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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
122/365

第122話

 第二ゲームに入っても、橋本達の攻撃は緩まない。最後には武や吉田が押し勝っているが、ほんの一瞬の隙を突かれてサーブ権を奪われ、加点されていく。常に武の動きの逆に打つ橋本。拾って攻めても鋭いドライブで体勢を立て直す林。一ゲームを通して、武も吉田も相手の要が林だということに気づいていた。

 橋本のトリッキーなプレイは諸刃の剣だ。相手の裏をかくのは有効な手だが、もし失敗すればカウンターを狙われ窮地に陥る。それでなくとも、橋本の持つショットの精度は吉田や武には及ばない。個人攻撃に終始すれば、やがて甘いシャトルを上げさせて叩き込めるだろう。

 そうならないのは、要所要所で林がドライブを打ち、不利をリセットするからだ。得点出来ているところは全て林がカバーしきれなかった結果であり、けして林自身を打ち崩せているわけではない。

 橋本は武達をかく乱し、武達は橋本を狙うように打ち、林は一人、黙々とドライブを打っていく。別の役割をしている二人がかみ合い、通常の実力以上のものを出すのは珍しくは無かった。


(うら!)


 心の中で吼えて、武はドロップを打った。スマッシュに見せかけてのそれに林が引っかかり、慌ててシャトルを拾うも吉田が一発で沈めた。


「ポイント。セブンファイブ(7対5)」


 点差は徐々に開く。しかし、まだ油断は出来ない。林と橋本の集中力は全く切れず、むしろ増してきており徐々に武のスマッシュも取られるようになってきていた。威力だけなら刈田に負けず、速度も重さもあるスマッシュは簡単には取れない。ダブルスでは前に吉田がいる。生半可なシャトルを上げるとすぐに打ち落とされるだろう。

 そうならないのは、林だけではなく橋本も武もスマッシュを高くロブで返すからだ。軌道が見えているかのように、スムーズにラケットの芯をシャトルコックに当てる。結果、自分が打った地点までシャトルが返ってきて、もう一度打つ。更に取られるのくり返し。七点目までは打ち勝ってはいたが、終盤に入ってくると体力がなくなっていく。その時に点を奪えるのか武には分からなかった。


(分からないくらい、今の橋本達は強い)


 長く見ている友人の成長に、武は嬉しさと悔しさが交じり合う。


(俺も、もっと変わる!)


 吉田のショートサーブと同時に後ろに陣取る。

 サーブが放たれ、武はそのままコートの中央線をまたいで後ろに身構えた。シャトルはコート前の吉田と林の間を数度行き交った後にロブが上がる。武は吉田のとの対決を終えてサイドに広がった林へとスマッシュを叩き込む。移動した分、身構える瞬間というものがどうしても生まれる。それは必要な硬直時間。意図的にその時間を狙うことが出来れば相手は動けないままにシャトルを沈められる。

 だが、林は難なくシャトルをドライブで打ち返していた。バックハンドながら鋭い軌道で武達のコートへと向かう。それを遮ったのは、吉田のラケットだった。


「なっ!?」


 武のスマッシュに合わせたカウンター。シャトルの速度は熟練者でも反応しきれるものではない。だが吉田は見切ったように移動してラケットを差し出した。ただ軌道上に置いただけではなく角度を変えてシャトルを叩きつけていた。


「しゃあ!」


 吉田のガッツポーズにあわせて武も左拳を掲げる。吉田の反応速度はさらに高まっていた。試合の中で成長するたぐいのものではないから、反応速度の上限に近づいている、と言ったところか。

 シャトルを追い、相手の位置を把握し、急所に叩き込む。

 相手がこちらをかく乱して隙を見出すなら、こちらも相手の隙を見つけ出してシャトルを打ち込むしかない。吉田は最も難しいことをやろうとしている。


「一本だ!」


 武も自分の言い聞かせるようにして、意識をコート全てに引き伸ばすようにする。イメージはコート全体を把握する。相手がどの位置にいて、どこが隙か。隙が無ければどう動かせば隙が出来るか。

 シャトルを打ち込むと橋本がネット前に返す。そのシャトルを追うように前に出る橋本の頭上を抜くように短いロブを吉田が上げ、前に飛びこんだ林がドライブで打ち返してくるのを吉田が避け、武がドライブで打ち返す。


(林のドライブを打ち崩さないと)


 現実を考えると林のドライブは全道でも通じる威力がある。打たせないように配球するのは吉田に任せ、武は力技で風穴を開けるしかない。


「すぅ」


 息を吸い、力を右腕に集中させる。吉田がドライブを打ち、それを林が同じ軌道で打ち返した。吉田の横をすり抜けてくるシャトルに照準を合わせて、武は構える。

 両足を踏ん張り、右手を後ろに引き、左手を前に突き出した。

 シャトルが来た瞬間、武の身体は一つの弓となる。十分に引き絞った状態から力を一気に解き放つように、右ラケットを振りぬくと武の右手にシャトルを打った時のインパクトが伝わってきた。

 同時にシャトルが林のラケットから弾かれて飛んで行くのが見えた。速度に合わせられなかった証拠。同時に、林のドライブが破れた瞬間。今まで橋本と林が持っていたアドバンテージが消えたことが武にも分かった。


(これで、俺達が有利だ)


 今まで戦況を五分五分に保っていた林のドライブをとうとう破った。そうなれば後は純粋な実力勝負。

 しかし武にはまだまだ橋本達に油断は出来ない。


(まだ、何か仕掛けている可能性もある)


 いくら優位に立とうとも、試合が終わるまで不安に苛まれる。

 橋本の戦略を身近で知っているからこそ、例え何も無くとも不敵に笑みを浮かべられていれば精神的に削られていく。そこにつけこまれて本当の策の沼へと沈んでいくかもしれない。


「一本!」


 そんな不安を消すように叫び、武は構える。吉田のサーブは変わらずにショート。ロブが上がり、武はドライブクリアでコート奥を抉る。前傾で構えていた橋本が後ろに飛びのいてハイクリアで応戦してきた。武もまたドライブクリアでストレートに返す。今度は林がハイクリアで通した。


(……妙だ)


 ただハイクリアを打っているとは思えない。何かしら策のためにクリアを飛ばしている。二手三手先のために今を使う。これはバドミントンならば共通だ。だが橋本ならば六手七手先まで行くだろう。どこまで橋本にはこのゲームの手順が見えているのか。


「はっ!」


 状況打開のためにスマッシュを打つも、ロブで弾き返す。吉田は前に釘づけにされたまま動けない。武はクリアに翻弄されながら橋本達の狙いを考えていく。


(体力の消費か? それ以外の目的があるのか。それとも)


 武は橋本の思考をなぞろうとする。相手の裏をかこうとするのが橋本ならば、今の裏とは何か。


(俺が何かされている、と考えるのが橋本の罠ならば)


 狙いは、自分ではない。

 自分自身が狙われていること自体が、橋本の罠ならば。


「うら!」


 直前までスマッシュを打とうとして、ドロップを放った。

 橋本の策が予想通りならば。


(吉田が必ず応えてくれる!)


 シャトルに追いついた橋本と同時に、吉田が動いた。

 ロブが上がった瞬間、シャトルの軌道上に差し出される吉田のラケット。シャトルは中心に当り、コートへと落ちていった。


「しゃ!」

「ナイスショット!」


 吉田の笑みに武も笑顔で応える。

 急に狙いを変えて吉田が対応できないようにするのが橋本と林の作戦だとしても、武は吉田が集中力を切らさないと信じていた。前衛として釘付けになっていても必ず自分へのシャトルには反応すると。


(あいつのことを、俺は信じてる。多分、あいつも、俺を信じてるはずだ)


 必ず後ろでスマッシュを打ち続け、吉田へのチャンスを作るときっと信じている。

 そう思えるからこそ、武もまた吉田の役割を信じぬける。

 橋本と林が辿り着いた場所に、すでに武と吉田は登っていた。更に、その先に進むために。


「はっ!」


 武のスマッシュが橋本の左脇に向かう。体の傍をバックハンドで返すのは難しく、緩やかに上がったシャトルを吉田が難なく叩き付けた。

 いつしか点差は広がり、残り一点で武達の勝利。明らかに橋本達に余裕がなくなってきていた。


「ラスト一本!」


 武に押されるようにシャトルが宙を舞う。橋本がスマッシュをストレートに打ち込んできたのを武がクロスヘアピンで返し、そこで林のヘアピンも勢いそのままにプッシュで押し込む。橋本が追いついてドライブ気味にクロスで返すと、そこには吉田の姿が。

 渾身の踏み込みでコートが揺れる――ように錯覚するほど。ラケットを突き出した瞬間に止まってシャトルはインパクト時の勢いだけでネット前に落ちていく。ラスト一点。速度に乗った打ち合いの中だからこその、フェイント。しかし橋本もそれを読んでいたのかシャトルに追いついてロブを上げていた。即座にトップアンドバックになる吉田達。

 前には武が。後ろには吉田が向かう。


(あいつを信じる!)


 武の前に映っていたのは、前にいる橋本と横に広がっている林。打つ場所は橋本の後方。そう直感して武は少しだけ立ち位置を変えた。


(吉田ならきっと……)


 武の思考は吉田をトレースする。最も効率よく相手を追い詰めるために、吉田が打つ場所は――


「いけ! 吉田!」


 武と同じくらい鋭いドリブンクリアが橋本の頭上を抜けていく。慌てて後ろを追おうとした橋本を大声で静止させ、林が向かっていった。


「うおお!」


 林が吼える。今まで静かに内に溜めてきたエネルギーを思う存分発散させ、左手に力を込める。シャトルの落下点に入って、今までドライブに使ってきた左腕の力を全てオーバーヘッドストロークに費やす。

 武はサイドに広がった瞬間、自分のほうを見た林と目があった。このまま自分へとスマッシュがくるならば鋭くドライブでカウンターを決められる。


(ん?)


 一瞬でも林と目線があったからこそ、違和感を覚えたのかもしれない。武は林の視線が外れた時に自分が過ちを犯しているような感覚に襲われた。このまま吉田と共に林のスマッシュを待っていては、サービスオーバーを取られるという未来が脳内を駆け巡る。


「吉田!」


 武は直感を信じて後ろに飛ぶ。吉田の名前を叫んだのは、その声と動きで意図を汲んでもらうしかないと判断したから。武がコートの後ろに回ると共に、吉田もまた前に動く。

 その時には、武のほうへとシャトルが飛んでいた。

 スマッシュではなくドリブンクリア。先ほど吉田が試したことをそのまま返されたのだ。シャトル落下点に入り、体を思い切りひねって力を溜める。

 狙いを定めるために視線を向け、橋本と林の間に照準を合わせる。


(橋本……お互い、強くなったな)


 ハイスピードな展開にもかかわらず、差し込まれる思考。その意味を武は瞬時に理解した。

 この一撃で、試合は終わる。


「うおああ!」


 渾身の力を込めて、武はスマッシュを放った。狙いは予定通り、林と橋本の間。この試合最速のスマッシュ。

 林のフォアハンド。

 そして橋本のフォアハンド。

 両者とも打ち頃のシャトルだからこそ、同時に手が出るのを止めることが出来なかった。

 鈍い音と共に弾かれるラケット。シャトルもまた前に飛んでいるが、勢いは全く無い。

 吉田がシャトルに向かって飛び上がり、呆然としている二人の間を縫うようにして、スマッシュを叩き付けた。


「ポイント。フィフティーンエイト(15対8)。マッチウォンバイ、吉田・相沢」


 吉田のガッツポーズに応えるように、武も右拳を掲げて吉田のそれに軽くぶつけた。スコアにすれば二ゲーム連取。それほどてこずったようには見えないが、内容はまったく息を抜けなかった。


「強かった」


 互いのラケットを拾っている二人を見ながら、武は呟いていた。

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