芸術家のボス
木々に囲まれた道を抜けて、赤土の広がる荒野に出た。
辺りには文字が刻まれた縦長の石が地面に刺さっている。
それは恐らく墓石だろう。
空は薄暗く、日が落ちかかっていることを示していた。
「あれが本拠地か」
レオの言う本拠地とは、先に見えるおどろおどろしい城のことだ。
俺たちは今そこへ向かっている。
「あそこにお前のボスがいるんだな」
「ああ……」
奴が言うにはあの城が彼らの本拠地で、その最上階にいるボスに命令されて、俺と自身の姿を入れ替えたらしい。
なぜボスが体を交換させたかったのか、意図は分からないと言っている。
関係はないが、奴の名前は結愛の命名でスケルくんとなった。
レオはあだ名が気に入らないのか、お前と呼んでいるが。
「お前が元に戻す方法を知らないのなら、そのボスから聞き出すしかないな」
後ろに縛ったスケルの両手首を、レオが掴み押し進める。
その姿を見ながら俺は、レオに伝えたかったことを言った。
「ごめんな、レオ。俺が勝手について行っただけなのに、こんなことに巻き込んでしまって」
俺は心底から申し訳ない気持ちで一杯だ。
しかしレオは、前を向きながらこう答えてくれた。
「謝る必要はない。俺がボスの所に行く理由は、強くなるためだ。巻き込まれた訳じゃない」
この言葉は優しさで言ってくれたのだろうか?
それとも本心を言ったのだろうか?
いずれにせよレオには感謝しかない。
いつかこの恩は返さないとな。
「結愛もごめん。守りたいと言いながら、俺は自分のことすら守れていない。合わせる顔がないよ」
俺が卑下すると、結愛は「そんなことないですよ」と言いたげな顔をした。
だが俺は、そんな表情を否定するように話を続ける。
「俺は自分のことを過信し過ぎていた。ドラゴンを倒した自分になら、何でもできると思っていた」
しかし現実は違う。
あれはまぐれのようなもので、俺の実力ではない。
そうだ、元の世界にいた頃のことを考えれば分かるじゃないか。
もともと俺には、人を守れる力もないし才能もない。
そんなこと、分かっていたじゃないか……。
「幸一さん」
気づけば結愛は真剣な目つきをしている。
そしていつになく真面目な様子で口を開いた。
「私はあなたについて来て分かったことがあります。それはあなたに勇気があることです」
ハッとしたように自分の目が見開くのが分かった。
この勇気という言葉は、剣をくれたお爺さんにも言われた言葉だ。
「ドラゴンに立ち向かうなんて私にはできません。そしてあなたは私たちに追い込まれる立場の時にも、逃げようとせずに握手を求めました」
そういえばそうだったな……。
どっちの時もどうにかしなければという思いだけで、恐怖はなかった。
結愛に言われてそれに初めて気がつく。
「それは幸一さんに勇気があったからできたんです。だから私は幸一さんのことを尊敬しています」
「……嬉しいけど、言い方が堅いなあ」
「はあ!? 私はただ自分が思ったことを……」
俺が茶化すと、結愛は珍しく怒った表情を見せた。
だから俺は焦って自分の気持ちを伝える。
「ありがとう。結愛のおかげで自信がついたよ。弱音を吐いていても仕方ない」
そう言うと、結愛は微笑んで嬉しそうにしてくれた。
「そうですよ。ただでさえ私が弱気なのに、幸一さんまでそれに釣られてどうするんですか?」
「いや、それ弱気な人の言い方じゃないだろ」
「何だお前ら。痴話喧嘩か?」
結愛が「茶化さないで下さい!」と言うと、レオが鼻で笑った。
場からしんみりとした雰囲気が消え、和やかな空気が流れる。
肩の力を抜きながら共に旅ができる俺たちは、もう仲間のようなものだった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
「思っていたよりでかいな……」
遠くに見えていた城に辿り着いた。
しかしその全貌はあまりにも大きく、最上階まで上ることをためらわせる。
漆黒の巨大な城、それはまさに魔王城と呼ぶに相応しいものだった。
「すっかり暗くなっちゃいましたね」
空は暗いが、暗紫色に輝いているようにも見える。
遠くからは雷鳴も響いていた。
ゲームで例えるならまさに終盤のラスボス手前だろう。
「ここの天辺にいるボスなら、幸一を元に戻す方法が分かるんだな?」
「保証はない。でも俺に命令したのはボスだ」
城の正面には大きな扉が立っている。
開こうとすると想像以上に重たかったから、みんなで力を合わせて扉を押した。
ギギギと重厚感のある音が鳴り響き扉が開く。
中に入ると意外にもモンスターはいなかった。
「本拠地なのにモンスターがいないな。どこかに隠れてるのか?」
レオが警戒しながら辺りを探索する。
しかし何かがいる気配はなかった。
「ボスは扱いが荒いからな。みんな逃げたのかもしれない」
「そんなに恐ろしい方なんですか……?」
結愛が不安そうにしながら聞く。
「まあ見てみれば分かるよ」
城内の真ん中には階段があった。
それを上ると、更に左右に階段が分かれている。
左右の階段は上ると廊下へ続き、その先は一周して互いの廊下同士で繋がっていた。
まさに映画の中で見たことのある城内の光景だ。
「ボスがいる最上階へ行こう」
階段を上ると、廊下の途中に扉が何枚か存在していた。
手前のものを開いてみるとただの小部屋だったから、先にある扉も次々に開いていく。
すると途中で奥に進める部屋を見つける。
進んでみると、そこには螺旋階段が高くそびえていた。
「これを上がれば最上階まで行けそうだな」
レオとスケルに続き階段を上がっていく。
螺旋階段はかなり高くまで続いているようだ。
こう何度も回っているとめまいがしそうだな。
「幸一さん大丈夫ですか? 足元がぐらついていますよ」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと目が回ってな」
めまいを治すために、一度あしを止める。
すると突然、真下から爆発音が響いた。
階段が振動で大きくぐらつく。
「何だ!?」
みんなその音に動揺しながらも、この螺旋階段が倒れかかっていることに気がつく。
「急げ!! 崩れる前に上りきるぞ!!」
俺たちは急いで階段を駆け上った。
結愛が爆発の衝撃で揺れる足場から、手すりを乗り越えて落ちそうになる。
俺は結愛の手をとっさに握って引き寄せると、再び駆け上った。
既に螺旋階段の下部が崩壊し始めている。
急がなければ命はないだろう。
みんなで一心に上り続ける。
そして螺旋階段が本格的に崩れる一歩手前に、俺たちは最上階へ辿り着くことができた。
階段は轟音を叫びながら、城の底へと落下していく。
「なんとか上りきったな」
「でも下りれなくなっちゃったね。もう後戻りはできないよ」
レオははなっから逃げるつもりはないと言いたげな顔をしながら先へ進んだ。
長い廊下だったが途中には何もなかった。
恐らくボスのいる部屋へ一本道なのだろう。
いよいよこの時が来たのだ。
進み続けた先には、一枚の扉があった。
「ここか」
レオが扉を開けようとするが、俺は「待って」と言いそれを止めた。
彼は不思議がる顔をしていたが、俺には策がある。
「俺は骸骨の姿だから、仲間だと勘違いするかもしれない。だから俺だけ先に入るよ」
「でももしバレたら……」
結愛が心配そうに言った。
「もしバレたらみんなも入ってきてくれ。試す価値はあるだろ?」
「……そうだな。もし身に危険を感じたら、すぐに呼んでくれ」
「分かった。行ってくるよ」
他の三人が物陰に隠れると、俺は扉を開いた。
中は大広間と呼べるくらいに広く、戦うには十分だ。
柱が何本か立っていて、天井からはシャンデリアが吊るされているが、光の輝きは弱まっている。
縦長の窓が並んでいて、そこから雷の光が差し込み、豪雨の雨粒がガラスを叩きつけていた。
部屋の中に入っても、やはりモンスターの気配は感じられない。
雷雨の音だけが鳴り続けている。
すると右側から、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
この鳴き声には聞き覚えがある。
鳩時計が時刻を知らせるものだ。
鳴き声の方向を向くと、時計から鳩が飛び出して鳴いている。
その後、不審なことに気づいた。
普通の鳩時計は鳴き終えると時計の中へ戻るのだが、この鳩は出っぱなしだ。
壊れているのだろうか?
しばらく見つめていると、予想外のことが起きた。
「おや、まだモンスターがいたのかい」
その鳩が話しかけてきたのだ。
よく見ると鳩は、身体中に傷を負っていた。
ただの置き物かと思っていたが、もしかするとモンスターなのか?
「ボスはどこにいる?」
俺の問いに、鳩は窓のほうを見つめながら答えた。
「ここには私しかいないよ」
「お前しかいない? どういうことだ?」
確かにここに来るまでにモンスターを見かけなかったから、嘘は言っていないのだろう。
だとしたら、まさかあの鳩がボスなのか?
「いや、むしろみんなここにいると言ったほうが正しいかな?」
「それはどういう意味だ?」
「みんな一緒になったんだ。離れ離れにならないようにね」
そう言うと、鳩は羽ばたいてシャンデリアの上へ乗っかった。
するとシャンデリアが鳩の重みで僅かに下がる。
その拍子に天井から巨大な何かが物凄い速度で落ちてきた。
それが床にぶつかり、凄まじい衝突音が轟く。
「何だ、これは……」
「どうした!? 今の音、何があった!?」
落下音を聞いて、レオたちが部屋の中へ入ってきた。
俺の身に危険が迫っていると判断したのだろう。
「あの鳩がシャンデリアに乗ったら、これが落ちてきたんだ」
「なんなんだこれは……。棺桶に見えるが」
目の前にそびえ立つ漆黒の箱は、確かに棺桶に見えた。
上部の端には鎖が結ばれていて、天井へ繋がっている。
もしあの鎖がなければ、この箱は倒れて俺は潰されていたかもしれない。
「鳩ってどこにいるんですか?」
「あのシャンデリアに乗っているんだ。あれがボスかもしれない」
「あの小さいのがか?」
二人はあの鳥がボスだということが信じられないようだった。
「スケルくん。あの鳩がボスなんですか?」
「……分からない」
「いや分からない訳ないだろ。自分のボスの顔を忘れたって言いたいのか?」
俺もレオと同じことを思ったが、ある可能性が頭を過った。
もしかしたらボスもスケルと同じ魔法を使えるのではないか?
それで毎回ちがう姿をしているから、ボスかどうか判断できないのではないか。
再び鳩のほうを見ると、なぜか驚いている様子だった。
まるで鳩が豆鉄砲を食ったようだ。
「君は……幸一か?」
不意に名前を呼ばれてドキッとする。
だがその呼びかけは、俺の姿をしたスケルへ向けられているようだ。
「ということは、あなたがボスですか!?」
今のやり取りで鳩をボスだと判断できたのだろうか?
「俺、やりました。この器を手に入れることができました。これでボスの夢が叶います!!」
「……遂にこの時がきたのか」
この状況が飲み込めない。
二人は何の話をしているのだろうか?
気になることはたくさんあるが、俺は一つの疑問を問いかけた。
「どうして手下に俺の体を奪わせたりしたんだ?」
俺が聞くと、ボスはこちらを少し見つめる。
そして上を向くとこう答えた。
「必要だからだ……私の夢に」
「夢?」
ボスは再び羽ばたき、棺桶らしき物の上へ乗った。
「しかしその夢に必要なものを私は見誤った。器じゃなかったんだ」
彼の話している内容が理解できない。
俺じゃないといけない理由はなんなんだ?
「必要なのは魂だ。幾多の器を手に入れていく内に気づいたよ」
「器を手に入れただと? お前もその器とやらを入れ替える魔法が使えるのか?」
ボスは羽を広げて見下すように答えた。
「私が扱うのはそんな劣等魔法ではない。全てを手に入れて、完璧な作品を創り上げる。それが私の持つ魔法だ」
ボスが言い終えると、棺桶の蓋が砂埃を撒き散らしながらこちらへ倒れてきた。
「まずい、避けろ!!」
俺たちは立ち位置から横へ飛び出し、何とか潰されずに済んだ。
しかし棺桶の中にいるそれを見て、俺たちは驚愕せずにはいられなかった。
「何だ、これは……」
「私の芸術だよ」
棺桶の中には見るもおぞましい巨人が収まっていた。
「この巨人、どこかで見覚えが……」
そうだ、この巨人の顔は確か森林で目を覚ました時に見たものと同じだ。
つまり俺は既にあの時ボスを見ていたんだ。
そしてこの巨人の体は、たくさんのモンスターによって形成されていた。
怪物や未確認動物、神話に出てくる生き物などの体が混ざり合っている。
所々から骨が飛び出していて、見ているだけで吐き気を催す。
これが芸術だと?
ふざけてやがる。
「君の器は僕の夢には必要ないんだけどね。この芸術を完成させるために捧げてくれないか?」
それを聞いてスケルは焦った様子で聞き返した。
「ちょっと待って下さいボス。それってつまり、俺にその巨人の一部になれということですか?」
ボスは無言でスケルの顔を見続けた。
このこととは関係なく、俺は自分の体や魂を奪われる訳にはいかない。
全力でスケルと自分を……いや、みんなを守らなければ。
ボスは飛び立ち巨人の胸元へと移動する。
そして羽を自らと巨人の胸の前へかざす。
そこから強烈な光が輝き、思わず俺たちは目を覆う。
眩しさが引き目を開けると、そこには棺桶から出てくる巨人の姿があった。
「やるしかないな」
俺は幸一の姿をしているスケルが身に付けている自分の剣を抜き取り構えた。