表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
108/365

第108話

『夏休み・竹内、田野、川岸の場合』


「ポイント。フィフティーンセブン(15対7)。マッチウォンバイ、吉田・相沢」


 橋本がスコアボードを覗きながら最後のコールをした。武と吉田はすぐにネット前に近づくが、一方のペアはその場に座り込んで肩で息をしている。


「ほらほら。いくら練習最後だからってへばったままでいるな」

「は、い」


 答えながら立ち上がったのは竹内だった。一方、ペアを組んでいた田野は視線で答えるのが精一杯で、ふらつきながら立ち上がるとそのままネット前に歩き出す。止まってしまえば倒れてしまうかのように、田野はふらふらと体は揺らし続けた。その様子がさすがに危ないと思ったのか、武は握手をした後でネットをくぐり肩を貸していた。


「さすがに頑張りすぎたかな」

「まあ、これだけ暑いからな」


 吉田もオーバーワークを素直に認めた。最近は北海道でも夏はかなり暑くなってきている。三十度前半が数日というものが、ここ数年では当たり前になりつつある。空調をつけられない体育館は完全に蒸し風呂と化し、男子も女子も疲労の色が濃くなっていた。


「体力が低下している中で激しい運動は危険だな」


 武に寄りかかっている田野の傍に、スポーツドリンクのペットボトルを片手に庄司がやってきた。田野の手を自ら握ってボトルを持たせ、キャップを空ける。


「ゆっくり飲め。大分楽になるはずだ」


 頷きで答えて田野は壁側へと歩いていった。歩く体力は回復できたのか、武の支えを断って自分で向かう。


「よし、集合!」


 庄司が手を叩いて皆を集める。時刻は部活の終わりには少し早い。それでも庄司はミーティングの形に並ばせると部活の終了を宣言した。


「毎日頑張ってるが、今日は少しクールダウンするように」


 何人かはもう少しやりたいと呟いていたが、部活はそのまま終わる。モップをかける一年。二年もポールを片付けるなどしていつもよりも早い時間で後片付けが終了した。


「休むのも練習のうちだ。明日は夕方からだから各自休養を取るように。市民体育館で打つのもいいが、それで体調を崩したら本末転倒だからな。ほどほどに」


 誰に向けての発言かは、一部を除いて分からない。実際に、市民体育館で打っている吉田と数名以外には。

 解散後、部員達は思い思いに散っていく。一年もそれぞれ自分の時間に思いを馳せようとしてた、その時だった。


「なあ、ちょっとミーティングしね?」


 体育館を出たところで、前を歩く一年達に竹内は呼びかける。一斉に振り向かれたことで思わず一歩後ろに下がったが、気を取り直して更に続けた。


「ほら、俺達ってあんまり部活以外で話すことないじゃんよ。やっぱこう、結束と言うか」

「んー、別に今じゃなくてもいいような」

「今日はゆっくり休みたいんだよなぁ。最近練習の疲れ溜まってきて」


 そう返したのは小浜と小杉。二人とも名前が少し似ていて、更に体格も似通って小さいことからよく一緒に行動していた。二人は竹内の返事も待たずに足を前に進める。


「お――」

「ごめん。俺も今日これから約束があるんだ」


 そう言って背を向けたのは重光しげみつだった。いまだに竹内も挨拶以外交わしたことがない。他のメンバーと話していることも見かけていなかった。引き止める時間もなく、残るのはいつも一緒にいる三人だけだった。


「あーあ。いっちゃった」

「うちらって完全に三人足す二人足す一人だよな」


 川岸と田野。ライバルと思っている男とその友達。結局は慣れ親しんだ面子しか集らないことに、竹内は頭を抱えた。蹲りはしなかったが「うーうー」と唸ってあからさまに落ち込む。竹内を知らない者ならわざとらしさを感じただろうが、田野と川岸は竹内の苦悩が本当だと分かっていた。


「なーんでだろうな」

「そりゃ竹内に求心力がないから」

「普通に言われるとショックすぎるんだけど」


 田野の言葉に更に落ち込みを深くする竹内。その様子を見て笑いながら川岸が言った。


「とりあえず俺達だけでもミーティングしようよ」

「そうそう。出来るところからしよう」


 落ち込む竹内の背中を叩いてから自転車置き場まで歩く田野と川岸。徐々に開いていく距離を詰めるように、竹内の歩みは速くなった。

 一言「ありがとう」でも言うことが出来ればいいのだろうがと竹内は悩む。しかしそう言えば二人が笑うだろうことも分かる。結果として、二人の背中を叩き返して走りだす。


「市民体育館横の公園まで競争な!」

「何その典型的な!?」

「何の典型なの!?」


 竹内の行動に驚く田野と、田野の発言に驚く川岸。三人が連なって進んでいく様は、小さいながらも確かな結束の形になっていた。



 * * *



 三人がたどり着いた先には体育館があった。浅葉中の傍にある市民体育館ではなく、まず使う機会がないだろう離れた場所にある体育館。範囲としては清華中がある区域。時刻も部活が終わってから一時間以上経ち、徐々に夕暮れが辺りを染め始めている。

 入り口の前にいれば邪魔になるということで、少し横にずれた場所で三人は立つ。


「で、なんでこんな場所に」

「そりゃ秘密練習さ。近場だと誰かに見つかるだろ?」


 堂々と言う竹内に納得して「なるほど」と首を縦に振った二人だったが、先に踏みとどまったのは川岸だ。


「折角休めって言われたのに練習するの? しかも遠出だし」

「川岸は真面目すぎんだよ。それに、皆と似たような練習しててレベル差つけられるわけないじゃん」

「レベル差?」


 竹内の言葉の中、一箇所に田野が問いかける。そこに気づいたかと胸を張り、竹内は言葉を返した。


「俺はさ、やっぱり吉田さんと相沢さんに勝ちたいんだよ。でも今のまま練習してたらお互い同じくらい上手くなって差が縮まらないだろ? それが悔しくてさぁ。なら他の人以上に頑張るしかないだろ」

「正論といえば正論だけれど、竹内だって今日ふらふらだったじゃん」


 川岸が顔を不安げに歪めて尋ねる。部活が時間よりも早くに終わった理由。それは連日の練習と夏の暑さに部員達の体力が限界に近くなったからだった。体力がない時に無理をすると怪我をするからこそ休めと言われたのに、竹内は更に練習しようとする。その姿勢が川岸には練習熱心というよりも焦っているようにしか見えなかった。


「そりゃ、相沢さん達に勝ちたいって気持ちは分からなくもないけどさ、それで怪我したらどうするんだよ」

「そりゃ自己責任だろ? 大丈夫だって。そういうので怪我するのってちゃんと準備運動してないからだよ」


 そう言って竹内は屈伸を始めた。自分の体力は大丈夫だと川岸と田野に見せるために。

 しかし、七回膝を曲げた時点でふらついてしまった。


「ほら見ろ。無理しても仕方が無いって」

「いや、たまたまだって。たまたま」


 そう言って竹内は二人を置いて体育館の中に入っていった。慌てて後をお二人。だが、すぐ傍に受付があり、川岸は竹内は受付名簿に自分の名前を書き込もうとしているのを見た。ここまでくるとさすがに止められない、と観念して竹内へとゆっくりと近づいた。

 しかし竹内は名前を書き込むことはなく動きを止めている。不審に思い手を元を覗き込むと、そこには長い先客の名前の列。今から待てば一時間は過ぎるだろう。


「……中止だな」

「そうだね」

「やることなすこと駄目だな」


 落胆する竹内の背中に刺さる田野と川岸の言葉。一言一言紡がれるたびに体が震える。逃げるように中に入ろうとする竹内を田野と川岸が同時に止めた。


「おいおい」

「いや、ただ見るだけだから」


 田野に対してさほど落胆した様子を見せず、竹内は肩にかけられた手を外して中に入っていく。中はフロアと客席に分かれていてコートを使っている人達が荷物置き場にしていた。そこに部外者が入っていくことは必然的に警戒されることになる。


「なあ。俺ら泥棒扱いされないの?」

「十分あるんだけどな、その可能性」


 川岸と田野は心配になり、足が遅くなる。前を行く竹内は堂々とコートに視線を向かわせて客席を移動していく。曜日ごとに開放するスポーツを変えている体育館。今回はバドミントンと卓球が半分ずつ。遠くまで来るだけあり、事前に竹内は調べていた。

 歩いていた竹内の足が止まったところで、田野と川岸も早足で追いついた。


「あれ、小島さんじゃないか?」


 竹内は軽く顎を振ってあるコートを示す。そこでは男三人がコートを使っていた。片方に二人、もう片方に一人。

 ダブルスとシングルスで試合が行われていると気づき、三人は愕然とした。更に驚くべきは、シングルスのほうがダブルスを追い詰めている。スマッシュをコート奥に打ち込み、上がってきたシャトルを更に中央へと叩き込む。二人いても、シングルス――小島正志は余裕を持っているように三人には見えた。

 小島正志。南地区を飛び越えて全地区優勝。

 全道大会でもベスト8まで進んだと武達が噂しているのを一年生らは聞いていた。


「すっげぇなぁ」


 脱力したかのような竹内の声。考えられる範疇を超えるものを見せられると、人間とはこうなるものかと田野は隣で考える。そう考えている自分も、小島の強さを垣間見て体の力が抜けていた。


「うわー。凄いね。吉田さんや相沢さん達も出来るのかな」


 川岸は一人、小島の脅威を楽しんでいた。誰よりも弱いと自分を認識している川岸だからこそ目の前の光景が単純に凄いものだと受け止められるのだろう。


「俺、もう少し近くまで行って来るわ」


 川岸は二人に断りを入れて場を離れる。残された二人はしばし言葉がないまま小島のプレイを見ていた。

 目はシャトルを、小島のプレイを追っている。一瞬の停滞もなくシングルスコートを動き回り、打ち込まれるスマッシュやドロップを拾いあげる。逆に綺麗なヘアピンによって相手にシャトルを上げさせ、スマッシュをボディへと打ち込んだ。バックハンドで取られたが、ふわりと浮かび絶好のチャンス球となる。


「はっ!」


 鋭い呼気が竹内達にもかすかに聞こえた。同時にシャトルも床に着弾する。右手を上げて嬉しそうに笑う小島が見えて、竹内はため息をついた。


「どうした?」

「田野。なんであの人等は才能あるんだろ」


 目の前の手すりにもたれかかり、竹内は小島から視線を外した。真正面をぼんやりと見ている瞳には力がない。どうしようもない現実を目の当たりにして、諦めているかのように。


「同じ練習してるんだから差が詰まらないって言ったけど、違う。俺と吉田さん達の差は開いてる。あの人等は同じ練習してるのに俺よりも上手くなってるんだ」


 夏休みも二週間ほど過ぎた。バドミントンに集中できる環境が出来上がり、練習内容も休み前と比べて濃くなった。だからこそ見えてきたものがある。


「たった二週間なのに吉田さんや相沢さんは絶対前より強くなってる。俺達が今日取れた点数もすぐに試合を終わらせないようにあの二人が配球をテストして、結果的にミスったから取れただけだ。本気モードでやったら一点も取れないだろうさ」


 言葉を続けていくうちに背中が曲がり、完全に手すりに体重を乗せる。陰鬱な思考が体力を奪うのだろう。


「俺にも才能が欲しいわ」

「才能、なぁ」


 田野の煮え切らない言葉の響きに感じるものがあったのか、竹内の視線は田野の顔へと向いていた。田野は小島へと視線を向けている。話半分でしか聞く気がないと行動で示していた。


「別に才能はいいから、強くなりたいと俺は思うな」


 田野の言葉はあまりにもあっさりとしている。そのあっさり具合に竹内は聞き逃し、もう一度尋ねた。


「なんて言った?」

「だから、才能よりも実力が欲しいって言ったんだよ。いくら才能あっても練習しないと上手くなれないだろ?」


 竹内は、今の自分の目が点になっていると確信する。

 自分が何を欲しがっているのか。

 才能が欲しいのか、それとも実力が欲しいのか。それまで霧の中で見えなかった光が急に見えてくる。一瞬で吹き飛ばされた霧の先に見えたもの。

 欲しいものは決まっていた。


「俺は、強くなりたい」

「なら練習あるのみ、だろ?」


 田野の言葉はまるで刃のように竹内の心に突き刺さる。刺さったところからは血ではなく汚れた何かが出て行く。

 残った物は、綺麗にされた一つの事実。


「俺、気づいたんだけれどさ。先輩達ってよく話すよな。あんなふうに」


 田野の指先を追って小島を見ると、コートを挟んだ相手と何かを話している。竹内も思い出してみると、確かに数度打ち終わったら武と吉田は互いに話し合っていた。それまで続けていた打ち合いのことについて。


「庄司先生が『よく考えろ』って言うのはこういうことかもしれないなって、他の上手い人のプレイを見て思った。一つ一つのショットに意味があるのかもしれないな」

「……よし、田野」


 竹内は手すりから完全に体を離すと両拳を握って力を込める。


「俺らも良く考えよう! ほらCMでも言ってるし!」

「それって全然別の意味だと思うけど」


 田野は呆れつつも顔は笑い、竹内を見ている。竹内は一人テンションを上げながら小島のプレイを目を皿のようにして見始めた。その隣で田野は、誰にも届かないように呟いた。


「シリアスに考える竹内よりも単純なお前のほうがよっぽどいいよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ