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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
116/365

第116話

「ポイント。フォーティーンイレブン(14対11)」


 刈田の手にシャトルが収まる。十四点目までは自分を鼓舞するように咆哮していた刈田も、十五点目を取りに行く時には集中したのか、無言で構えている。発散していた闘志を体の中に溜め込み、爆発力に変える準備に杉田には見えていた。


「ストップ!」


 逆に杉田は今までで一番高らかに声を上げ、刈田を迎え撃つ。

 杉田にも分かったのだろう。ここで点を取られれば無論負けだが、ここを抑えることができれば自分に逆転の目が十分出てくることを。全力を持って点を取りに来る刈田をかわしてサーブ権を奪い取れば、精神的に優位に立てる。スポーツはどれも精神状態が動きに反映されるものだ。バドミントンもそれは変わらない。

 刈田の全力を迎え撃つ。

 この試合を決める一ポイント。


「一本!」

「ストップ!」


 翠山中、浅葉中共にギャラリーが声を張り上げる。二人の背中を押すように、力を与えるように。言霊に導かれるように、刈田は力強いロングサーブを打ち上げた。アウトになるからならいか絶妙な軌道を落ちていくシャトルを、杉田は気にすることなくスマッシュを打ち込んでいた。大事な一点をサーブアウトなどで逃すわけがない。


(仮にそうでも、面白くないだろ!)


 ストレートスマッシュに反応した刈田は瞬時にサイドに滑りこんでクロスにドライブを放つ。軌道を読んでいた杉田だったが、シャトルはネットにぶつかって威力をそがれる。ふわりと浮かび上がったシャトルはすぐに下へと落ちようとする。


「なろ!」


 体の勢いを強引に殺して前に飛ぶ。ラケットを伸ばしてシャトルに触れる瞬間、刈田が前に飛び出してくるのが見えた。第一ゲームでも感じたもの。タイミングに不足はない。


(ここで、浮かせる!)


 ぎりぎりまで刈田をひきつけて、シャトルを上向きにプッシュする。ちょうど、右肩の上をすり抜けていくように打てれば、ラケットを掲げて前に出てくる刈田には取ることが出来ないはずだ。


(いっけ!)


 ラケット面にシャトルが触れた瞬間、右足を前に踏み出してラケットを突き出す。ガットに弾かれる音を微かに羽根に乗せて、シャトルは杉田の思い描いた軌道に乗る。

 だが、次の瞬間、杉田の目にはその軌道が途切れているのを感じ取った。


(まずい!?)


 杉田が踏みとどまって後ろに飛んだのと、刈田が体を倒してシャトルを捕まえたのは同時。放たれたシャトルはドライブの軌道で杉田のコート左奥目指して突き進む。

 だが下がっていたおかげか、十分バックハンドで届く距離に到達し、そのままドロップで仕掛ける。


(あっぶね!)


 ドロップを刈田はロブで上げて、コート中央に腰を落とした。杉田もシャトル下に入って打つコースを探す。

 しかし、コート中央に立つ刈田を前にすると隙が見えなかった。


(今は、我慢だろ!)


 ハイクリアで体勢を崩そうとひとまず刈田のバックハンド側へとシャトルを飛ばす。刈田は完全に背中を向けるとバックハンドで杉田に負けないほどのクリアを飛ばす。とても真似できない芸当は筋力の違いか。


(マジ化け物だなあいつ。腕の力だけで飛ばしてやがる)


 コート奥にきたバックハンド側のシャトルを背中を向けてバックハンドで打つ。それは高校や大学で実力があるプレイヤーはよくやっていることらしい、と練習中に杉田も試したことがあった。しかし慣れないフォームは全くシャトルを飛ばさず、当てることすら難しかった。結局、武のように体を仰け反らせて打つようにしていたのだが、刈田のそれは十分な飛距離を保っている。


(あんな化け物に勝つ小島は、もっと化け物だな)


 対抗してハイクリアを飛ばし、体勢を整える時間を取る杉田。だが、ハイクリアで飛ばされたシャトルはすぐさま刈田に捉えられる。空気が破裂するような音を引き連れて突き進むシャトルを杉田はバックハンドで完璧に捕らえる。

 それでも、押し負けそうになり前へと落としていた。刈田はそこからヘアピンをクロスに打ち、杉田もそれに喰らいつく。互いに床に付きそうなシャトルを拾い上げ、またロブで高く舞う。

 終盤に来て最も二人の神経が研ぎ澄まされる。一点が明暗を分けるという状況になり、杉田は刈田のスマッシュがどれだけ速くとも追いつけるようになった。余計なことを考えず、ただシャトルだけに集中するからこそ速さが苦にならず、追いつける。刈田も一発で決めようとせず、最後にシャトルが相手側に落ちていれば良いと思うからこそ、一発一発丁寧にシャトルを放っていた。

 だが左右に打ち分けられるシャトルの速度は徐々に速くなっていく。その度についていく杉田にも限界が見え始めた。シャトルにタッチするのが遅れ、ネット前に落とそうとするにも浮かびかける。刈田が前に踏み込んでプッシュするのも時間の問題だった。


(なら、その前に勝負を、つける!)


 そう決めた瞬間に、勝敗の決する時が訪れた。今までヘアピンを打ち続けてきた杉田が、一瞬だけ手首を返してロブへと変更させる。それは高くはあったが飛距離が足りない。それでも前に飛び出していた刈田には十分。


「うおお!」


 自らの体重を全力で支え、飛びのく刈田。体勢は不十分なものの、シャトル下に回りこみ、打ち込もうとラケットを構える。それも杉田の計算のうちだった。


(あいつのスマッシュをここでカウンターすれば!)


 それは分の悪い賭けに違いなかった。体勢が崩れていようと、刈田のスマッシュは腕の力だけで十分な物になる。返せない確率のほうが高い。

 だからこそ、それは杉田の最大のチャンスになる。今の状態でスマッシュを打ち返されたなら刈田とて取れはしないだろう。


「こい!」


 スマッシュ勝負にこさせようとあえて挑発。その声を打つ瞬間の刈田はどう受け取ったのか。


「うぉおおらぁ!」


 刈田の腕が振り切られるのと、声が響くのは同時。

 シャトルは、杉田の真正面に飛んできていた。ドロップに逃げられることがなかったのは杉田の待っていた展開だったが、誤算が一つあった。


(とらえ、きれない!?)


 真正面にシャトルが来る可能性を、完全に失念していた。それが今まで左右に打ち分けてきた刈田の思惑だと気づくのと同時に、反射的に右手を上げる。ラケット面にぶつかったシャトルは完全な死に球となってネット前に上がった。

 そこに飛び込む刈田。


「らぁ!」

「このやろぉ!」


 どこに打つか完全なヤマを張って、右側に移動しながらラケットを振る杉田だったが、真逆にシャトルが叩き込まれる。

 コートとシャトルコックがぶつかり合う破裂音が耳に届き、動きを止める。ラケットを下ろしてからしばらく――時間にすればほんの数秒だが――杉田は音を全て失った。まるでシャトルの音に鼓膜を破られたかのように。


「ポイント。フィフティーンイレブン(15対11)。マッチウォンバイ、刈田」

(聞きたくない声は、聞こえるんだな)


 一度天井を仰いでから、杉田は前に歩き出す。握手する時は刈田の目を真正面から見ようと決めていた。勝とうが負けようが、試合の雰囲気のみではなく、相手を見定めようと。


(勝てなかったな)


 ネット前に近づく足が重い。勝てなかったという事実が一歩床を踏むごとに体に圧し掛かる。それでも杉田は遂に顔を下げることはなく、ネット前に立つ。


「ありがとうございました」


 刈田を見上げ、自分を見てくる目をしっかりと見返して杉田は右手を差し出した。刈田もまた、杉田をしっかりと見つめながら手を握る。互いの手に伝わる感触は、試合を終えたばかりの熱さが宿っている。それぞれ異なる思いを込めて打ち合った手が重なり合い、互いの体へと流れていく。


「強かったぜ、お前」

「……ありがとう」


 先に手を放したのは刈田。次の試合に向けて自分の居場所へと戻っていく。その背中を見送っているうちに、杉田に手渡されるのは自分の試合のスコアと使いきったシャトル。


「お願いします」


 杉田には見覚えがなかったが、おそらくは違う中学の一年だろう。杉田へとスコアを渡すとそのまま別方向に歩いていった。先に道が続く者。既に終わり、後は自分の中学の選手を応援するだけの者。

 杉田は今、どちらでもない境界線上に立っている。


「なんか、実感ないな」

「そりゃ、ここがゴールじゃないからじゃないか?」


 声に振り返ると、吉田が立っていた。これから敗者審判に向かう杉田のために邪魔になるラケットバッグなどを取りにきたのだろう。余韻に浸ろうとする杉田を促すように、杉田から離れてバッグを取りにいった。


(さっさと試合を進めろってか)


 それでも特に腹は立たない。試合スケジュールの進行を一人の回想で止めるわけには行かなかった。心に残るわずかな痛みを引きずりながら足を踏み出す。そこにまたかかる吉田の声。


「杉田。三位決定戦頑張れよ」

「……あ」


 踏み出した足が止まる。杉田の声の調子に気づいたのか、吉田もまた動きを止めて杉田の背中を見る。そのまま呟いた。


「お前、もしかして三位まで全道いけるの」

「……忘れてた」


 笑いが込みあがるのが止まらない。杉田は半笑いを浮かべながら、審判員席へと向かっていった。まだ終わりじゃないという気持ちが、心から重荷を取り去っていく。


(なんぼ負け癖ついてるんだよ)


 今まで、負ければもう終わりだった。三位決定戦というものが存在しているとは頭で分かっていたが、実際に自分が体験することになるとは思ってもみなかった。


(まだ、道は繋がっている)


 小島と石田。負けたほうと試合をする。そこで勝てば、杉田はこれまで武達が経験してきた世界へと踏み込むことになる。それは気分を高揚させるには十分すぎるものだ。


「しゃ。さっさと審判なんて終わらせるぜ!」


 まだ途切れていない道を歩くために、杉田は前に足を踏み出した。



 ◇ ◆ ◇



「後は俺達と」

「橋本と林ってことか」


 吉田の言葉に続けて武は呟く。残る浅葉中の男子は四人。ダブルスはシングルスに遅れてベスト8まで進んでいる。武達も勝利したがもう一組、橋本と林組が残っている。


『試合のコールをします。男子ダブルス、浅葉中・橋本君林君。翠山中・藤本君小笠原君。第四コートにお入りください』


 今まで杉田が試合をしていたコートに呼ばれていた。つまり、敗者審判として杉田を試合を仕切ることになる。


「これであいつらが勝ったら、俺達とだな」

「俺らもこれから試合だろ。それに勝ってからだ」


 思考を先走らせる武に釘を刺す吉田。その直後、アナウンスが入り別のコートでの試合を告げられる。


「応援できないのは残念だが、次会うときは準決勝だと俺も信じてるさ」


 吉田の呟きを聞いて武も「同じく」と顔をほころばせた。一度振り向いて橋本達を見ると、二人とも自分達のほうを見返している。特に橋本は右拳を突き上げて武に向けていた。

 武も応えるように拳を向けた。互いの勝利を応援する証。


(絶対、準決勝、試合しような)


 一つ一つ区切るように思い、前を向く。それぞれの戦場に向けて、吉田と武は進む。

 体も心も臨戦態勢が整った。あとは試合に臨むだけ。最初から最後まで全力で。


(安西と岩代以外に負ける気は無い。いや、今回は必ず勝つ。もうあの時の俺じゃない。取りこぼしは、しない)


 自分の思考に過去が重なる。こうして力強く思えるのは実力がついたからだろうか。


(やっぱり、舞い上がってるのかもしれない)


 吉田に気づかれぬように息を数度吸い、吐きながら武は歩いていった。

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