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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
100/365

第100話

 逆サイドに放たれたシャトルを追いかけて、武は足を踏み込む。前に飛び込んでいたところから瞬時に追いかける武を見て、笠井の内心は焦りで満ちた。フェイントは反応しきれないことで完成する。しかし、武は笠井が完璧に決めたはずのクロスヘアピンに反応して見せた。後ろに下がって次の手を待ち構えようとした笠井は、唐突に前に落とされたシャトルに身体が硬直する。


(しまった!)


 フェイントを返されて、引っかかった。武ならばヘアピンよりもクリアを狙うだろうと思っていた笠井のミス。

 しかし、笠井の足は微かに反応して前に踏み出した。前に倒れこむようにラケットを伸ばし、跳ね上げる。ラケットにシャトルが当たった感触と共に床に激突して痛みが上半身を走ったが、すぐに起き上がってシャトルの行方を追っていた。


(って!)


 痛みへの怒りで強引に痛みをかき消す。コートの中央に戻って武の手を待とうとしたが、そこで緊張感が途切れていることに気づいた。

 何故かを考える前に、武の声が耳に届いていた。


「サービスオーバー。ラブスリー(0対3)


 武は言ってからシャトルをラケットで掬い上げて笠井へと返す。シャトルを受け取ったところで、笠井は初めて状況を把握できた。


(俺のヘアピン、入ってたんだな)


 苦し紛れに打ったヘアピンが武の左前に決まっていた。体勢が崩れて軌道もおかしくなっていたシャトルがぎりぎり入るとは武も思っていなかったのだろうと、結論づける。


「っし。一本」


 自身へと気合を入れる。左手で軽く頬を叩き、転んだ衝撃で拡散した集中力を取り戻すために。振り向いて武を見ると、その姿に押されたように笠井は感じた。プレッシャーさえも、武はいまや金田に勝るとも劣らない。


(でも、俺もナンバー2だからな。負けるわけにもいかないんだ!)


 ロングサーブを放つと、中央に陣取る。鋭くバックハンド側にきたスマッシュをヘアピンで前に落とすと、武はネット前に飛び込んでくる。しかし、勢いを完全に殺してクロスヘアピンを打っていた。今度は騙されずに追いつくが、シャトルはシングルスラインを超えて落ちる。


「ポイント。ワンスリー(1対3)」


 笠井はポイントをコールしてからシャトルを取る。武の顔が失敗への痛みに歪む顔を見て弱点を悟った。


(これが金田との差かな)


 笠井の中に生まれる、金田と武を隔てる確かな溝。反応速度もスマッシュの威力も負けてはいない。しかし、確かに違うもの。


(そいつを教えてから、俺は退場しようか!)


 笠井は武がレシーブ体勢を整えているのを見ると、今まで言っていた「一本」を外してただサーブを高く放った。それだけで崩れる武ではなかったが、スマッシュの威力が微かに弱まって笠井へと襲い来る。

 ほんのわずかな威力の違いでも、笠井には十分。バックハンドでカウンターをドライブ気味に武のバックハンド側へと放った。打った姿勢から立ち直り、同じくバックハンドで前にドロップのように落とす武。そこから笠井の打つコースを狭めるように前に飛び込む。

 笠井はそれに対抗するように、ヘアピンを打っていた。前に飛び込む武に差し出すようにショット。少しでも浮けばプッシュされてしまうだろうそのシャトルはしかし、武が触れることも出来ずにコートへ落ちていた。


「ポイント、ツースリー(2対3)」


 呆然とする武を意に介さず、笠井はネットの下からシャトルを引き寄せる。武が立ち直る時間を与えても良いが、まだ最後の試合が残っている。どちらが勝つにせよ早く終わらせて損はない。


(まあ、俺が負けるほうが最後は盛り上がるんだろうが)


 消化試合を吉田と金田が望むかと言えば否だろう。しかし、笠井もわざと負ける気はないし、武もわざと負けられて嬉しいはずがない。そもそも選択の余地はなく本気の本気。練習時に出せる全力で相手をする。

 狙うコースやヘアピンなどの細かい技術。武に足りないものはそれだ。

 大威力を持つスマッシュやその打つコースは確かにレベルが高い。しかし、ヘアピンやドロップなどの落下する場所を決めるのに細かい技術が要求されるショットに精度が足りない。特にドロップは、あくまでスマッシュの囮と考えているからか、十分落ち際を捉えてロブを上げられる場所に落ちていた。

 先ほどの笠井のクロスヘアピンやドロップショット。両方ともネットの傍に落ちたため、武がネットに触れるのを恐れてラケットを触れなかった。


(相沢。お前のスマッシュを生かすには小技だぜ!)


 ロングサーブで武の真上にシャトルを打ち上げる。ちょうどよい、スマッシュ位置。笠井なりの誘いだと気づいたかは分からないが、武は顔を険しくしてスマッシュ体勢を取った。

 スマッシュが放たれると確信して笠井は中央に腰を下ろして待ち構える。かかとをあげ、軽い爪先立ちで打たれた方向へとすぐさま移動できるように。

 それでも、腰は重かった。それだけ武のスマッシュを警戒していたという意味。

 だからこそ、そこからドロップを打たれたことで反応出来なかった。


(な、に?)


 完全に虚を突かれた形で、笠井はシャトルが落ちる様を何も出来ずに見送った。硬い音と、周囲からの感嘆のため息が聞こえたところでようやく身体の硬直も解ける。

 ほんの少しの間だったろう。それでも、笠井がシャトルを戻そうと向かう前に武が自分で取っていた。


「サービスオーバー。スリーツー(3対2)」


 武が控え目に呟く。それでも笠井には武の中にある自信が感じ取れた。完全に狙ったフェイント。それも、ドロップは反応できても簡単にロブを上げられないような、ネットに近い位置に落ちている。笠井が先ほど武の弱点だと思ったことをひっくり返された。


(まさか今までのことが油断させるための罠……ってわけじゃないか)


 笠井は一度考えを捨てる。次に思い至ったのは、自分のプレイを吸収したということ。笠井のドロップやヘアピンの打ちづらさを見て、自分もやってみようと意識し、更にスマッシュのフェイントと織り交ぜた。

 二つの利点を交差させ、上々の結果を生み出したのだ。


(それならそれで、構わない)


 笠井はサーブに備えながら弱気な考えを捨てる。武がどう進化しようと、自分は自分のことをやるだけだと。ヘアピンにドロップ。正確に四隅に落としながら隙を作り出して最後に決める。フィニッシュを金田に任せてきたが、笠井の決定力がないわけではない。そもそも、隙を作り出してしまえば威力は関係なく落とせるのだから。


「ストップ」

「一本!」


 武の声にかき消される笠井の声。象徴するかのように、弧を描いて飛んだシャトルをドロップで前に落とそうとして、ネットに引っかかって落ちていた。


「ポイント。フォーツー(4対2)」

(いつも通り打ったはずなんだけどな)


 気迫で押されたと結論付け、笠井は自分の頬を軽く張る。自分も内なる闘志は負けていないと言い聞かせながら。


「一本!」


 ロングサーブに合わせて、笠井はハイクリアを飛ばした。狙うのは武の左サイド。予想通りバックハンドでは打たず、身体を捻る。


(お前の武器はその柔軟性だけど、こっちが留守になる!)


 コートの奥から体を捻ってスマッシュを打つと、着地から前に踏み出す際に一瞬だけ隙が生じる。それは後ろへとジャンプしている状態になるため、前に重心を移動する時間が余分に増えるからだ。地区予選レベルならば気にならない差異だが、上に進めば進むほどその差を修正しなければいけなくなる。

 だからこそ上の実力者はバックハンドスマッシュやクリアを身につけていく。しかし武はバックハンドを苦手として自分の身体能力を磨く方向を選んだ。それ自体は悪ではないが、結果的に隙を生み出すことになる。


(狙うは、左前。一番遠い場所だ!)


 絶妙なヘアピンを打つために意識を集中する。スマッシュが放たれた瞬間には、その方向へと動いている。ストレートへと進むシャトル。左足で床を蹴り、追いついてリターンを決めようとラケットを振りきり――


「え?」


 シャトルはストレートに浮かんだ。ネット前にふらふらと上がったシャトルに武はダッシュで飛び込み、スマッシュを叩き込む。

 笠井の横を切り裂いて、シャトルはコートへと沈んだ。


「ポイント。ファイブツー(5対2)」


 武のコールを聞きながら、笠井は違和感に囚われていた。何かが違う。タイミングは合わせたつもりだった。武のスマッシュの速さもスイングスピードも、コースも今までの練習や試合で体が覚えている。


(ミスるとしても、あそこまでタイミングがずれるとは思えない……何か、されたのか?)


 何かをしたようには笠井には見えなかった。いつものようにバックハンド側のシャトルを強引に打ちに行く。確かに威力を保てるが、その威力が想定よりも大きかったのか。


(やばい気がしてきた、な。タネを見破らないと負けるかも)


 シャトルを返し、レシーブ姿勢をとる。スコアは5対2。早期に見極めるにはまだ間に合う。これ以上離される前に、トリックを見つけ出さなければ。


「一本!」


 武のロングサーブにあえてハイクリアで返す。コースは同じく武の左奥。だが、今度は移動速度が上回り、十分な時間を残してスマッシュ体勢に入った。


(クロスなら取れる!)


 距離が長いコースよりもストレートにヤマをはる。それは功を奏し、シャトルはラケットワークの範囲内に収まった。

 だが、結果は先ほどと同じ。シャトルはフレームに当たっていた。

 ラケットを振って、軌道が前の位置でのフレームショット。タイミングが明らかに速い。


(さっきのは……振るのが遅かった。今度は、速いだって? 意識しすぎたか?)


 一ポイント前の時、スマッシュをレシーブし損ねたのはタイミングが遅れたからだ。ならばと今回は少し速めに振った。

 それが今度は速すぎる。笠井は何かタイミングをずらされていること以上に武の罠にはまっているのかといぶかしむ。


(いや、もう一度様子を、見よう)


 焦っても仕方が無い。確かに点差は開いていくが、何も突破口がないわけではなかった。どのみち、武のスマッシュを取れなければ勝利は薄いのだ。


(もう一度打たれて取れないようなら、俺に意識できないフェイントをかけられてるってことだ。それなら、スマッシュを打たせないように配球するしかない)


 そう決めたのを読んだかのように、武はショートサーブを放っていた。笠井はロングサーブに向かっていた意識を戻して、慌ててロブを上げてしまう。


「しまっ――!?」


 失態に声を出してしまう。視界にはスマッシュの体勢を取った武。打たれるのならば仕方が無いと体勢を整えて次のスマッシュを待つ。振り切られる腕を凝視して、軌道を読む。中央にいた笠井の右側へとシャトルが突き進み、合わせてラケットを振り切る。

 結果、シャトルはまたふらふらとネット前に上がった。


(間違いない――!)


 絶好球を慌てず確実に沈める武。更に加点されたことで、笠井の予想は確信に変わった。自分のミスは思い込みではなく、武のフェイント。それも笠井が感知できないところで微妙にスマッシュのタイミングを変えている。


(おそらくは打つ位置か。でも打つタイミングが同じなのに違うようにできるのか? まあ、ちょっとの違いなんて分からないけど……)


 笠井の思惑はこれで決まる。

 武に出来るだけスマッシュを打たせないように配球していく。それが勝利への道。


「ストップ!」


 自分の気持ちを確認するように、気を吐く。武はショートサーブでまたロブを誘うが、笠井もヘアピンで武から離れるようにシャトルを打つ。


「はっ!」


 武が上げたロブを追って、打とうとコースを探した時、笠井はこの策の厳しさに改めて気づく。

 コート中央よりも少し前に寄って立つ武。生半可なドロップではプッシュを打たれる可能性は十分ある。


(それでも! いくしかない!)


 一瞬の迷いを断ち切って放たれたシャトルは、綺麗な軌道を描いてネット前に吸い込まれていった。

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