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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
119/365

第119話

「ポイント。フォーティーンファイブ(14対5)。マッチポイント」


 後一点取れば勝つ。林は頭の中で状況を整理しながら、サーブの姿勢を取る。試合を続けてきて消費した体力を補うために一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出していった。体の中に溜まった熱を帯びた二酸化炭素が、新鮮な酸素に入れ替わる。

 その中でも感じ取れるのは、藤本達のプレッシャー。事実上、あと一度ミスすれば終わるという場面でまだ衰えぬ気迫。そんな強い思いを受け取るのもまた実力者との戦いによるものだ。


(そう。相沢達に比べたら)


 幾度と無く練習で武達とダブルスの試合をしてきた。本番と部活のそれは確かに違うだろう。ある程度点を取れていたのも、武達に部活による無意識の気の緩みが出ていたのかもしれない。

 それでも、林は武達に勝てると感じたことは無い。


(どうすれば勝てるのか全く分からなかった。橋本がどんなに作戦を考えても、それを打ち破ってくる。そんな壁に、藤本達はぶつかったことがあるか?)


 ショートサーブを打った瞬間、藤本が飛び込んでくる。完全にショート一本に絞った突進はシャトルをコートに叩きつけ――


「おっと!」


 シャトルに反応したのは橋本。それでも反応するだけで精一杯だったのか、ロブは上がらずネット前に上がる。プッシュには十分な軌道。


「はっ!」


 打ち終えた藤本が好機と読んだのか、体を持ち上げてラケットを振った。強引な打ち方。完全に死に体となってもしも返ってくれば取ることは出来ないだろう。

 それを許すのは小笠原の存在。藤本の斜め後ろ、コート中央に立ってシャトルの行方を捉えようとしている。どこに打たれても一回ならば一対二は可能。


(なら!)


 強引なスマッシュに橋本は届かない。だからこそ林はヤマを張って右側にラケットを構えた。そして、ちょうどそこに来るシャトル。

 最後の最後に、林のバックハンド側を狙ってきた藤本。それを読んでバック側に構えた林。

 あとは、シャトルを思い通りのところへ打てるか。


「っ!」


 息を一瞬止めて打ち返すと同時に吐き出す。シャトルは林の思い描いた軌道上を進み――

 倒れている藤本の頭へと落下していく。


「――!?」


 はっきりとした動揺がネットを越えたた林に伝わる。完全に膝をつき、ラケットも床に落としている。小笠原がカバーに行くとしても藤本を避けて打つのは至難だった。


「ぁあ!」


 それでも、藤本はラケットを振っていた。

 何もしないよりも何かをする。ラケットを振って当たればまだチャンスは広がる。それを分かっているが故の行動。その胆力に林は体の震えを止められない。

 ――そしてシャトルは、藤本のラケットをすり抜けて左肩に当たっていた。


「ポイント。フィフティーンファイブ(15対5)。マッチウォンバイ、橋本、林」


 試合終了のコール。

 審判である杉田が言葉を紡いでも、四人はしばらく動くことが無かった。藤本が最後に見せた気迫。それがまだ橋本達にシャトルの残像を見せているのか。


「……終わったな」


 初めに構えを解いたのは橋本。それにつられるように藤本と小笠原も硬直が解け、各々悔しそうに顔を歪めてネット前に歩き出す。ただ一人、林はまだ動かない。


「林?」

「……あ、ああ」


 呆けたように呟いてから、林はようやく構えを解く。握手をするために前に歩き出してもふらついて、体力の消耗が一気に来たように見える。


「2対0で橋本、林組の勝ち」

『ありがとうございました!』


 四人がそれぞれ握手を交わす。林は握られた自分の手が強い痛みを発したことで弾かれるように相手を見る。藤本が心底悔しそうに林を睨みつけていた。それは試合中でさえ見たことが無い、生の感情。


「次は、負けませんよ」


 声に引きづられて視線を横に移すと、小笠原が同様に林を見ていた。その前には橋本にも言っているのだろう。隣で苦笑いしている橋本の気配が感じられる。

 手が離されて、二人はコートからそそくさと出て行った。杉田からスコアとシャトルを受け取り、これから敗者審判をするために審判員席に向かうのだろう。


「あいつら、本当に悔しかったんだろうな。自分らが相沢達以外に負けるとか想像つかなかったんだぜ」


 橋本の声はとても嬉しそうで、林はとうとう現実に引き戻される。

 夢から覚めた後に待っていたのは、じわじわと湧き上がってくる歓喜。


「俺だって、思って無かったよ」

「マジで? 俺だけかよー、信じたのは俺だ――」

「違うよ」


 橋本の声を止めて、林は一度息を吸う。

 次に出てきたのは満面の笑み。自信を持った言葉。


「俺らが相沢達以外に負けるってことをさ」


 橋本にも笑みが伝染する。林の言葉に。そして勝利の余韻に。


『しゃあ!』


 ワンテンポ遅れての勝利への咆哮だった。


 男子ダブルス。橋本・林組勝利。

 ベスト4進出。


 ◇ ◆ ◇


 離れたコートから沸き起こる歓声を聞きながら、武は何が起こったのか大体予想していた。林と橋本の勝利に対するものだろうと思いながら、体は自然と動いてスマッシュを打ち込んでいる。


「ポイント。サーティーンエイト(13対8)」


 吉田にハイタッチをして自分の位置に戻る。相手は明光中のダブルス。武達よりも一つ下の幼さが残るペアだ。

 武は自分のことを思い出しつつ、しかし手加減せずにシャトルを打ち込んでいく。


(そうだ。俺は油断しない。一直線で、駆け抜ける!)


 市内には安西や岩代達。全道に行けば恐らくは金田達を退けた橘兄弟が待っている。それよりも、先に勝って待ち構えている林と橋本と早く対戦するために。


「一本!」


 吉田のサーブを後押しするように叫ぶ。唐突な大声は吉田の集中を乱すかと周りは思えたが、それに惑わされることも無くシャトルはネットすれすれを越えていく。相手がプッシュしたシャトルをドライブで弾き返し、そのまま前に出る武。後ろに下がる吉田。堪えきれなかったのか、ロブが上がり、吉田の真下にシャトルが落ちてくる。


「はっ!」


 シャトルは鋭く相手の右脇をえぐった。体に近く、取るのが難しい箇所を的確に狙い打つ技術は吉田の専売特許。スマッシュの純粋な威力ならば武が上だが、鋭さは吉田に分がある。ローテーションで交互に打ち込んでくる二人に、相手ペアは対応できない。


「ポイント。フォーティーンエイト(14対8)」


 返されたシャトルの羽根部分が多少壊れていても、吉田は最後まで押し切ろうと構えた。武も意図を汲んで相手に止められる前に深く腰を落とす。


「ラスト一本!」


 二人はこれで終わりという気迫を前面に押し出し、吉田はショートサーブを放ち、武は上がってきたシャトルを全身全霊を込めて叩きつけた。相手のラケットに弾かれてネット前に上がったシャトルを吉田が押し込む。


「らっ!」


 そこで、武は更に前に出る。吉田の打ったシャトルを、相手はまたしても拾っていた。打った直後の硬直で吉田は動けないだけに、前に武が動かねばサーブ権を取られていただろう。


「おおお!」


 右足を踏み込んで、前に体重移動してのスマッシュは今度こそ相手ダブルスの中央を打ちぬいた。


「ポイント。フィフティーンエイト(15対8)マッチウォンバイ、吉田・相沢」

「しゃあ!」

「よし!」


 力強く互いの掌を打ち付けあう吉田と武。さほど苦もなく倒したように周囲には見えるだろうが、二人にとっては勝ち上がるために苦しくなるのは当たり前だった。勝っていくということはそれだけ多くの者に見られること。そこから自分達の苦手なコースなどを研究され、そこを突かれていく。

 しかし、相手の研究に対してそれ以上の成長を見せるのが今の吉田と武ペアだった。試合の中でも弱点を突かれればいつの間にか克服している。無論、狙われるだけ慣れることも早いが、狙ってくる相手をいかにかわすかを試合の中で生み出していき、最後には点数差をつけて勝っていた。


「これで次は」

「林と橋本だな」


 振り向くと、客席から自分達を見下ろす二人の姿が見える。林と橋本は右拳を突き出して武達を殴る素振りをした。よく武と橋本がやる動作を、二人でしてくる。


(いつの間にあんな仲良くなったんだろ)


 二人の間に絆が見える。そしてその絆はダブルスの強さへと変わる。どれだけ互いを信頼し、背中を任せることが出来るか。その意味では林と橋本は地区屈指のダブルスと言える。


「今のあいつ等なら、川瀬達くらいなら食っちまうかもな」


 吉田の言葉に頷いて、武は歩き出す。ベスト4が決まり、残りは二試合。シングルスもダブルスももう少しで終わりが来る。

 悔いの無い試合をするためには、無駄なく休息を取る必要があるだろう。


「お、相沢達も勝ったか」


 後ろからかけられた声に振り向くと、安西が手を振りながら近づいてきた。いつも岩代と共にいるイメージがあったため、武は戸惑う。


「もっ、てことはお前等もか」

「ああ。川瀬達と準決勝だよ。どうせなら早めに吉田達にあたりてぇのによ。そのほうが体力残ってるだろうし」

「体力ある時に全力でやりたい、と」

「おうよ」


 安西の堂々としている台詞に武も気分が良くなった。何度か市民体育館で共に汗を流したからかもしれないが、学校という垣根を超えて仲が深まっている気がする。


「大丈夫だよ。これだけで体力尽きるような鍛え方してないから」

「はっ。その自信、いいじゃね? じゃあ決勝で会おう」


 安西は笑いながら去っていく。何しにきたのかと問えば、恐らくは敵情視察とだけ答えだろう。それくらいの目的しか武には分からない。


(対戦相手なら、仕方が無いのかな)


 安西の姿が小さくなったところで、武も林達のところへと向かう。違うコートでは川瀬と須永の試合が進んでおり、得点は十三対六。どうやら無難に勝利を拾いそうだ。


(やっぱり俺達と林、橋本。安西達と川瀬達、か)


 実力順によるものだが、ダブルスは浅葉中か明光中という二強に絞られている。逆にシングルスでは清華中の小島に翠山中の刈田と、学校によって別れている。


(準決勝で『部活』をやれるとはなぁ)


 過去、先輩達の姿を見て凄いと考えた自分を思い出す。

 試合での同じ中学同士で対決することを『部活』と呼び、親しんできた。他の中学の選手を打ち破ることでいつしか味わうことが出来るが、それはあくまで一握り。だからこそ、武も純粋に凄いと思い、憧れてきた。

 だが、今ある思いはまた別の物。

 試合で対戦するということはやはり部活ではないのだ、という思いだ。


(同じ仲間を倒さないといけない辛さがあるんだよな……)


 これから先の対戦に思いを馳せると、心に棘が刺さったかのように痛みが走る。練習してきたのは、仲間との絆を育むこともそうだが勝利を掴むためだ。その芽を、互いに潰しあうことが『部活』の真実。先輩達が笑い、いつもより嬉しそうに『部活』へと臨んだのは一体どういう理由だったのか。


「相沢?」


 吉田の声に振り向く。いつも何かを聞けば答えを出してくれた吉田。今回も聞けば納得がいく答えが返ってくるのだろうか。武は口を開きかけて、止める。


「なんでもない。『部活』頑張ろうぜ」

「おう」


 吉田と共に歩き出す。笑顔の裏にある何かを感じ取ったように武は思っていた。それが正しいかは分からない。それでも、納得出来る答え。


(きっと大事だから、笑っていったんだろうな)


 仲間と試合をして、勝たなければいけない。それが試合。先輩も複雑な思いをしつつ試合に挑み、自分の仲間に勝利し、敗北してきたのだろう。


(部活だろうと、試合だろうと。負けるわけにはいかない!)


 勝利することを望んだ。それはつまり、他の敗者を生むということ。

『部活』を通して何を得るのか。その不安も目的のためには避けられない道。


「吉田」


 だからこそ武は言葉を紡ぐ。

 振りむいた吉田に今までで一番気持ちを込めた言葉を送った。


「次も、勝とうな」

「おう」


 返って来たのは、今までで最も光っている笑顔だった。

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