意味深長な夢
「幸一の連れ、コイツを頼む」
レオはスケルを結愛に任せて、俺の横に並んだ。
「この巨体を俺一人でどうにかすることはできない。幸一。お前と協力するしかない」
「分かった。一緒に戦おう」
巨人がこちらへのそのそと歩いてくる。
重みで床が抜けないか心配だが、今はそれを気にしている場合ではない。
俺が巨人の横から回り込もうとすると、レオも反対から回り込んだ。
巨人は俺のほうを向き、手で掴もうとしてきた。
それを避けるために俺は魔法を使い、巨人の胸を目がけて跳躍する。
しかし巨人は自分の胸をもう片方の手で守り、突き刺すことはできなかった。
仕方なく床に着地しレオと合流する。
「胸が弱点っぽいな」
「だけどどうしよう。手で覆われたら攻撃が通らないよ」
「良い考えがある」
レオの戦術を聞くと、俺はその通りに巨人の前へと向かった。
すると巨人は、予想通り俺を再び捕まえようとしてくる。
その隙にレオは巨人の背後へ回る。
よし、後は巨人のアキレス腱を断ち切れば……!
だが不意に予想外の方向から叫び声が響いた。
「動くんじゃない!!」
声がしたほうを向くと、そこにはスケルの人質にされた結愛の姿があった。
「結愛!!」
「ごめんなさい。いつの間にか拘束を抜けていて……」
「手首をロープで結ぶ時はもっと固く縛っておいたほうがいいぞ。俺みたいにな」
自分が拘束されていた時のことを思い出す。
こんなことならスケルの拘束を確認しておくべきだった。
「ボス。この女を人質にすれば、奴らも言うことを聞きます。つまりあの幸一って奴をボスに捧げることができるのです」
巨人がスケルのほうを見る。
「だから俺の命を捧げることだけは勘弁してもらえないでしょうか? お願いします」
俺を捧げる代わりに、自分の命の保障を交換条件として出したという訳か。
俺のことはいいとして、無関係な結愛を巻き込むことは許せない。
「すまない、幸一。俺が奴を拘束した。俺の失態だ……」
「今はそんなことはいい。それより結愛を助けないと」
結愛を助ける方法を創り出すために、頭をフル回転させる。
さっきレオが考えた戦術を応用して、結愛を助けつつ巨人を倒すチャンスへ繋げることはできないだろうか?
……そうか、こうすればいけるかもしれない。
俺は元の世界で興じてきたゲームの知識を活かして、あるアイデアを思いついた。
その内容をレオへ伝える。
「……なるほど。確かにそれだといけそうだが、少々危険だな。大丈夫なのか?」
「結愛を助けるためだ。構わない」
俺とレオはすぐさま戦術を実行した。
「スケル!!」
「何だ? 大人しく自らを捧げる気になったか?」
「その通りだ。だから終わったら、結愛のことは解放してくれ」
結愛が目を見開いて拒否を訴えかけてくる。
しかし俺はそれを無視して取引を進めた。
「……いいだろう」
「幸一さん!! そんな要求に応じないで下さい!! 私のことなんか助けないで下さい!!」
結愛、大丈夫だ。
俺を信じてくれ。
そう彼女に目配せをした。
そして俺は巨人の目前へと移動する。
「ボス。俺はどうすればいい?」
「そのままじっとしていなさい」
巨人は屈み、大きな手で俺を掴んだ。
するとそのまま自らの口のほうへ近づけていく。
「なあ。死ぬ前に一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「その体に埋まっているモンスター……いや、よく見ると人間もいるな。彼らもみんな喰ったのか?」
巨人は一瞬、動きを止めてから笑顔で答えた。
「そうさ。全部、喰った」
「どうしてそんなことをした?」
巨人は上を向き、悩むような素振りを見せた後に言った。
「理由なんてない」
「……は?」
俺は耳を疑った。
理由もなく今まで彼らのことを喰ってきたのか?
このボスとやらは、喰われてきた者の気持ちなんか考えたこともないんだろうな。
俺の中で怒りが煮えたぎっているのが分かった。
「私には夢がある。しかしそれは程遠いものだった。君を見つけるまではね」
巨人は俺を掴みながら立ち上がった。
「だから君を見つけるまでは、趣味を楽しんでいたんだ。そしてそれは芸術へと昇華していった」
自らの巨体を身振りで俺たちに見せつける。
こんなのは芸術じゃない。
罪の塊だ。
「それが今まさに完成しようとしている。分かるかい? この素晴らしさが」
「……分かる訳がない。お前に喰われた被害者たちも分からないだろうな。何でお前がそんなにも悪趣味なのか」
巨人は「庶民には理解できないだろうね」と言いながら、俺を顔の真正面へと持っていった。
広げた口へ俺を持つ手が近づいていく。
今にも喰われて巨体の一部と化してしまいそうな、その時だった。
「貴様、いつの間に!!」
大声を上げたのはスケルだった。
上手くいったか、レオ。
「警戒は怠らないほうがいい。呑気にキノコを探していた俺みたいになりたくなければな」
スケルはレオが元いた場所を見返す。
そこには形が崩れて、黒き砂塵を散らす人影があった。
「またあの魔法か!?」
レオがスケルから結愛を解放する。
これで唯一の心配事はなくなった。
俺はレオに気を取られている巨人の手の中から抜け出し、足元へと着地する。
その直後、レオが剣をこちらへ投げ渡してくれた。
俺はそれを受け取り、巨人の足の後ろへと回り込む。
そして渾身の力でアキレス腱を斬り裂くと、巨人は姿勢を崩したがもう片方の膝を立ててなんとかバランスをとった。
俺がすかさずもう一方のアキレス腱も分裂させると、巨人はなすすべなく仰向けに倒れる。
巨人が背中を床に付けると、俺はすぐさま巨人の肩へ向かい剣を突き刺す。
巨人はあまりの痛みに悶え苦しんだが、その隙に反対の肩へと移動し両腕の自由を奪った。
レオが思いつき、俺が応用した戦術通りに上手くいく。
これで急所を守ることはできないだろう。
俺は跳躍して巨人の胸の上へ着地した。
「……見事だね。流石は幸一だ。完敗だよ」
巨人は観念しているようだ。
しかし俺は奴を許す気はない。
「俺だけじゃない。みんなで協力したから勝てたんだ。芸術とやらを信じるお前には分からないか?」
「……私にも彼らが、素材が付いているよ」
そう言われたところで、喰われた被害者たちが頷くはずもない。
今後に犠牲者を出さないためにも、奴の息の根は止めなければならない。
だがその前に聞いておきたいことがある。
「お前、夢があると言っていたな? どんな夢だ?」
数秒のあいだ沈黙した後、巨人は口を開いた。
「この世界を破壊することさ」
「破壊だと……」
なぜそんな夢を持っているんだ?
そもそもこの世界のことを何も分かっていないのだから、理解できるはずもない。
「なぜ壊したいんだ?」
「差別をなくしたいからだ」
ますます意味が分からない。
本当のことを言っているのかも疑わしい。
だがそれが奴にとって重要であることは確かだ。
「君には分からないだろうね。理想を追い求める芸術家の考えることなど」
……いや、俺は何を考えているんだ。
奴は芸術と言って命を粗末に扱うモンスターじゃないか。
そんな屑の考えることなど理解しなくていい。
「もう一つ聞く。俺の姿を元に戻すにはどうすればいい?」
「私に大人しく喰われれば、元に戻れるかもしれないね」
そう巨人は気味悪く笑いながら言った。
死に際に敵へアドバイスを送る奴なんかいないか。
俺が考えていると結愛が呼んできた。
「幸一さん! わたし気づいたことがあります!」
「何に気づいたんだ?」
「スケルくんだと元に戻せないということは、魔法がもう使えないということではないでしょうか?」
確かに魔法がまだ使えるなら元に戻せるはずだ。
今まで気づかなかったな。
「つまりどういうことだ?」
「つまりスケルくんは魔法を覚えたのではなく、誰かから借りていただけなのではないでしょうか?」
なるほど、借りていただけか。
借りているとしたらこのボスからに違いない。
ボスは魔法を使ってこの巨人に乗り移っていたからな。
だがそう仮定しても、奴に元に戻すように頼んだところで了承するはずもない。
だとすると残る手段は一つしかない。
ボスを倒すことで、魔法の効力が消えて元に戻ることを期待するしかない。
「一か八かの賭けに出るしかないってことか……」
結愛の顔を見ると不安そうにしている。
もしかしたら失敗するかもしれない。
しかし、それでもやるしかない。
俺は剣を下向きに掲げた。
「じゃあな、巨人さんよ」
「……お前は私たちの夢を壊すことに、良心の呵責はないのか?」
最後の最後に嫌なことを言ってくる。
だが奴の言葉には耳を貸さない。
俺は巨人の胸の中心を目掛けて、剣を振り下ろした。