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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
117/365

第117話

 ベスト4をかけての試合。橋本・林組対藤本・小笠原組。今のところ、市内のダブルスは三組まで指定席のようなものだった。

 武と吉田。安西と岩代。川瀬と須永。

 この三組の牙城を崩すのはシングルスの二人よりも難しいという空気が広まっていた。その中で、四番目の椅子を狙う者達は多くいる。

 そして、その挑戦権を得たのは両方ともそれ以上を狙っている者達だっただろう。即ち、牙城を崩すことを。


「さて、あいつらの攻略法だけど」


 握手をしてサーブ権を得てから、橋本は林へと耳打ちする。何かすでに考えているのかと林は期待を抱いて耳を近づけた。

 結局は、ふぅっと吹きかけられる息に驚いて後ろに下がったが。


「わからん。そもそも初対決だし。相沢達と団体戦の時に一度対戦したというくらいしか知らない」

「関係ない試合までわざわざ観にいかないしな」


 笑いそうになる林だったが、変な誤解を招いて勢いを出されても困ると口を抑える。しかし、橋本は笑みを止めなかった。あえて藤本達に見えるように顔に笑みを浮かべている。


「よっし、一本だ」


 へらへらとした顔はそのままに、橋本がサーブ体勢になる。林は後ろについてサインを見た。後ろに回された右手の親指が上がる。


(なるほど)


 林は腰を落として身構える。次の行動にスムーズに移るために。

 シャトルが打たれ、宙に舞う。

 ネットぎりぎりを越えたショートサーブが。


「はっ!」


 プッシュされたシャトルは橋本の肩口を越えて林の右サイドに落ちていく。ちょうど構えていた位置でラケットを振りかぶり、シャトルを強打した。

 林のドライブはプッシュを打った藤本がいる場所の、完全な逆方向に飛ぶ。藤本はそのまま前に残り、小笠原がシャトルに追いついてドライブで返してくる。橋本もまた前中央から動かずに、林がバックハンドで前に落とす。

 それを待っていたかのように、藤本がラケットを突き出してシャトルを落とそうとするが橋本が目の前に立ち塞がる。


「ストップ!」


 一瞬の言葉。それが功を奏したのか藤本のショットの威力が落ち、林へと向かう。藤本の体勢が崩れているそこへと、更にドライブを打ち込んだ。橋本の肩口を越えていったシャトルはそのことがブラインドとなり、藤本は手を出せない。逆に不意を突かれた形になった小笠原もシャトルに追いつけず、コートに落ちていた。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」

「ナイッショ!」


 林に向き直って手を上げる橋本。その手に自分の右手を打ちつける林。自信に満ち溢れた二人の態度は試合の展開を見ていたプレイヤー達に予想させる。

 それでも、藤本と小笠原は無表情で自分の立ち位置に戻る。一点など何も堪えてはいないという思いが伝わったのだろう。サーブに入った橋本も表情を引き締める。


「一本!」


 立てられる小指。林はそれに従って、今度はサーブの瞬間に横に広がっていた。


(でも何か効果あるのか? これ)


 本来の意味とは逆にサーブをする、とコートに入る前に言い出したのは橋本だった。

 親指ならロングサーブ。小指ならショート。ダブルスでの通常のサインをあえて逆にする意味を、橋本は詳しく語らなかった。何らかの憶測はあるようだが、それを裏打ちする事実は無いということらしい。


(仕方が無いか。俺は、来たシャトルを打つだけ!)


 ドライブをドライブで。ヘアピンをヘアピンで返していく。ただひたすらに低く、前に。

 藤本のスマッシュは武に似て速い。それは似通ったボディバランスから生まれるものだ。どんなに厳しいコースに返しても、それが高い打点ならば体を反らしてでもスマッシュを打たれる。速く力があるものを。

 だからこそ上げないように。基本に忠実にコースを突いていく。藤本も林の配球に思うように打てないのか、甘く上がったシャトルを橋本が綺麗に沈めていた。


「ポイント。ツーラブ(2対0)」


 林が後ろから丁寧にコースを突き、前で橋本がプッシュする。それだけで徐々に得点を重ねて5対0まで進んでいった。


「よし、一本だ」


 これまで連続して得点してきた橋本も、全く気を抜いていない。それは林も感じているプレッシャーをより前で受けているからだろう。

 小笠原と藤本から来るのは静かな闘志。けして表に出さないのは武達と試合をした時と同じ。鋭さを増していく気配に臆せず、橋本はショートサーブを打っていく。前に飛び出す小笠原の速度は開始時点よりも明らかに早く、少しでも浮けば強いプッシュで落ちていただろう。それがドライブ気味に弱く飛んでくるのは、その状況でもきちんとショートサーブを入れていくからだ。林はその思いに十二分に堪えるべく、体をラケットと一つにして、渾身の力を込めてドライブを打ち込む。

 攻める時も守るときもトップアンドバックで固定したまま。失敗するまではこのままでいようという橋本の作戦だった。今のところは綺麗にはまっている。


(このままあの二人が何も起こさないとは思えないけど)


 ドライブを打ち分けながら林は考える。今まで特に何の波乱もなく進む展開。押し寄せるプレッシャーもそれを暗示しているからこそ、橋本もいつもの笑みを出さない。


「たっ!」


 橋本の頭部を掠めるように意識してドライブを打ち分ける。それだけで一瞬シャトルが隠れて相手への目くらましになる。無論、ぎりぎりを掠められる技術など無いが、そう思いながら打つことでイメージに現実が近づく。実際それが機能しているからこそ、この点数。


「はっ!」


 だが、今までと違ったことは。

 クロスのドライブに対して、小笠原が反応していた。唐突にシャトルの元へと現れたと思うと、プッシュを叩き込む。

 今度のタイミングは完璧で、橋本と林の間にシャトルは落とされていた。


(……速い)


 読んでいた、というよりは反応したと言うほうが正しく思えるプレイ。今までの流れから慣れたということか、と林は考えた。慣れだけでここまで移動出来るのかと。


「難しいこと考えんなよ」


 いつの間にか目の前にやってきていた橋本が肩を叩きながら言う。その顔には逆に笑みが浮かんでいた。


「ようやく手の内を見せてきた。俺の思惑通り」

「つまり本気を出してきた?」

「ああ。これからが本番だ」


 橋本はそう言ってシャトルを拾うと、ふわりと擬音が聞こえそうなほど柔らかい軌道で返した。顔には抑えきれないのか笑みが漏れている。当然、返された側は橋本の顔が見えているはずだった。林にはどうしてわざわざ見せ付けるのか意味が読み取れない。


(あえて挑発してるのかもしれないけど、それに乗ってくるやつらなのかな?)


 藤本も小笠原も感情を出すタイプではない。冷静に試合を進めていき、甘い球が来たらすぐさま強打で点をむしりとっていくタイプだろうと林は推測する。ならば橋本の挑発も心を乱させるための手段だと見抜いていて、意味が無いのではないか。

 それこそ、わざとサインを逆にした意味もあるのかと林は不安になる。


「林」


 橋本の声に我に返る。すでに橋本は横に戻ってきており、藤本もサーブ姿勢を整えていた。あとは自分が構えるだけで試合が再開するという状態。


「敵を騙すにはまず味方からって言うじゃん?」

(今言ったら意味ないだろ!)


 口から出そうになった叫びを押し留めて、林は腰を落とした。前にも後ろにもすぐ反応できるように。


(ま、ほんと意味無いわ)


 藤本からのショートサーブを丁寧にネット前に落とす。クロスヘアピンなどの技は使えないため、無理せずただ真正面に打つだけ。しかし藤本はネット際でプッシュすることもできず、ロブで橋本へと飛ばした。


(俺は俺の役割。あいつはあいつの役割をこなせば結果がついてくる)


 橋本のスマッシュはゆっくりと藤本のバックハンド側に飛んでいく。胸元を狙った長い軌道に、藤本もラケットを構えてドライブで返そうという気迫を伝えさせる。

 だが、林が藤本の視界内に入った時、表情が一瞬だけ崩れた。そしてまたロブを上げる。今度は小笠原のほうに同じようなスマッシュ。返そうとして打ちやすい位置に移動するとまたしてもドライブからロブにショットを変えたような打ち方で返された。


(プレッシャーかけてる?)


 心当たりはなくもない。序盤、五点を取るまでに何度もドライブで攻めていた。後ろにいた自分が今度は前にいることでドライブに強いという印象を深めているのだろうか。

 二度目の藤本へのシャトルは、ドライブで打たれた。左側を抜けていこうとする軌道は通常のプレイヤーならばバックハンド。

 しかし、林は左利きだった。

 伸ばしたラケットは完全なフォアハンドでシャトルを迎え撃つ。大振りはいらず、ラケットを前に押し出すだけ。勢いがついていたシャトルは速度が増幅されてコートに突き刺さった。

 一瞬にしてセカンドサーブ。予想以上のショットに林は思わずガッツポーズをしていた。


「よっしゃ」

「ナイスショット!」


 後ろから聞こえる声に反応して、林は手を上げた。そのまま叩かれる右手から熱さが広がっていく。会心のショットは林の中で一つの思いを生み出した。


(もっと打ちたい。もっと!)


 小笠原のショートサーブに対して橋本は、顔を向けている方向と逆にヘアピンを打った。けして上手いとは言えないが、一瞬だけでも十分なフェイントとなる。

 顔につられて逆方向に移動していた体を、小笠原は強引に戻す。床に着きそうなシャトルを強引に掬い上げた。


「思い切り打て! 林!」


 シャトルの落下点に入って構える林。そこに、今までかけられたことがない声が聞こえ、林は次のショットを決める。


「うらぁ!」


 思い切り叫んでのスマッシュ。気持ちを込めて叩き込んだシャトルに藤本は何故か一瞬だけ動きを止めてラケットワークが遅れた。取ったものの、威力に押されてチャンス球になった。


「もらった!」


 飛び上がった橋本がそのまま綺麗にスマッシュを決める。結局は一点もやらずにサービスオーバーとなっていた。


(なんだろ。いろいろ考える割には凄く打ちやすいぞ?)


 シャトルが戻ってきて、林はサービスラインぎりぎりに立つ。ネットを挟んだ向こうでは藤本のポーカーフェイス。でも林にも奥にある焦りが伝わってくるような気がしていた。


(味方の俺でも良く分からないんだから、お前等はもっとそうだよな)


 敵を騙すにはまず味方から。

 確かに橋本の言うとおりで、更に林には打ちやすく相手には打ちづらい展開になっている。

 今、ゲームを支配しているのは間違いなく橋本だった。三人が一人に振り回されている。


「一本!」


 だからこそ、迷わずにロングサーブを打つ。前傾姿勢になっていた藤本は跳ねるように後ろへ下がり、ラケットを振りぬいた。スマッシュが林へと向かっていく。


「はっ!」


 より前でシャトルをドライブで打ち返す。

 試合はまだ始まったばかり。油断できない気配はあるも、林は自分が変わっていくのを感じていた。


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