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シンデレラ・エクスプレスの君

作者: 沢木 翔

春は出会いと別れの季節。


少し前の新聞のコラムに、東京駅で4月から遠距離恋愛になってしまう恋人たちを大勢見かけたことが書いてあった。

その文章ではチューリップの「心の旅」や太田裕美の「木綿のハンカチーフ」にも触れられていて、コラムの筆者との年代の近さを実感した。



私自身は幸か不幸か、遠距離恋愛の経験は無い。

ただ、遠距離恋愛になりそうな当事者から話を聞かされたことはある。


私は一浪の後、東京の大学への進学が決まり、3月末のある日の朝10:30過ぎに名古屋駅で新幹線を待っていた。

その日は東京の新居となる阿佐ヶ谷の学生アパートへの引越し準備のための日帰り旅で、張り切って家を出た。


新幹線ホームで列車を待っていたら、予備校で隣の席にいた女の子に偶然出会った。

ただ、隣の席にいるのは隔月の模擬試験とその結果の通知のときだけで、普段は全く顔を合わさない。

だから、彼女とはほとんど話をしたこともなかった。

解答用紙の記入項目から、互いの名前と高校を知っている程度。


彼女は岐阜県立の進学校出身で、めでたく東大の文Ⅲに合格したとのこと。

少し早めだけど、その日から東大の女子寮に入って東京暮らしをスタートさせると言っていた。


ただ、その割には何となく彼女の様子が変であった。

本来なら、希望に胸膨らませてもっとウキウキしているはずだし、私が「すごいじゃないか。」と言っても、なにか浮かない様子。


彼女は30分前に発車した列車の指定席券を持っていたが、「乗り遅れた。」と言う。

私はもともと行き当たりばったりで、来た列車の自由席に乗るつもりだったのだが、彼女が「だったら、東京まで一緒に行きましょう。」と言い出した。

なんとなく「メンドクサそうだな」とは思ったが、Noという理由もないのでOKした。


自由席はガラガラで、3人掛けの席の真ん中を空けて座った。

名古屋を出ると途中の停車駅はなく、終点の東京まで2時間かかる。(当時は「のぞみ」の導入前。最も速い「ひかり」は新横浜には止まらず、新幹線の品川駅もまだ開業前だった。)


しばらくすると彼女が、「実は高校の同級生のカレシ(「ほぼ恋人」とのことだった)が見送りに来るはずだったけれど、最近大ゲンカをしたせいで時間になっても彼が姿を現さないの。予定の列車が発車してもしばらく待っていたけど、ついに来なかった。」と言い出した。


そのカレシはやはり一浪して、その春に地元の国立大学の医学部に合格したらしい。

もともと彼女も同じ大学を受験しようと思っていたのだが、勉強して学力がアップしたことと、東大で心理学を学びたいという気持ちが強くなったので、志望校を変更したとのこと。


それからどうも彼との間がぎくしゃくし始めてしまい、「名古屋と東京なんて2時間で行き来できるじゃない。」と彼女が言っても、「でも、毎週会える訳じゃないし、そのうち互いの心が離れてしまう。」と彼が言ってケンカになってしまったらしい。


「そのうえ、私の両親も女の子が東大出ても嫁のもらい手が無い。とずっと反対されていた。」と少し涙ぐんだ。


「これは辛いだろうなぁ」と同情したが、きっと彼女には辛さに打ち克つだけの芯の強さがあるのだろうとも思った。

それに私にはどうすることもできない。

ただ、それからの東京に着くまでの時間の長さには正直マイッタ。


やっと東京駅について、ホームに降りたら「ごめんね。イヤな話を聞かせて。」「でも、話して少し気が楽になった。ありがと。」「彼には、ちゃんと手紙を書くつもり。」と気丈さを取り戻していた。


乗り換えで私は中央線、彼女は地下鉄に向かった。

それが彼女の姿を見た最後だった。


しばらく後にJR東海の「シンデレラ・エクスプレス」のCM(名古屋駅が舞台)を見た時には、彼女もこうやって彼に会いに行ったのかなぁと想像した。

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