。心にはかすかな動揺を持って。


(香介がまさかヘアピン勝負で負けるなん――)


 次の瞬間、安西のスマッシュが吉田へと向かう。吉田が返すのと、武が意図を読むのはほぼ同時だった。ドライブが岩代の顔面へと飛び、咄嗟のガードでシャトルが宙を舞う。

 飛び込んだのは武。構えたのは、安西。


「おらああああああああああ!」


 三度目のスマッシュ。

 自分の描いた青写真を越えて、更に攻撃を広げた吉田に引っ張られるように、武はコートへと一撃を叩き込む。

 ように、見せかけた。


(ドロップ!)


 インパクトの瞬間に力を思い切り抜いて、シャトルをラケット面に滑らせる。振りの速度はスマッシュと変わらず、しかし横から見ればシャトルの強打をずらしている。

 シャトルはふわりと軌道を描いてネット前に落ちていく。通常ならば取られるシャトルも、強打に慣れた感覚はそう簡単に追いつかない。

 視覚はシャトルを捕らえているにも関わらず、体が動かない。そんなもどかしさを顔全体に押し出しながら岩代は右足を踏み出した状態のまま動けない。吉田が打った、一見敗北とも捉えられる打球。それは相手の心に一瞬だが隙を与えた。今まで負けていたネット前のせめぎ合いで勝ったことで、試合が終わるわけではない。しかし今後の展開には光が見える。

 安西と岩代がそう思うことを見越した上での、吉田のショット。無論、武の想像ではあるが大きく外れているとは思えなかった。


「しゃ!」


 シャトルがコートにつく瞬間、武は鋭く叫んでいた。今日最後になるだろう咆哮。

 だが、固まる岩代の前を通り過ぎて安西が前に足を踏み出してきた。


(なに!?)


 先ほどに続いて二度目の驚愕。どこまで成長しているのか分からない安西の動きに武は集中力を一瞬で高めた。

 だが、シャトルに安西のラケットが届くことはなく。

 ことり、と静かな音を立ててシャトルはその動きを止めた。


「うっしゃあ!」


 吉田が叫び、武へと笑顔を向けながら走る。武はスマッシュを打った状態のまま固まっていて、吉田の突進を避けられない。


「やったな、武!」


 振り上げられた右手に反応して、自分の右手からラケットを落として振り切る。

 打ち付けられた掌同士が乾いた音を立て、武は現実に意識を戻した。


「か、った。のか」

「ああ、勝ったぞ! 優勝だ!」

「……よっしゃぁあああああああああ!」


 両拳を腰に溜め、声を腹から吐き出す。試合に使うために残していた気合。もう必要ないそれらを全て吐き出すかのように。


「挨拶してください!」


 審判に声をかけられて、吉田と武は嬉しさを見せたままネット前に駆け寄る。そこには陰鬱な表情をした安西と岩代。負けたことへの屈辱感に溢れた顔。


「ありがとうございました」


 岩代の言葉と共に差し出された手を、吉田はしっかりと握る。


「またやろう。こんな試合を、もっと」


 吉田の言葉に岩代は顔を上げ、かすかに微笑んだ。その笑顔に影響されたのか、安西も敗北の悔しさを超えて、健闘を称えあうために笑顔を見せた。武へとお互いの健闘を認め合う。


「今度も、もっとスマッシュ打ち合いしようぜ」

「ああ。全道、一緒に頑張ろう」


 安西の言葉で武ははっとする。自分が今、勝った意味がようやく形となって現れていた。

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