交差する光
「くっ、痛て……」
順調に戦えていると思っていたが、不意をつかれてしまった。
モンスターから受ける攻撃が、こんなにも強力であることを今更ながらに知る。
レオは今も崖の上で、一人で戦っているのだろう。
結愛も木の上で不安になっているかもしれない。
こんな所でうずくまらずに戻らなければ。
「うっ……」
立ち上がろうとするが、落ちた衝撃で体を痛めて思うように動けない。
自分からレオについて行ってこのザマか。
自らの弱さに悔しい気持ちが湧き上がる。
その後も何度か立ち上がろうとするが、体は言うことを聞かない。
そんな中、横にある木々の中に何者かの姿が見えた。
「どうやら成功したみたいだな」
そう言いながら現れたのは、一体のモンスターだった。
外見は骸骨そのもので、鉄の鎧を身にまとっている。
骸骨は歩いてこちらへ近づいてくた。
俺にトドメを刺す気か?
骸骨は俺の隣まで来ると、しゃがんで話した。
「お前も運が悪かったな。奴を頼りにしたばかりに」
骸骨は静かに胴体の鎧を脱いだ。
するとその胸には脈を打つ心臓があった。
「奴を仕留めるために利用させてもらう」
骸骨が自らの心臓に手をかざすと、その手から光線が放たれて光が心臓を包み込んだ。
そしてもう片方の手を俺の胸にかざすと、再び光線が射す。
胸の中が熱く感じ、自分の心臓が光で包まれているのが感覚で分かった。
「何をする気だ……」
「すぐに分かる。楽しみにしておけ」
骸骨が俺にかざした手を握ると、一気に意識が遠のく。
僅かに残る意識の中、目の前に不敵な笑みが見えた。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
道の真ん中で人間とモンスターは共に倒れていた。
そして目を覚ましたのは人間が先だ。
彼は意識を取り戻して立とうとすると、あることに気づいたようだ。
「この重量感……」
上体を起こし自身の体に視線を向けると、彼は企みが成功したことを確信した。
「魂を入れ替えられたようだな」
幸一と魂を交換した彼は、小さな笑みをこぼした。
それと同時に、幸一の体が負った怪我が痛みだし体を強ばらせる。
「くっ……。あれを使うか」
幸一の魂が宿った骸骨の元へ、体を引きずりながら移動する。
着くと鎧に忍ばせた石を取り出した。
彼がコイントスのように石を弾き飛ばすと、その石は空中で光を放つ。
彼の右腕を光の曲線が縛るように包んでいく。
包み終えると、光は消えて石は地面に落ちた。
そして彼は自身の手を、体の痛む部分へかざしていく。
するとかざした部分にある傷は、みるみる内に癒やされていった。
「これが回復の魔法か。奪った時に使わずとっておいて正解だったな」
彼は幸一の宿る骸骨を見て、思案した後に呟いた。
「コイツはどこかへ縛り付けておこう。何かに利用できるかもしれない」
彼は骸骨を抱えて、木々の中へと入っていった。
少し歩いてから、近くにあった木の幹へ骸骨を座らせてもたれさせる。
そして鎧に仕舞っておいたロープを取り出した。
骸骨の両腕を幹を挟むように後ろへ持っていき、ロープで両手首を結んだ。
「これでしばらくは身動きが取れないだろう」
彼は幸一の顔で不敵な笑みを浮かべると、再び幸一が崖から落ちた場所へと戻っていった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
「んっ……」
意識が朦朧とする中、不快な感覚が纏う。
不快感というよりも違和感だろうか?
今までに感じたことのない感覚だ。
俺は今まで寝ていたのか……?
頭の中に無駄な情報がなく、脳が軽い。
それだけではなく実際に頭が軽い気がする。
まるで付いていた肉が削ぎ落とされて、頭蓋骨だけになったかのようだ。
「何だか体がスースーするな」
そのスカスカな感覚と軽量感が不思議だったが、俺は更に驚愕の光景を目にする。
「……何だこの体は!?」
胴体を見ているはずなのに、透けて見える向こう側。
ぶつけるとカツコツと音が鳴る腕。
そして人間のものとは思えない、白く細い棒でできた足。
この体はまさに……。
「骸骨じゃないか!!」
自分の体が骸骨そのものになっていたのだ。
その現実離れした突然の出来事に、俺はしばらくのあいだ冷静を保つことができなかった。
意味もなく体をジタバタさせるが、大きく暴れることはできない。
そのおかげで徐々に冷静を取り戻し、体の隅々を目視し指や足などの動かせる部分の動作を確かめた。
そして真っ白で硬い口をあんぐりしながら、頼れる人がいないか周囲を見渡す。
しかしこの森林には俺しかいないようだ。
「どうなっているんだ!」
体の自由が利いていたら、未だに正気を保てていなかっただろう。
ひとまず深呼吸をして、心臓の高鳴りを抑える。
呼吸を整えたら、次は頭の中を整理する。
俺は自分が骸骨になっていると気づく前は、確か気を失っていた。
その気を失う前には、何があったんだっけ?
記憶を蘇らせるためにしばし思案する。
……そうだ、思い出した。
意識がなくなる前に、俺は元の姿で骸骨に何かをされている。
骸骨が俺の胸に手をかざして何かをしてから、俺は息絶えるように無を感じた。
そして何もない場所で何も思わずに過ごしていたら、目を覚ましてあれこれ考えて、気づいたらこの有様だ。
俺が思うに、恐らく魔法を使われたのだろう。
だとすれば一刻も早く奴を見つけて、元に戻してもらわなければならない。
捜すために立とうとした時に、今更なことに気づいた。
「腕が動かせない……」
腕は後ろの木を抱くような体勢になっているから見えないが、恐らく両手首を何かで縛られている。
「これも奴の仕業か」
まずはこれを解かないことには何も始まらない。
そのためにはどうすればいいか考える。
「魔法はジャンプしか覚えてないし、そもそもこの体で魔法が使えるのかも分からない」
辺りを見渡すが、役に立ちそうな物はない。
どうしようもないのか……ん?
見渡す途中に、向こうで何かが倒れていることに気づいた。
良く見ると、どうやらモンスターの死骸のようだ。
誰かが倒したのか?
すると俺は地面が微かに揺れていることに気づいた。
それは徐々に大きくなって、足音のようなものが聞こえてくる。
危機が迫っていると感じながら見上げてみると、奥の木の上に化け物の顔があることに気づいた。
「どんだけでかいんだ……。まるで巨人じゃないか」
その巨人は屈んで死骸を拾い上げると、何かをしている。
不快なグチャグチャという音が聞こえるが、木々が邪魔で何をしているのかは分からない。
音が鳴り終えると、巨人は振り返って森林の奥へと姿を消した。
この身動きの取れない状況で、見つからなくて良かったと安心する。
ホッとしていると、ふと視界に自分が身に付けている鎧が入った。
「この鎧、何かに使えないかな」
色々な角度から見たり体を揺さぶったりして、鎧に有用性がないか確かめる。
揺さぶっていると、鎧から何かが落ちた。
「ナイフだ!」
これは使えると確信し、側に落ちたナイフを拾うために、足を使って木の回りをグルっと半周する。
手元にあるナイフを上手く拾うと、両手首を縛る何かを、ナイフで小刻みに往復して切り刻んでいく。
「少し時間がかかりそうだな」
切っている間この場には生き物の鳴き声と、ナイフが何かに擦れる音だけが静かに鳴り渡った。