漂う違和感
廃墟の並ぶ荒廃した地域が終わり、幸一たちは砂塵が吹き荒れる砂漠のような場所へ足を踏み入れていた。
辺り一面には砂景色が広がっていて、それ以外のものが目に入ることはほとんどない。
そしてそこは目の前を過ぎ去っていく砂のせいで視界が悪く、結愛にとっては彼らについて行くことで精一杯のようだ。
幸一はそんな結愛を気にかけながら、レオについて行く。
「凄い風だよな」
「このくらい大したことはない」
彼らが出発してから数時間が経っていた。
途中で何度かモンスターとの戦闘があったが、小型の弱いものだったからてこずることはない。
そしてそのほとんどをレオが倒し、休憩して進んでいくことを繰り返していた。
「レオって本当に強いんだな。モンスターと戦ってきたからそんなに強いのか?」
「まあな。倒す数を重ねるごとに成長していると思う。だが俺はまだまだだ。もっと強くならなければならない」
幸一がレオの顔を覗き見る。
なぜレオがそんなにも強くなりたがっているのかが不思議なようだ。
彼らが会話をしていると、再び前方にモンスターが現れた。
今回は数が多く、数十体のモンスターが幸一たちへ近づき取り囲んだ。
「これ、ヤバいんじゃないのか?」
「俺一人なら問題はない。だがこの女の安全までは保証できないな」
「それなら俺が守るしかないな」
幸一は辺りを見渡した後、結愛をお姫様のように抱き上げた。
突然のことに結愛は驚きの声を上げる。
幸一は跳躍の魔法で跳び立ち、近くに生えていた枯れ木の枝へ着地した。
「結愛。モンスターを倒し終えるまでここにいるんだ」
「あ、あの。でも私は自分の身は自分で守るって言いました」
「ああ、覚えてるよ。でもいま結愛は武器も防具も持っていない。その状態で戦うのは無茶だよ」
結愛は幸一に言われて自分を守るには不十分なことに気づいた。
それでも木の上に隠れていることには納得できていない。
「でも……」
「準備が整ってからでも遅くはない。戦える状態になったら俺たちと戦ってくれ」
結愛は不服そうに小さく頷いた。
幸一は再び跳躍してレオの元へ戻る。
「お前、魔法が使えたのか」
「ああ。とは言ってもまだジャンプしかできないけどな」
レオが走って近くのモンスターを斬りつける。
幸一も続いて別の化け物を突き刺した。
結愛は枯れ木の枝の上から、彼らを心配そうに見つめている。
だが幸一とレオは順調にモンスターたちを倒していった。
すると不意に結愛が大きく叫んだ。
「幸一さん、危ない!!」
その声が響き渡った頃には、戦っていた幸一の横から別のモンスターが近づき、彼の体を突き飛ばしていた。
その衝撃で吹っ飛んだ幸一は、側にあった崖の下へ転がり落ちていく。
「幸一さん!!」
結愛が木の上から下りようとすると、レオがそれを制した。
「待て! もうじきコイツらを倒せるから、それまで木の上で待っていろ」
レオはより素早い動きで、次々と身の回りにいるモンスターを叩き斬っていく。
その速さに化け物たちはついていけず、レオを攻撃する間もなく倒れていった。
しばらくすると戦いの音は止んだ。
そしてその場にあるのはレオとモンスターの屍だけだった。
レオは剣を仕舞うと待たせていた結愛を呼んだ。
「おい。アイツを捜すぞ」
「は、はい!」
結愛は恐る恐る枯れ木の下へ下りていく。
地面に着くと急いで崖の下を覗いた。
砂塵が飛び交うこの場所では、崖の下の様子が上手く見渡せないようだ。
「あの、この下には行けませんか?」
「来い」
結愛はどこかへ進んでいくレオについて行った。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
進んだ先には崖の下へ続く道があった。
急いで幸一を捜そうとする結愛をレオは呼び止める。
「おい。ここら辺にもモンスターがいるかもしれない。一人になるな」
「でも幸一さんが……」
「アイツはドラゴンを倒したと言っていた。崖から落ちたとはいえ、そう簡単には死なないだろう」
それを聞いて結愛は焦る気持ちを抑えて、レオと一緒に幸一を捜すことにした。
崖の下では砂塵が飛んでいないから視界が良好だ。
緑の数も増えてきて、辺りには草木が生えている。
「幸一さん、どこに落ちたんでしょう……」
「さあな」
結愛が幸一を見つけるために辺りを見渡す。
進んでいく内に木々の本数が増えてきて、視界が前より狭くなっていく。
モンスターが現れる気配もない。
「あっ!」
声を上げた彼女の向こう側に、誰かが倒れていた。
結愛とレオはその場所まで走って、その人物が誰かを確かめる。
するとそれは紛れもなく幸一の姿だった。
「幸一さん! 大丈夫ですか! 幸一さん!!」
結愛の声に対する返事はなく、幸一は意識を失っているようだった。
「ごめんなさい。私がもっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
結愛はそう言いながら幸一の手を握って涙をこぼした。
そんな二人をレオはただ見つめている。
しばらくすると、おもむろに幸一はその目を開いた。
「幸一さん!!」
「……ここは、どこだ?」
幸一はそう言いながら上体を起こした。
辺りを見渡して、いま自分がどこにいるか確認しているようだ。
「崖から落ちてここに倒れていたんですよ。怪我はないですか?」
「幸一は大丈夫だよ」
「良かった、無事で……」
レオは二人に近づくと、幸一の体を見てから言った。
「本当に怪我が一つもないな……。お前の強さが分かったよ。とりあえず休憩するか」
「その必要はないよ」
幸一は笑顔で立ち上がって、自分の調子が好調であることを示した。
それでもなお結愛は心配な様子だ。
「本当に休まなくて大丈夫ですか? モンスターに激しく突き飛ばされて、あの崖から落ちたというのに」
「ああ、平気だ。それより先に進もう。何かあるかもしれないよ」
結愛は不本意そうだが、仕方なく幸一に同意する。
レオもその様子を見て出発しようとした時、木々の中から声がした。
「ん? いま声が聞こえなかったか?」
「声だって……」
幸一はそう言って木々のほうへ走り中を見渡すが、何も見つけることはなかった。
彼は声の正体を怪しんでいるようだ。
「すまない、気のせいかもしれない」
謝るとレオは、再度モンスターを探し始めた。
幸一は何かを不審がりながらも、レオについて行く。
三人は草木の自然に囲まれた道を歩いて進んでいった。
足音と生き物の鳴き声だけが聞こえる静かな場所。
時おり流れる穏やかな風が、彼らを包んでいた。
「なあ。お前はここのことには詳しいのか?」
「……前にもそんなことを聞いてきたな」
そう指摘されて、幸一は少し焦った様子を見せた。
「そうだっけ? ……落ちた衝撃で忘れていたよ。それより詳しいのか?」
「まあな。ここで長いことモンスターを倒してきた。ある程度のことなら分かる」
それを聞いた幸一は、レオに近づいて問いをぶつけた。
「それじゃあここら辺に食べ物はないかな? 腹が減っちゃってさ」
「キノコや木の実ならここらに生えていることがあるな」
レオは歩きながら、辺りにある木の根本や枝に注目した。
「そうなのか。あっ! もしかしてあれってキノコじゃないか?」
幸一は先にある木の根元を指差した。
そこには何本かのキノコが生えている。
それは立派に成熟していて、食すのに丁度いい状態だ。
幸一がそのキノコを目がけて駆けていく。
「あっ。ちょっと待て」
レオが幸一の行動を制すると、幸一は不満そうに振り返った。
「何でだよ?」
「うかつに触れては危険だ。毒を持っているかもしれないからな」
レオはそう言うとキノコの元へ行き、しゃがんでキノコの種類が何かを調べ始めた。
結愛はキノコの毒を恐れた様子で、少し遠くからレオの行いを眺める。
「これは……食べられそうだな」
レオが呟いていると、背後に人影が現れる。
それは剣を高く振りかぶり、そして……。
「レオさん、危ない!!」
結愛の叫び声が轟くと同時にモンスターが木々の中から飛び出して、レオの後ろにいた人物を突き飛ばした。
その人物は地面に倒れた拍子に剣を落とす。
レオは振り返ると、そこに倒れている人物の名前を呼んだ。
「幸一!」
するとなぜか骸骨の姿をしたモンスターが、自分が名前を呼ばれたかのようにレオのほうへ振り向く。
そして幸一は体を痛めながら、レオに必死で伝えた。
「そのモンスターは敵だ! そのモンスターはお前のことを攻撃しようとしていたぞ!」
その言葉を聞き入れたレオは剣を抜き構えた。
「不意打ちとは卑怯だな。正々堂々と戦え!」
レオはモンスターへ近づき剣を振り下ろしたが、それは避けられた。
彼は数々の攻撃を繰り出していくが、モンスターはそれを全て避けていく。
攻撃はただ空間を斬り裂いていくだけだった。
「なぜ攻撃をしてこない!」
モンスターはただ攻撃を避けるだけで、一切おそいかかっては来ない。
レオはそれに腹を立てて猛攻を極める。
より速く剣を振り手数を増やしていった。
しかしそれでも攻撃が当たることはなく、時間が経つにつれてレオの動きは鈍くなっていく。
そしてモンスターにも疲れが見えてきた。
「これではらちが明かない」
レオは一旦、攻撃を止めた。
戦いは止みレオとモンスターが対峙する。
するとモンスターは、レオに手を差し伸べて握手を求めた。
レオはその行動が理解できないようで、困惑の素振りを見せる。
「あの……」
「騙されるな! そのモンスターは敵だ!!」
幸一が叫び結愛の声がかき消された。
レオはその言葉を聞き再び剣を強く握る。
結愛は迷うように、幸一とモンスターを見比べていた。