表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
110/365

第110話

『夏休み・吉田と武の場合』



「集ったか」


 庄司の声が教室に浸透する。彼が見える位置にいるのは武と吉田、そして早坂の三人。時刻は午前十一時。部活が始まるのは午後一時からにも関わらず三人だけが早めに集められていた。


「集りましたけど、先生、何の話です?」


 早く理由を聞きたくて仕方がないと武は庄司に促す。そこで吉田と早坂が同時に「いいから落ち着け」と諭された。


「すまんな。腹も減ってるだろう。昼食は車出してやるから」

(いや、そこに急いでるってわけでも)


 武は心の中で呟く。ここで口に出せばまた吉田達が介入し、話の腰を折ることになりかねない。一度したことは二度は出来ない。

 話を聞く体勢が整ったことを庄司も感じたのか、口を開いた。


「実は、来年の三月に新しい大会が作られることになった」

「新しい、大会?」


 早坂の口調は冷静だったが、かすかににじみ出る好奇心が見えたのか庄司も少し微笑む。


「ああ。全国中学生バドミントン大会。別に今まで中体連やジュニア大会もあったわけだが。今回の大会は一つ面白いことがある」


 庄司は一度言葉を区切った。武はすでに話の先が気になってしまい、今か今かと待っている。ふと視線を移すと、早坂も既に好奇心は隠していない。ただ、吉田だけはいつもと変わらない。


(そうか。あいつ、自分の父さんから何か聞いてるのかも)


 バドミントン理事の息子だけに、何か伝え聞いているのかもしれない。あまりに情報漏えいは職権乱用だが、吉田は今までも違反にならない程度には父親からの情報を使ってきた。公開してもいい情報と駄目な情報を分けているのだろう。

 そんなことを武が考えているうちに、庄司は話を再開した。


「今回の大会はチーム戦だ。それぞれの都道府県の代表のな」

「代表……ということは」


 庄司の言葉尻から早坂は気づいたのか、驚きに目を開く。


「そう。各地区の中学から選抜メンバーを選んで、チーム戦になる。言ってみればオールスターだな」

「と、いうことは……小島や安西達と一緒のチームになれるってことですか?」


 武も概要を知って胸が踊るのを抑え切れなかった。今まで試合をしてきた別の中学の強いプレイヤーと今度はチームメイトとして一緒に戦う。あまりに漫画的で、そして熱い展開だった。


「そういうことだな。メンバーの選出は学年別大会の後に四校合同で行う。先にお前等に伝えたのは実績からメンバーに内定しているだろうと考えていることが一つ」

「もう一つは心構えってことですか?」


 庄司の言葉の切れ目に吉田が口を挟む。一つ頷き、庄司は続ける。


「今まで三月は特に何もなかったからな。学年別大会が終われば後は下地を作る段階になる。だが、今年からは学期末の大イベントが入る。必然的に意識も変えていかなければいけない」


 庄司はそこから詳しい内容を語った。

 団体は男女混合。男子シングルス一つ。女子シングルス一つ。男女ダブルス一組。そしてミックスダブルス一つの五組で、先に三勝したほうが勝ち。

 道内の予選では南北海道六地区全て二チームずつ結成し、開催地枠で三チーム目が出る。


「で、今年は函館が開催地に決まった。大会の間は軽く旅行になるな」

「おぉ」


 武は旅行という響きに心が沸き立つ。全地区大会では電車で少し長い時間かかるとはいえ、日帰りだった。だが今回は三時間以上かかる。完全に泊まり旅行。小学生時代に体験した宿泊研修以来だった。


「相沢。嬉しいのは分かるが、学校行事で先に修学旅行をするからな。それと同じ感じだ」

「あ、そうか……」


 苦笑しつつ、庄司は説明事項を伝え終えると最後に気を引き締めるように言う。


「お前等はまだ若いから、沢山の経験をして欲しい。そして経験を積むには、力が必要だ。吉田、その力とはなんだと思う?」


 話を振られて吉田は少し考え込む。腕を組んで俯き加減に視線を庄司から外していたが、やがて顔を上げた。


「考える力、ですか? 試合で相手に勝つために」

「早坂は?」

「メンタルを鍛える、とか」


 二人の回答に頷きながら、最後に武に問いかける庄司。


「相沢は?」


 先にでた回答と別のことを言おうと武は考え、一つ見つけた。


「健康第一ってことかなと思います」

「そうだな」


 初めて、庄司が肯定する。回答を出した武自体が呆気に取られるが他の二人は納得したようだった。武自信も曖昧ながらもその意味に気づく。


「いくら技術があっても、体力がなければ試合も勝てんし、何より怪我をすれば発揮する機会もない。今回の団体戦も一度しか試合に出られないからな。高校生なら体力の充実を考えてダブルスとシングルスを兼任などしているが。それでも今まで以上に大変な試合になるだろう」


 庄司の言葉に偽りはない。いくら技術があっても怪我をしてしまえばそれまでだ。まだ体が出来上がっていない中学生に配慮して、団体戦も個人戦もどちらか一方にしか出られないのだから。


「話は以上だ。近くなれば俺から言うから、この話は今のところ秘密にしておいてくれ」

『はい』


 武達の返事を聞いて庄司は一度頷くと、その場から離れる。三人に食事のために車を回すと言って、集る時間を指定して出て行った。

 残された武達はすぐには動かない。武は心の奥底から熱い思いが込み上げてきて、少し冷却しなければいきなり部員達に言いそうだったからだが。他の二人も度合いは違えど今までの規模と違う大会に驚いているのかもしれない。


「相沢。熱いな」

「見て分かる?」

「分かるわよ。試合だと損するわよ」


 吉田と早坂に挟まれて武は身を竦める。試合中に気合を押し出すのはまだしも、動揺などネガティブな要素を相手に捉えられては付け入る隙を与えることになる。実際、武が負けた時は全て弱気から来るミスや連携の不備からだった。特にテンションで発揮できる実力の触れ幅が多い武には問題だろう。


「気をつける……うん。精神的にきつい時も吼えてれば問題はない!」

「それは悪くないが、辛い時に気合入れてるとより疲れるから注意な」


 吉田の言葉に武の頭に天啓が降りた。


「そうじゃん。ピンチにならなきゃいいんだ」


 その発言に武以外の二人が固まる。その反応が以外だったのか武は二人を見て首をかしげながら尋ねた。


「あれ? おかしかった?」

「そりゃ、な」

「ふふ……あはは。確かにそうかもね、ふふ……」


 早坂はツボに入ったのか笑いを堪えきれていない。腹を押さえながら俯き加減に武から離れていく。


「ほら、そろそろ、先生と合流しないと」


 そう言って早坂は廊下に出て行った。早足で玄関に向かったのだろう。上履きの音が小気味良く遠ざかっていく。


「なあ、俺、変なこと言ったか?」

「いや。言ってないよ。正論過ぎて笑えたんだろうさ」


 吉田は武の肩を軽く叩いて吉田も廊下へと歩き出す。武は後ろにつきながら次の言葉を待っていた。


「難しいけどな。でも、俺がチャンスを作ってやるよ」

「それを俺が決める、と」

「その通り」


 振り向いた吉田の顔には、満面の笑みが広がっていた。



 * * *



「そういえばそろそろ夏休みも終わりか」


 昼食後に通常の部活が開始されて、三時間。そろそろ終わりという段階になり、武達二年は壁際でストレッチで体を伸ばしている。コートでは一年同士がダブルスで勝敗を決すべく争っていた。竹内や田野が咆哮する。

 その様子を見ながら、武は呟いた。ちょうど傍にいた橋本の耳に入ったのか、呆れ顔で言う。


「何当たり前な。宿題やってないとか?」

「ん。先週やった」

「見せてください」

「自分でやらんと」


 即座に下手に出た橋本を適当にあしらいながら武は、今までのことを考える。夏休みに入り、バドミントンにあけくれていた。帰ってから宿題を手早く終えて、体を休める。それ以外で過ごした記憶がない。数日だけ由奈達と遊んだが、結局はバドミントンに帰っていく。


(夏休みの間に強くなったのかな)


 暑い中、素振りやフットワークなどの基礎練習。ショットの精度を高めるためのノック。判断力を鍛えるための試合形式練習。待ち時間のうちに壁打ちや基礎打ちの間も、どうすれば相手の体勢を崩せるかと考えながら打っていた。それが血肉となっているかと言われると武は自信がない。


(皆も似たように強くなってるんだし。どうやったら実力ついたって思えるのかね)


 部活の中だけでは限界がある。特に、武自身が部のトップに近いだけに、自分の実力を測る相手は吉田しかいない。しかし、吉田もまた武と同程度、あるいはそれ以上に実力を伸ばしている。

 人を物差しにしても分からないならば、他のものを基準にする必要がある。


(ショットの正確さとか、鋭さとか、かな)


 考えてみて、武はやはり首をかしげる。スマッシュの速さなどは変わったように思えない。筋力トレーニングもしているだけに、速くなっているはず。でも急激にではなく徐々にだろう。そうなると目や体が慣れてしまって結局変わらない。

 ただ、狙ったところに打ち込めるようになった点は理解できた。


(技術が上がったってところか。あとそれを持続できる体力)


 改めて周りを見ると、夏休み初期に比べて体力がなくなってへばっている人数は減っていた。皆無と言ってもいいだろう。庄司や吉田などが考えた練習メニューについていった結果だ。


(みんな成長してる。俺も、吉田も、みんな)


 それでもこれからの大会で選別される。誰もがより高みへと昇れるわけでもなく、実力が上の者だけが向かう。ここにいるメンバーは仲間であり、ライバル。試合で当たったならば全力で戦わなければいけない。


(って、そんなことなんで考えてるんだろな)


 武の中にあるのは寂しさだった。一緒に頑張ってきた仲間でも、試合で勝って負けてと道が分かれる。それがスポーツというものだと思っても、練習した成果を誰もが発揮して、誰もが負けなければいいと矛盾した考えが生まれてしまう。

 別に誰かに勝とうとだけ思ってバドミントンをしているわけではなかった。その気持ちもあるが、それ以前に「バドミントンが好きだから」しているのだ。

 好きでやっていることだからこそ、等しく良い結果があればいいと思う。

 しかし、それも一時の気の迷い。

 楽しいからこそ、続けていく。続けるからこそ強くなる。負けても勝っても、その気持ちは変わらないはずだ。


(そう、なのかな)


 そこにきて武の脳裏に浮かんだのは全地区大会で出会った橘兄弟だった。団体戦で金田と笠井相手に十五対一で勝った男達。その後の個人戦では金田達にあわや敗北かというところまで追い詰められたが、勝利した男達。現時点では武達の地区の中では最も強いダブルス。

 初めに大差をつけて負けた時、金田達は何を思ったのか。バドミントンなどもうしたくないとまで思ったのだろうか。圧倒的な力の差を前に。


「それは、ないな」


 吉田が部活終了の号令をかけるのと同時に呟いて、武もコートを片付けるために歩き出す。

 勝ち負けは確かにある。でもバドミントンを好きな気持ちはやはり変わらない。辛くても、根本には楽しさを知っている自分がいるから。

 大地も、杉田も、橋本も、林も。

 吉田や自分も。

 男子だけではなく女子部員も、後輩も。

 あと一年と少し、共にバドミントンをしていく仲間達はきっと、バドミントンを好きでい続けるだろう。高校以降関わろうと、そうじゃなかろうと。

 今は、この仲間達とするバドミントンを楽しもう。


「あと、一年か」


 夏休みの終わり。そして、ジュニア予選の始まりはすぐ傍まで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ