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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第012話

「ポイント! テンオール!(10対10)」


 武は額から流れてくる汗をぬぐい、息を吐いた。噴出してくる汗は量を増していたが、まだまだ体力には余裕がある。ふと、小学生の時分を思い返してみるとすでに脇腹に痛みを覚えていた気がする。


(成長してる)


 ここまで来れば疑いようがない。以前の自分ならば恐らく一点も取れずに刈田にやられていただろう。スマッシュを十五発打たれて終了。そんな悔しいビジョンはもう見えない。

 確実に、成長している。


「一本!」


 刈田に向けるように叫び、高くサーブを打ち上げる。刈田は最後まで独特のフォームで行くのか、左腕は下げたまま。しかしその動きがかすかに鈍っているのに武は気づいた。


(疲れてきている?)


 放たれるスマッシュ。狙われたのは左側。コートを出るか出ないかという場所に来るシャトルをバックハンドで取りに行く。

 そして、ラケットの中心がシャトルを捕らえ、淀みがない乾いた音と共にまっすぐ跳ね返した。


(いける!)


 油断せずに構えると今度はクロススマッシュ。だが、角度はそれほどでもなく、武は楽に相手のコート左奥へと弾き返した。

 刈田は慌ててシャトルを追うも、次にはハイクリアを打つことしか出来なかった。

 返されたハイクリアの下に入り、今度は武が刈田がいない側へとスマッシュを放つ。立場が逆転したかのように、刈田はシャトルを追って返してくる。しかし、それもこれまでの力がない。


「はっ!」


 四度のスマッシュの果て。五度目はとうとう刈田の横を通り過ぎてコートに突き刺さった。


「ポイント、イレブンテン(11対10)」

「――シッ!」


 小さく左拳を腰の当たりで握る。思うよりも身体が反応した、というガッツポーズ。体力の心配はない。集中力が研ぎ澄まされていく。


「ストップだ!」


 そのガッツポーズに触発されてか、刈田は声を荒げた。確かに息は切れてきていが、まだ闘志は失われていない。


「負けてたまるか。お前みたいに聞いたことないような奴に」


 言葉の棘とは裏腹に、シャトルは優しく返ってくる。少なくとも、プレイヤーとしての礼儀は失っていない。その点、武は尊敬する。コートの外では嫌な人間だとしても、コートの中ではあくまでバドミントンプレイヤーなのだ。


(最後まで油断しない!)


 ゆっくりと、武はサーブの体勢をとる。軽く息を吐き、呼吸を整えてからサーブを放つ。

 パンッと乾いた音を立てて上がるシャトル。一点目を取った時と変わらない軌道で飛んでいくシャトルに満足し、武は次に来るだろうスマッシュに備えて体勢を整える。

 だが、予想に反してドロップを打たれて武は慌てて前へと詰める。その場で待ち構えていたために詰めきれず、落ちそうになるシャトルを上げるしかない。


「くっ――」


 慌てて元の位置に戻るも、また刈田は逆サイドに落としてきた。慣性を強引に打ち消してラケットを伸ばす。何とか跳ね上げたが、甘く上がったシャトルを刈田は豪快なスマッシュで武のコートに打ち込んだ。


「サービスオーバー、テンイレブン(10対11)」


 呆然とする武に聞こえる刈田の深く息を吐く音。確かに刈田は疲れている。その中で、今までの力押しから武を翻弄するためにテクニックを使い始めた。

 まだ刈田は諦めてはいない。


(そうだ。俺も諦めてはいない)


 気合を入れなおしてシャトルを返す。刈田の顔を見ると額からの汗を何度もぬぐっていた。刈田も苦しいのだと知り、武の闘志は燃え上がる。


「よし! ストップだ!」


 相手をけん制するように叫ぶ。刈田はにやっと口元をゆがめると、思い切りサーブを打った――ように見えた。


(なに!)


 後ろに思いきり飛んでいた武は、ふわりと前に落ちるショートサーブを取ることが出来なかった。ぎりぎり、とは言えない。サービスラインから少し距離を置いた場所に落ちるシャトル。軽い音と反比例するかのように刈田が絶叫した。


「おっしゃぁあ!」

「ポイント。イレブンオール(11対11)」


 審判も嬉しさを隠さずにコールし、得点が入る。体力がなくなってきたことで体力消費を抑えるためにスマッシュやハイクリアをなるべく使わないように、ということだろう。武は自分が不利になってきたと悟る。


(試合経験に差がありすぎる、か)


 それでも瞳の力は衰えない。ただ単に、弱点がはっきりしただけ。

 シャトルを返してからタイムをかけて靴紐を結ぶ。間を開ける手としては何度も使えないが、実際にほどけていたのだから仕方がない。


(受けて立つしかないよな)


 静かに息を吐き、吸う。今度はどちらのサーブがきてもいいように中間地点から動かないようにする。


「一本!」


 連続ポイントに気を良くしたのか、通る声でシャトルを飛ばす。ロングサーブ。武はスマッシュを打とうと力を溜めた。

 だが、一瞬だけ見える刈田の姿。


(――!)


 刈田は武のスマッシュを予測してか前に詰めていた。いくら速いスマッシュでも弾道が読まれるなら意味はない。そしてヘアピンでネット前に落とされるならば取りに行くのは間に合わない。


「うぉお!」


 武はスマッシュに行こうとする意識を強引に変えて、腕の振りを早めた。結果、打点が高くなりドライブ気味に相手コートへと飛んでいく。それは刈田も予想外だったのか、慌てて後ろに下がった。

 しかしハイクリアでも、スマッシュでもない高い位置を進むドライブは刈田が追いつく前に下降し、喰らいついた頃には下から打たなければいけなくなっていた。

 すくい上げるように打ち返した瞬間、刈田は体勢を崩して倒れる。慣性を殺しきれず胴体がたたきつけられたことでの大きな音。それを耳に入れながら、武は肩ほどまでの弾道で返って来たシャトルをネット前に落としていた。


「サービスオーバー、イレブンオール(11対11)」


 審判がカウントを告げたところで刈田のほうへと駆け寄る。武も向かおうとしたが、ラインズマンをしていた仲間に肩を貸されて立ち上がってきた。足を引きずっていることから、怪我をしたのかと武は不安になる。


「足首、ひねったみたいだわ。試合は俺の負けでいい」


 刈田は痛みを堪えながら呟き、握手もしないままコートの外へと歩いて行った。腰を降ろして足を伸ばす。仲間の一人がコールドスプレーを吹きかけて、もう一人がタオルを投げてやる。

 その光景を見てようやく試合が完全に終わったことを確認し、武は試合の体勢を解いた。


「お疲れー」


 客席から降りてくる由奈に対して左手を上げて答えようとした武は、その後ろから歩いてくる早坂の姿を見て硬直した。いつきたのか全く覚えがなく、動揺する。


「お疲れ様」


 静かに、表情を変えずに言ってくる早坂に試合とは別の緊張が武に生まれる。別に何か悪い事をしているわけではない。考えてみれば無効になったからとはいえ試合自体は優勢に進めていたのだ。堂々としていればいいと考え直す。


「いつ来てたんだ?」

「さっき。由奈を誘ってもいなかったから、他の子達とバドやりに来たの」

「バドやりにって……」


 誰と、と言葉を続けようとしたところで武の視界に見覚えのある顔が見えた。向こうも武に気づいたようで手を振って駆け寄ってくる。わざわざ武の名前を呼んで。その声に足を伸ばして座っていた刈田が反応したことにも気づいた。


「武ー。あ、もしかして試合したの?」


 若葉は刈田達のほうへと視線を向けながらも、転ばずに武や由奈たちの傍にやってきた。武の名前を言う若葉に刈田がどんな思いをめぐらせているのかは、伝わってくる気配で分かった。

 さほど恋愛には詳しくないはずの武が分かるのなら、小学生の時点で異性と『そういったこと』に触れている若葉ならすぐ気づくのではないかと、武は刈田を不憫に思った。

 結局、その仕草を見せずに早坂に声をかけると自分達に割り当てられたコートへと向かった。


「武、どうする?」


 由奈のどうする? はすぐに打ち始めるか、ということ。武はすぐに打てると言葉を返そうとして、身体から力が抜けていくのを感じた。


(い、今頃くるんだ……)


 ふらつきそうになる身体を何とか支えて、武は由奈に休むことを告げると飲み物を買いにフロアの外へと歩き出した。由奈には早坂達と打っているように言って。


 体育館の入り口にある椅子に座り、武は傍の売店で売られていたスポーツドリンクを飲んだ。それまで活動を忘れていたかのように汗が噴出し、抜け出た水分を補給するようにドリンクを飲んでいく。500ミリのペットボトルは一気に空になり、飲み終えてから「ぷはぁ」と息を吐いた。


「オヤジみたいだな」


 後ろからかけられた声に振り向くと、少し重心をずらした刈田が立っていた。痛めた足に体重をかけないようにしているのだろう。ひょこひょこと足を軽く引きずりながら武と同じようにスポーツドリンクを買い、向かいに座る。

 キャップを開けて軽く中身で喉を潤してから、刈田は口を開いた。


「悪かった」

「? 何が?」


 主語を分かってはいたが、あえて武は聞き返す。少し意地が悪いかとも思ったが、相手のほうが先だ。無礼な相手に気を使う必要はないだろうという考えに落ちつき、立ち上がってペットボトルをごみばこに捨てに行った。


「俺は、お前を舐めていた」


 刈田はそう言って頭を下げた。その行動は予想外だったのか、武は慌てて「おいおい」と呟きながら近づく。


「止めなよ」

「部活じゃ全然打てなくて、休みの日にやってきてみたら女連れでお前がいた。何となくむかついたんだ……それで、彼女の前で恥をかかせたかった」

(彼女じゃないんだけどな……)


 間違いを正そうとも思ったが、更に続ける刈田に口を挟めない。


「お前、強いわ。小学校の時に名前を聞かなかったのが信じられん」

「……弱かったのは事実だよ」


 顔を上げた刈田の顔をしっかりと見つめて、武は言う。過去の自分を思い起こしながら。


「いつも、思ってた。上手い人みたいに打ちたいって。でも、小学生の時は結局叶わなかった。中学で、走りこんだから体力がついたんだろうさ」


 武は急激に実力が伸びたことへの理由付けがすんでいた。

 一試合をちゃんと闘える体力がついたこと。それ以外にない。小学校の頃は体力よりもしっかりしたフォームや各ショットを重点的にやっていた。体力作りはショットを打つよりも地味で辛いからと逃げていた。

 そこで生まれた自分の弱点が、中学に入ってからの練習で消えてきているのだ。

 それを理解できた時、劣等感が消えていた。心にも余裕ができた。


「これからも、よろしく」


 武は自然と手を伸ばしていた。先ほどまでのわだかまりなど、ない。

 武の差し出した手を見て、刈田は呆れを含んだため息をついた。自分が悪意を向けていたことを教えてもなお、普通に手を差し出してくる武の意図を測りかねているのか。

 痺れを切らしたのは武のほうだった。前に進み出て自分から刈田の手を取る。


「気分は良くなかったけど、その気持ちもなんとなくは分かったから」


 いぶかしむ刈田に武は言う。

 先輩達がいるからコートが使えない。それは自分達も体験していたこと。だが、武と刈田が違うのは、小学生の時から実力があったかなかったか。


(俺のようなやつなら仕方がないって諦められるけど……刈田くらいならもっとプライドとかあるんだろうな)


 そう思った時、その憤りが分かった。その矛先が自分に向いていただけなのだと。もちろん、そう分かっただけでは不快感は消えない。


(そんな相手と対等に戦えるようになった)


 自分の実力が飛躍的に上がったことでの満足感が、試合前の気持ちをかき消した。


「とにかく、よろしく。あと、若葉は結構小学生からもててるから、がんばってね」

「――そ、そうだ! それ聞きたかったんだ――てっ!」


 刈田は急に焦り、立ち上がった。それは痛めていた足に負担をかけてしまい、刈田の顔をゆがめる。


「あ、あの若葉さんとは……どういう関係なんだ!」

「ん? 妹だよ。双子の」


 武は鳩が豆鉄砲を食らった顔、というものを思い出した。きっとそれは、今、目の前にあるような顔だろうと。

 刈田は軽く口を開けて、何とか今聞いた情報を整理しようとしているようだった。その様子があまりにおかしく、武は口に手を当てて笑う。そのうちに、刈田も整理をつけたらしい。


「い、妹か……そうか……」


 少しだけ落胆しつつ、刈田は息をついた。笑われたことが堪えたのもあるのだろう。むっとしても話題を変える。


「まあ、若葉さんのことは別にして……今度は試合で決着をつけようぜ」

「ああ」


 真面目な顔で強い視線を向けてくる刈田に、武は負けずに視線を投げ返した。


 武の成長が始まった瞬間だった。


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