創始者の生き様
記憶の星に着くと、にゃてんは早速フォトフレームを出現させる。
そして指を鳴らすと、そこには過去にこの世界で戦ってきたモンスターたちが表示された。
一体なぜ、こんなものを俺に見せるのだろう?
「彼らが元々は人間だったって話は聞いたよね?」
「ああ。彼らには本当に悪いことをしたと思う。悔やんでも、悔やみきれない」
「別に後悔して欲しい訳じゃない。ただ彼らがどんな人だったのか、知って欲しいんだ」
にゃてんが再び指を鳴らすと、今度は人の写真が映し出された。
どれも知らない人だが、どんな人なのかは察しがつく。
「これって、モンスターになる前の写真か?」
「そうだ。ドラゴンになった彼は、幸せな日々を送っていた。けれど、この日に最愛の人を失ったんだ。だから他の女性を自分のものにしようとした」
「その独占の強制が悪意と見なされて、ドラゴンになってしまったという訳か」
にゃてんは静かに頷いた。
モンスターになってしまった理由がちゃんとあるんだ。
彼女はそれを伝えたいのか。
「巨人の彼はモンスターの味方だったんだ。退治されていく怪物たちを見て心を痛めた彼は、せめて取り残された屍を弔いたいと思い、赤土の荒野に骨を埋めて墓石を立てた」
モンスターの屍を見つめる彼の写真が心苦しい。
彼も根は優しい人だったんだ。
それが何かをきっかけに、悪の道へ転落してしまった。
「そう。暮らしてきた星に兵士が投入されて、大勢の仲間を失ったことで、彼は悪意を目覚めさせた。人間を全滅させると決意してしまったから、巨人に変貌した。そしてモンスターの生身や骨を、自分の体へ取り込んでいたんだ」
その兵士って、シャルロットの両親も勤めていたな……。
この話は彼女には伝えないほうがよさそうだ。
「ミノタウロスの彼は……説明する必要はないね。一つ付け加えるなら、雛と彫られた墓は恋人の純の両親のものだ」
「えっ……」
「純が体調を崩してから両親が亡くなったから、二人とも墓参りに行く余裕がなかったんだろう。そして優は勾玉が供えられているのが、純の両親の墓だと知らなかった。だから、奪い取る気であんたに近づき、彼は……」
その先は聞きたくなかった。
唯一の心の支えが、彼に勾玉を奪われたから仕方なかった、という言い訳だったのに……。
たった今その理屈は崩れた。
彼は何一つ悪くなくて、完璧に俺が悪者だ。
「ごめん。あんたを責めたい訳じゃないんだ。うちが言いたいのは、みんな本来は優しい人たちだってことだ」
「そうだな。たとえ悪に手を染めたとしても、改心する可能性はある。レオや優みたいに」
にゃてんは微笑んで、俺の理解を喜んだ。
たとえ醜悪な外見をしていたとしても、絶対悪とは限らない。
モンスターだろうと、悪い奴だろうと、容易に命を奪ってはいけない。
俺はそのことを、胸に刻んだ。
「区別する必要なんてないんだ。間違いを犯しても、モンスターにされなくていい。悪人だったとしても、善人に変われると信じよう」
「それには同感だ。ただ、創始者を責めるのは止めて欲しい。彼も根は優しいんだ。きっかけは分からないけど、今は心がモンスターになってしまっている」
「だから、改心して心が人間に戻るのを待って欲しい。そういうことか?」
にゃてんは申し訳なさそうに頷いた。
彼女に言われなくても、俺は最初からそうするつもりだった。
どんなに極悪人であろうと、許してやるしかない。
それができないなら、絶縁するしかないのだから。
「それじゃあ管理の星に戻ろう。まだやり残していることがあるんだ」
俺たちは再度、管理の星へ移動した。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
「やり残していることって何だ?」
「あの石のことだよ。創始者さーん、あれやっちゃってもいい?」
にゃてんが呼びかけるが、返事はない。
彼の姿も見当たらない。
「あれ? どこにいるんだろう? この星から出ることなんて、ほとんどないんだけどな」
「ん……?」
視界の上方に何かが見えて、見上げてみる。
するとそこには、羽を生やして空中に停滞している創始者の姿があった。
「何だ、あそこに……えっ」
俺の反応を見て、にゃてんが不思議がりながら聞いた。
「どうした? 上にいるのか? ……!!」
空中にいる創始者の前には、ロープが垂れ下がっている。
ロープの先には輪が結ばれていて、それを彼は胸の前で両手に持っていた。
「待て。早まるな」
「そうだよ。縄を離して下りてきて」
しかし彼は俺たちの言葉を無視して、持っている輪を自分の首にかける。
そして……。
「やめろ!!」
俺の叫び声と共に、創始者は羽を捨てて落下した。
それを直視することができず、俺は俯いて目を瞑る。
絶える瞬間を目にすることはなかったが、何かが折れる音が耳を抉った。
薄く目を開けると、揺れる両足がある。
事は終わってしまったようだ。
「創始者様!!」
叫びながら羽ばたいて飛んでいったのは、ガブリエルだった。
彼は創始者の元へ向かうと、体を持ってロープを切り離す。
そして下りてくると、床に寝かせて何度も呼びかけた。
「創始者様!! 創始者様!! 創始者様!!」
ガブリエルは恐る恐る動かなくなった彼の首に触れる。
その後、呼びかける声は一切なかった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
ガブリエルは創始者の顔をずっと見つめていた。
涙は流さないが、心の泣く声が聞こえてくる。
彼の心中を察することしか、俺にはできなかった。
「ガブリエルは創始者のことを一番に慕っていた。内心は酷く悲しんでいるだろうな」
「……俺のせいだ」
俺は自分を責めた。
創始者が自死した理由は、俺がこの世界を消滅させようとしているからだ。
そしてこの予想は、当たっていると思う。
「残念。はずれだ」
「違うのか? 俺のせいじゃないとしたら、何が原因なんだ?」
「あんたのせいじゃなく、あんたらのせいだ」
俺らのせい?
俺以外にも、原因をつくった人がいるって言うのか?
「そうだ。そしてそれは、歴代の命運を握る者だ」
「歴代!? 過去にも称号を持つ人がいたってことか!?」
「ああ。彼らも全員、過去にあんたと同じ結末を選んだ」
それってつまり、過去にもこの世界に似た世界があって、そこでも創始者は世界を壊されていたってことか?
そしてその人たちも、その世界から故郷へ帰ることを選んだ。
驚くことのようにも見えるが、冷静になれば当然の判断だと気づいた。
「この称号を持っているということは、誰かを愛しているということだ。そんな人が、別の世界の人々をないがしろになどできないはずだ」
「そうだね……。創始者も気づいていたんじゃないかな? あんたらが自身の望む世界を選んでくれないことに」
だから俺じゃなくて、俺らのせいなのか。
創始者はこの世界を無限にしたいと思っていながら、その望みが叶わないことに気づいていたんだ。
今まではその推測から目を背けていたが、とうとう心が折れてしまったのだろう。
「何て報われない結末なんだ……」
「わたくしもそう思います」
「ガブリエル……」
彼は冷たく固まった顔を見ながら呟く。
そして立ち上がると、こちらを向いて言った。
「ですが、こうなったのは幸一様方の責任ではございません」
「俺たちのせいじゃない? それなら一体、誰のせいだって言うんだ?」
「彼自身の責任です」
ガブリエルにしては、厳しい一言だった。
「彼が重大な選択を他者に任せたのは大きな間違いでした。それに加えて、自らの命を絶つという重罪まで犯しました。わたくしには彼を庇いきれません」
ガブリエルはそう言うと、創始者の体を持ち上げて、作ったワームホールの中へ入っていった。
ガブリエルがこれ程までに、感情をあらわにするのを見るのは初めてだ。
それだけ創始者への想いが強かったのかもしれない。
「そうだ。ガブリエルにとって創始者はかけ替えのない存在だった。うちも初めてだったよ。彼が創始者を批判する姿を見るのはね」
「創始者って何て名前なんだ? せめてそれだけでも覚えておきたい」
「ないよ。彼は無名なんだ」
名前がない?
創始者としか呼ばれていなかったから、変だとは思っていた。
なぜ無名なんだろう?
「彼は管理をする側の人間だから、管理するための名前が自分に付くことを嫌がったんだ。だからこの世界に来てからは、名を持たないことにしたらしい」
「変わった人だな。名前が管理するためのものなんて、思ったことすらないよ」
「ガブリエルは彼のそういうところに惹かれたのかもしれないね。普通の人間にはない発想を持っていたよ」
……思えば俺は創始者やガブリエルのことばかり考えていたが、にゃてんも悲しんでいるよな。
身近にいる人が亡くなったんだ。
悲しくない訳がない。
「うん。悲しいよ。思想は対立していて、会っても口喧嘩ばっかりしていたけどね。いざ相手がいなくなると、寂しいもんだね」
「ごめん。俺のせいで……」
「あんたのせいじゃなくて、自死を選んだ彼のせいだよ。ガブリエルが言っていただろう? その話を聞いて、うちもそうだと思ったよ」
二人の優しさが心苦しい。
本当に辛い思いをしているのは、二人のはずなのに。
慰められている場合じゃない。
「幸一。やり残していることを、終わらせてしまおう。こっちに来い」
にゃてんは俺を、たくさんの石が置いてある所へ連れていく。
そしてその中で最も大きい石の前に立ち、俺に話した。
「これは世珠を覆うダイヤモンドを割るための魔法が宿った石だ。この魔法を習得すれば、触れるだけで割ることができるようになる。さあ、石に触れてくれ」
なるほど、この魔法がないと世珠に触れることすらできないのか。
俺は自分よりも大きい石に右手で触れた。
すると石から光の曲線が飛び出し、俺の右腕を包んだ。
これで習得は完了だな。
「流石、この世界で一番の魔力を持っているだけはあるな。幸一以外の人がこの魔法を取り込もうとしたら、すぐ死の影の餌食になっていただろうな」
「そんなに強大な魔法なのか?」
「無限の魔法の次に強大だ。それ故に、この魔法を習得した幸一を利用しようとする奴も現れるかもしれない。気をつけろ、幸一。ここからは、油断できない」
おいおい、そんな危険なものなんて知らなかったぞ……。
しかしこの魔法がなければ、故郷へ帰ることはできない。
こうするしか、道はないってことか。
「さあ、選択の星へ行こう。遂にこの時が来たんだ!」
「ああ。……でもその前に、ちょっと仲間と話してもいいか?」
「用があるなら先に言ってくれよ!! この一刻を争う時に無茶だぞ!?」
「いや、そんな状況だって知らなかったんだ!! 頼むよ!!」
にゃてんはブツブツと文句を呟きつつも、聞き入れてくれたようだった。
この世界を消し去るということは、仲間とも離れ離れになるということだ。
何も言わずに、別れることはできない。
結愛の瞳を見るまでは。