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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
126/365

第126話

 安西のスマッシュが決まってから連続でポイントされ、吉田と武は13対14まで追い込まれていた。実際はセティングポイントがあるためまだまだ武達の優位は変わらないが、ここで追いつかれた時には勢いという要素が加わっている。

 勝負は波に乗ったほうが勝つことは、吉田は十分に承知していた。


(ここで、流れを断ち切れなくて、俺の存在価値があるかよ!)


 ショートで落とされたシャトルをヘアピンで返す。前に出た岩代は先ほどよりも鋭いヘアピンで更に吉田の死角を襲った。


「くっ!」


 シャトルにスピンをかけてネットの向こう側に落とし、ようやく岩代はロブを上げる。一度はネット前の攻防に勝利して制空権を握ったかに思えたが、またしても追い上げられていた。返されるシャトルは鋭さを増していき、気を一瞬でも抜けばすぐさまプッシュで叩かれる。吉田ならまだしも武にカバーしきれるものではなかった。


(俺の役目は、相沢にシャトルを上げることだ!)


 打ち込まれたスマッシュに反応する安西。その視界に入るように体を移動させる吉田。次に打とうとする箇所を予測して移動することでコースを限定させようとする吉田の策。それには安西も引っかかり、吉田のいない場所へストレートにシャトルが飛ぶ。

 そこに武が飛び込んでドライブを放った。打った瞬間を狙われて安西も上手くシャトルを捌けずにコート外に飛んでいった。

 サーブ権を奪われてからようやくサービスオーバー。一点差で終えられたことに吉田は心の中でガッツポーズをする。今の安西達をここで抑えておかなければ一ゲームは間違いなく取られただろうと思い、自分の思考に戦慄した。


(やっぱり今のあいつ等は強い。認めないとな)


 才能はあっても、やはり自分に一日の長があると吉田は思っていた。小学生の時にこの市内のトップに立ったという自分に驕っているのではなく、事実を認識していた。安西達が上手くても自分のレベルに到達するのはまだまだ時間がかかると思っていた。それが、今はもう後ろに迫っている。武と同じように。


(本当、今までの自分がなんだったんだ! って思うよな)


 言葉とは裏腹に、吉田はそう思ってはいない。自分の歩んできた道に曇りは無い。


(これから先、もっと強くなればいいんだからな!)


 強い気持ちで恐れずに踏み込む。吉田はショートサーブを岩代へと繰り出した。

 岩代のプッシュが来ることは分かっている。吉田ならばそろそろフェイントでクロスヘアピンを打つ頃だが、岩代はこの試合、プッシュに拘っている。ショートサーブをプッシュで打ち返すことが自分の成長を見せ付けることだとでも言わんばかりに。だからこそ吉田は、自分へのリターンに対してラケットをある一点に掲げた。

 今までの経験則から来るシャトルの位置に。

 ラケットに手応えを感じた瞬間、吉田は「しゃ!」と鋭く咆哮して斜め後ろに下がっていた。直前に武が移動先から離れる気配が伝わる。咄嗟の行動だったが吉田の動きを武は察知していた。


(もうすっかり、パートナーだな)


 自分の中からかつてのパートナー、西村の影が消えていることを吉田は確信する。かつて、この男となら上を目指せると思えた男の影は転校後から今までずっと吉田の中にあった。しかし、いまや武との動きしか自分の中からは生まれない。

 武の最高のスマッシュを引き出すためにシャトルをコントロールする自分に吉田はやりがいを得る。ゲームメイクにおいて、少なくとも市内では負けるわけにはいかなかった。

 今回は南地区大会を勝ち抜けば一気に全道だが、中体連では北の雄達にも勝ち抜かねばならない。そこにいるのは、絶大な力を持つダブルス。自分達の先輩ペアを叩き潰した一年生ペアだ。


「はっ!」


 武のスマッシュが放たれると同時に前に突き進む。狙われた安西は鋭く沈み込んでくるスマッシュをネット前に落とそうとしてか、返球は威力を完全に殺して前に飛ばす。

 それこそ吉田が狙っていた隙。

 武にスマッシュを打たせて、返球を吉田が叩く。武のスマッシュの威力と吉田のフットワークの軽さによって繰り出されるコンビネーションは、一つの武器を研ぎ澄ませただけではもう対抗できないほどの強さになっていた。


「だっ!」


 バックハンドのまま、シャトルがネットを越えた瞬間に叩き落す。安西も、岩代も反応できなかった。止まった時間の間を縫って移動したかのごときショットによって遂に一ゲーム目をもぎとった。


「しゃあ!」

「ナイッショウ! 吉田!」


 武とのハイタッチによる乾いた音が響き渡る。


「さあ、一気に二ゲーム目取るぞ」

「おう!」


 コートを出る際に、安西達とすれ違う。そこで安西が口を開いた。


「流石だな。次は必ず、取る」


 安西の言葉にある覚悟が吉田へと伝わる。ここで最後の対決とでも言わんばかりの様子に吉田も顔をしかめる。果たして真意はどこにあるのか。だが、その背中を押したのは武だった。


「吉田」


 吉田の目に映った武は、彼が思ったことを全て理解しているように見える。実際、武は背中を押しながら安西達のことを話し始めた。


「あいつらの今回の気合は凄いと思う。なんかこれで最後だ! みたいなさ。でもそういうの関係なく、うちらは勝つことを目指せばいいじゃん」

「それは……」


 分かっている、と言おうとして吉田は言葉を止めていた。果たして本当に分かっていたのかと自分に問いかけてみる。分かっているならば安西の言葉や気迫に惑わされることなど無かったはずだ。それを武に言われるまで気づけなかったということはやはり忘れていたのかもしれない。

 確かに、最初だから、最後だから負けていいとは思えない。いつだってまずは勝つことがあり、そこで負けたことで初めて次を目指すのだから。


「ありがとう。俺もなんか大事なこと忘れていた気がする」

「へへ。いつも吉田におんぶに抱っこっていうのも嫌だからな……頼むぜ、香介」


 武に名前を呼ばれて、吉田は驚きに目を剥く。だがすぐに当たり前のことだと思いなおした。

 自分達はパートナーなのだから。互いの背中を預け、勝利へと進むための。そこに壁など何も無い。

 呼び捨てにしたことに気恥ずかしさがあるのか照れを見せている武に吉田は言葉を返す。


「おう。武のスマッシュ、期待してるぜ」


 今度は武が驚くほうだった。吉田はしてやったりという顔でラケットを軽く武の背中に当ててから自分のサービスラインに向かう。武は慌ててその後ろに向かった。


「セカンドゲーム、ラブオールプレイ!」

『お願いします!』


 四者が同時に言葉を発する。

 決勝戦第二ゲーム。武達が取れば優勝。安西達が取ればまだ首の皮一枚繋がる。吉田はサーブ姿勢で固まったまま目の前の安西を見ている。どうサーブをしようか頭の中で思考が回転していく。


(……よし)


 シャトルの流れがシミュレートできたところで、吉田のラケットが動いた。安西はすぐさま前に飛び出し、飛んできたシャトルを叩く。その軌道を読んでいた吉田はシャトル自体を見ることなくラケットを振りぬいた。

 シャトルはカウンターとなりコートに叩きつけられた。吉田の反応速度が岩代のシャトル捌きを越えている。第二ゲームに入っていよいよエンジンに火がついたのか。


「ナイッショ! 香介!」


 武から叫ばれる自分の名前。一瞬だけ過ぎった西村とのダブルス。それが完全に書き換えられた。


「いくぜ、武!」


 武へ言って、ショートサーブを放つ。ネットぎりぎりを打たれても武がドライブでネット前を強襲。コルクがネットに引っかかり、軌道から弾かれたが前にいた岩代は即座に反応してプッシュを叩き込む。しかし武もそれは予期していたのか、前に出てラケットを跳ね上げた。

 ロブでシャトルはコート奥へと向かい、控えていた安西が強烈なスマッシュをストレートに叩き込んでくる。

 そこにいるのは武。バックハンドでクロスに打つと、今度は岩代が待ちかまえてプッシュしようとする。だが、目の前に吉田がマークすることで叩けずに軽く打ち上げた。吉田が届かない高さをループしていくシャトルに、武は追いついて横っ飛びのままスマッシュを打ち込む。

 体勢が崩れても上半身の力とバランス感覚で放たれたシャトルは安西達のコート深くをえぐっていった。飛距離が長いスマッシュに惑わされず、安西が落下地点に滑り込み、ドライブ気味にシャトル放つ。

 そこで吉田がラケットを被せる。岩代と安西の動きを見てから手首だけでラケットを動かし、シャトルの方向を変化させた。誰もいない場所にシャトルが落ち、得点が宣言される。


「しゃ!」

「おっしゃぁあ!」


 武と吉田が互いに全力で掌をぶつけ合う。そして互いに痛がる様に客席から失笑が漏れたが、それも余裕が出来たことからだろう。第一ゲームでは追い詰められていたが第二ゲームの序盤ではきわどいが攻め勝っている。これだけ実力が近しくなっている時の厳しい状況で得点できているということは、微妙な差だが確実な実力差となって武達と安西達を隔てている。


「続いて一本!」

「一本!」


 武の言葉に呼応して叫ぶ吉田。第一ゲームとはまた違う吉田の姿に安西や岩代の顔にも動揺が浮かぶ。武の熱が移ったかのごとく、激しい熱意を表にさらけ出してシャトルを打っていく。


「はっ!」


 安西がスマッシュで打ち込んだシャトルを更に低めに叩き落す。打ち損じか少し高めに浮いたとはいえ、スマッシュはスマッシュ。それを更にスマッシュで打ち返した。

 武と吉田の攻撃が鋭さを増していく。シャトルがコートを行き来するスピードが第一ゲームよりも明らかに速くなっていった。武のスマッシュ。安西のドライブ。吉田のプッシュに岩代のヘアピン。そこでロブが上がり、また同じ図が繰り返される。優勢は明らかで、攻め続けている武達の攻撃は苛烈になり、結果、安西のラケットがシャトルを捕らえきれずに甲高い音を立てた。


「おっしゃ!」

「ナイス! 香介!」


 吉田と武の声が交差する。安西達も気合を前面に押し出して抗するが、波に乗った武達に離されないことに必死だった。速度を増すシャトルに反応しきれずシャトルを取り落とす場面が増えていく。

 試合は一回のラリー時間が長く、十対八となった時点ですでに女子シングルスもダブルスも、三位決定戦も終わったのか武達のコート以外、コートを形成していたテープが剥がされていく。


(そうか。あとは俺達だけなんだ)


 サーブ姿勢を取って少しだけ周りが見えた。この試合が終わればあとは表彰式だけということで、どこの中学校もユニフォーム姿からジャージに着替えている。浅葉中の面々も。客席の上から自分達を見つめている。集中を乱さないように声援を送ろうかどうかを悩んでいるように吉田には思えた。


(ここで、勝って終わらせる)


 一つ息を吐いてから目の前の相手に集中しなおす。

 そこで吉田は気づいた。

 一度、二度と息を吐く回数を増やしていくが、なかなかいつものように集中出来ないことに。


(体力が、予想以上に削られているのか!? どうして……)


 どうして、と自問自答しようとしてすぐに解答にたどり着く。

 安西達が強かっただけだ。素早いシャトルの応酬で相手を追い詰めているように思えたが、実は自分達も同じくらいぎりぎりの戦いをしている。普段の自分なら気づくはずだと考えて、吉田は自分のミスを知る。

 武とのダブルスの一体感、手ごたえに夢中になっていたことに。


「一本」


 今までの自分を律するように、静かに呟く。その言葉が聞こえたのか、武のまとう気配が今まで以上に緊張を帯びたのを吉田は感じた。


(あと、五点――!)


 シャトルを打った瞬間、そのサーブが失敗だと吉田には分かった。

 傍目には分からない、かすかなミスはシャトルをほんの少しだけ甘くし、岩代のプッシュによるシャトルが吉田の目を掠っていた。

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