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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
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第104話

 吉田の動きに周囲がどよめく。まるでシャトルが吉田の動きを追っていくかのように、彼が向かう場所へとシャトルは飛んでいった。放たれるスマッシュも金田からエースを取れるような速さではないが、バランスを崩すには良いショットとなる。


(まさかこれほどとはな)


 金田は前に落ちようとするシャトルをロブで返しつつ考える。試合の流れは亀の歩みのごとく遅かったが、互いに点を取ってサービスオーバーとなり、その後に点を取ってまたシャトルの持ち主が変わる。

 それを繰り返して六対六。当初の金田の考えでは、すでに試合は終わっているはずだった。自身の勝利によって。


(考えてるよりもずっと力量が上がっていたか……入部当初から違うとは思ったけれどな)


 スマッシュを打ち返され、追いかけながらも金田の思考は別のところにあった。目の前の吉田というプレイヤーが今ここにある理由。それはけして、当人の努力だけではないことを感じ取っている。


(でも、入部の時のままじゃ、ここまではならなかったろうな!)


 ヘアピンで前に落としたシャトルを吉田が拾い、上がり切る前に前につめて叩き落す。金田はラケットを掲げて咆哮した。下級生相手に余裕を見せることはしない。今、金田の目の前にいるのは彼の中学三年間を通してもまれに見る強敵だった。


(相沢。あいつの存在が、吉田をここまで育て上げたんだ)


 ロングサーブでシャトルを高く打ち出す。一瞬視界に入る武の顔は金田たちの試合を少しも見逃さないようにしている。


(あいつは気づいてないだろうな。吉田を成長させたのは自分だって)


 ドリブン気味のクリアがストレートに飛ぶ。位置が低いため、ジャンピングスマッシュが打てない。試合当初からそのように配球されていた。特にジャンピングスマッシュが吉田攻略に必要というわけではないが、テンションを上げるには強烈な効果がある。

 それも見越して、吉田は金田を飛ばさないのだろう。テンションが上がるに連れて動きやショットの威力が上がっていく金田を止めるために。


「はっ!」


 通常のスマッシュでも、並みの相手ならば取ることが出来ない。金田自身、バドミントンを始めた小学校一年の時から鍛え続けてきたスマッシュ。それを、吉田は完全に見極めてヘアピンを打ってくる。

 ネット上ぎりぎりの部分を通過してやってくるシャトルは金田をヘアピンかロブという二択に選択肢を固定する。それでもどの方向に打つかというフェイントを織り交ぜることは可能だが、吉田のカバーリング範囲に入ってしまうだろう。金田はロブを選択し、吉田のバックハンド側、左奥へとシャトルを逃した。


(こういう技術なら、あいつのほうがもう上だな)


 スマッシュを有効に扱えるよう、ヘアピンもまた鍛えてきた。効率的にロブを上げさせ、上がったシャトルを相手コートに叩き込む技術。武達の代ならば刈田が最も近いプレイスタイルだろう。金田にはそれらにプラスしてフットワークがあるが。

 しかし金田の目から見て、吉田の『落とす』技術は金田のそれを上回っていた。ヘアピンやドロップ。一つ一つの精度が高い。ぎりぎりのところに落とし、唐突にコースを変える。フットワーク技能が高い金田だからこそ、一度フェイントをかけられても強引に拾ってラリーが続いているが、一瞬でも気を抜けば落とされるだろう。


(相沢がスマッシュを決めやすいように動いた結果か)


 強力なスマッシャーを生かすためにコースを作る。相手を翻弄してゲームを作り上げ、パートナーが決めるお膳立てをする。金田に笠井がいるように、武には吉田がいた。

 そして吉田は笠井よりも、武を生かす技術に長けていた。


「はっ!」


 ドライブから前に飛び出し、後ろへのシャトルを誘ってから戻る。フットワークでもフェイントを織り交ぜることで吉田に自分が望むコースへとシャトルを飛ばさせる。フォアハンド側にロブを上げさせてから下に回りこみ、吉田の正面へ向けてスマッシュを打つ。吉田は咄嗟に体を横にずらしてラケットをサイドスローで振り切った。ドライブの軌道はしかし、金田のラケットで阻まれる。


「いけ!」


 インターセプトされたシャトルは勢いをなくして吉田のコートへと落ちていく。しかしシャトルが下につく直前に吉田が走りこみ、ラケットで掬い上げていた。

 ネットに阻まれて、金田のコートにいくことはなかったが。


(あそこに追いついてくるとはな)


 自分でも届かないだろうタイミングで放った一撃だった。しかし吉田はネットを越えないまでも当ててきた。この瞬間、悟る。


(スマッシュ以外、マジで追い抜かされそうだな。この試合中に)


 金田はそう予想し、それが現実になっていく様子を心の中で楽しみながら試合を続けていく。

 スマッシュをコート中央へと打って前に詰め、ネット前に飛んだシャトルをプッシュで押し込む。ほとんどネットから上がらないシャトルを踏み込みと同時に放ち、ラケットをネットに触れさせない金田の技量もさることながら、スマッシュからプッシュという流れでも正確に返す吉田の見極めも見事だった。

 最短距離で打ち込まれたシャトルを綺麗に金田の左サイドへと流す。コート中央で打ち込んだ状態で固まっていた金田には取るのが辛いコース。それでも、金田は硬直を強引に解いてラケットをシャトルへと近づける。


「うら!」


 ぎりぎり届いたラケットでロブを上げるも中途半端となり、吉田のスマッシュが空いている右サイドへと叩き込まれた。悔しさを内心で押し殺して金田はシャトルを回収に向かう。


(明らかなチャンスでも相手がいない場所に打つ。視界が広い証拠だ。それに、ラケットが届けばいくらでもチャンスを呼び込めるからな)


 通常、真正面にきたシャトルは取りにくいと言われる。他にも、試合を続けていくうちに打たれると取れないコースも出てくる。それでもラケットが届くならば何かしらの行動は出来るのだ。フレームに当たるだけでもネット前に落ちることはある。誤ってアウトになりそうなシャトルを打っても、相手が間違って打ってしまうこともあるかもしれない。可能性の問題になるが、けしてゼロではない。

 しかしラケットが届かなければ、可能性はゼロだ。

 風圧でシャトルを打ち返すような芸当が出来なければ。


「ストップ!」


 シャトルを返し、構えながら叫ぶ金田。吉田はショートサーブでサイドのシングルスラインを狙ってきた。下がろうとする吉田を視界に入れつつ、金田はロングで飛ばすと見せかけてクロスヘアピンを放つ。

 視線は完全に前。ラケットの振りだけでシャトルをコントロールし、吉田の右側へと飛ばす。金田の視線の向きから後ろと左前を意識していた吉田には、右前に横切っていくシャトルを追いかける術はなかった。


「うっしゃ!」


 惜しみなく叫ぶ金田。しかし、吉田はシャトルを返すと口元に左掌を持ってきて何かを呟いているようだった。


(どんどん来い……楽しい試合をしようぜ)


「一本!」と叫び、金田がロングサーブでシャトルを高々と上げた。独特の弾道で落ちてくるシャトルはタイミングが掴みづらい。しかし吉田はジャンプしてラケットを振りぬく。

 金田はスマッシュだと思い、その場で待ち受けたが中空をストレートで飛んでいく。勢いからしてアウトになるように金田には見えた。


(ドリブンクリアか? 失敗?)


 ロングサーブはある意味チャンス球。スマッシュやドロップなど落ちる弾道で相手の隙を作るのにちょうどいい。それをしなかったということはやはりタイミングが異なっていたのか。


(いや、この弾道は!?)


 しかし金田は吉田が打った軌道の意味に気づいた。即座にシャトルを追い、拾おうとする。

 シャトルは既に降下を始めていて、シングルスライン上に向かっていた。上からは叩けない。ならばと初めからシャトルの横に回りこみ、金田はドライブで叩き返してすぐ前に突進した。サイドスローの体勢を取った時点で吉田は前につめてシャトルを待ち構えていた。どうやってもロブを上げられないならば、ドライブかショートロブで前に落とすしかない。相手がそう読んでいることを分かっていても、金田に他の選択肢はなかった。ならば、前につめて吉田の次のショットを叩き返すしかない。


「うらぁ!」


 吉田がプッシュの体勢を取ってシャトルを打った瞬間、金田は勘に任せてラケットを振った。フォアハンド側に一度大きく振られたシャトルから甲高い音が鳴る。


(フレームに当たった!)


 シャトルは不規則な回転をしながら吉田のコートへと弾き返されていた。

 コートの左奥に放たれたシャトル。

 そこからストレートに返し、そのまま真っ直ぐ前に出る。

 必然的に金田の右側はがら空きになっていた。今まで金田のいない場所を狙い続けてきた吉田ならば必ず右サイドに打ってくると読み、前に出ることでコースを狭めた。

 その結果、博打に成功したのだ。


「しゃおら!」


 ラリーはまだ続いていても、金田は叫ばずにはいられなかった。吉田もシャトルに追いついてロブを上げて体勢を立て直す。


(あそこでミスったり強引に勝負しないで立て直すなんてな!)


 右サイドに飛んだシャトルを追いかけて、金田も真下に移動する。賞賛の意味も込めて、右手に力を込めながら飛び上がった。


「はぁっ!」


 今まで跳躍できなかったことを見ても、吉田がどれだけクリアやロブに気を使っていたか金田には理解できた。絶好のチャンス球を前に、金田は存分に宙に舞う。


「はあっ!」


 跳躍し、頂点に達したところでラケットがシャトルを捉える。通常よりも高い打点。中空での体重移動もスムーズに、最大威力を発揮できるよう動く。

 結果、吉田が追いつく前にシャトルは左サイドのシングルスラインへと落ちていた。


「しゃあ!」


 この瞬間、金田は閉じ込められていた何かが飛び出したような感覚を得ていた。これまでも数度、試合が進むたびに感じてきたもの。力がみなぎりパワーやスピードが上がっていった。その中でも、今回は格段に違う。

 今の試合中では最大の手ごたえを得た。


「吉田。まだだろ?」


 だからこそ、吉田に尋ねる。蓋が開く感覚を得ているのは自分だけではないと金田は思っていたから。


「はい」


 吉田はシャトルをラケットで拾い、ダイレクトで返す。受け取る中でも視線をずっと感じていた。動き全てを見極めようとするような視線。金田もその熱さに血液が沸騰するような気がしていた。


「しゃ! 一本!」


 更に力を込めて放ったサーブはコート奥のシングルスラインを割りそうなほど高く飛ぶ。しかし、まるで図ったかのように急降下してコート内に収まった。そこで吉田も飛び上がってスマッシュを放つ。角度、スピード共に申し分がない。それでも、金田には着弾点が見える。


「はっ!」


 力強く打ち返す。吉田は着地と同時にシャトルを追い、また飛び上がっていた。ジャンピングスマッシュは飛ぶことだけでも体力を使う。試合も中盤を越えて体力消費も徐々に激しくなってくる時だ。連続するリスクを払うには、金田は厚い壁となりえる。


(なんどでも来い! 打ち返して――)


 その瞬間、金田の体が止まっていた。

 まるで時が止まったかのごとく動かず、シャトルはゆっくりとネット前に落ちていく。


(し、まった)


 ジャンピングスマッシュと見せかけてのドロップ。より高い打点から落ちてくるドロップは、通常の軌道よりも早く床へとつく。

 完全にスマッシュにあわせて構えた体は、遂にシャトルの落下音を聞くまで動くことはなかった。


(やろう!)


 金田の視線の先には、不適に笑う吉田の姿があった。

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