この世界の命運を握る者
「成り立ちは分かった。でもまだ理解できないことがある。なぜ世界を自分で創ろうと思ったんだ?」
「平和な社会を実現するためです」
意外な答えだ。
てっきり神になりたいとか、全てを手に入れたいとか、そういう返しを予想していた。
しかしまだ疑問は残る。
「平和を望むなら、どうしてモンスターなんか創ったんだ?」
「正確には創ったのではなく、変化するようにしたんです」
「それってどういう意味だ?」
創始者はフィギュアの飾られている棚の前へ行き、それらを眺めながら言った。
「私は平和を望んでいました。故郷では争いや犯罪が横行し、傷つく人が後を絶ちませんでした。だから私は決心しました。争いのない、良心で溢れた世界を創ると」
彼はこちらへ振り返ると、手の先を棚に向けて話を続けた。
「そのためには、善意を持つ人間と悪意を持つ人間を見分けられるようにすべきだと思いました。そこで私は強大な魔法をこの世界にかけて、悪意で満ちた人間はモンスターに変貌させました。外見で区別できるようにしたのです」
衝撃的な話だった。
要するに、モンスターの元は人間ということだ。
俺が今まで倒してきたドラゴンや巨人は、元は自分と変わらない人間だったんだ。
「レオや優がモンスターになったのも、悪の道を進み始めてしまったからです。二人は途中で改心したので人間の姿に戻ることができましたが、普通はそんなことあり得ません」
これでハッキリとした。
俺は良心を取り戻した人間の胸を刺したんだ。
それだけじゃなく、俺は今までたくさんのモンスターの命も奪ってきた。
もう取り返しがつかない。
「なぜそんな暗い顔をしているんですか?」
「当たり前だ。俺はモンスターを倒してきた。数えきれない程に。それが本当は人間だったなんて。受け止めきれない……」
顔を俯かせると、創始者は歩いてこちらに近づき、俺の肩に手をかけた。
「あなたは良いことをしたんです。悪を淘汰したんですから。私もそうして欲しいと願ったから、あなたにその剣を渡したんです」
「何だと……」
腰に身に付けているこの武器は、確かに彼から貰った物だ。
それにまさか、そんな思いが込められていたとは。
俺はすぐにそれを腰から外し、床へ放り投げた。
「なぜ剣を捨てたんですか?」
「俺にはもう必要ない。命を奪わなくても、守ることはできる。もうお前の思惑通りには動かない」
「それは残念です。その剣は平和のために用意した物です。あなたには持っていて欲しかった」
その言葉に反吐が出た。
平和のために武器を使って胸を刺しまくれと?
この世界を創ったと言った時から薄々、勘づいてはいたがコイツはおかしい。
倫理観に異常がある。
「平和主義なんて嘘はつくな。もしそうなら悪意を持った人間も区別せずに、更生の余地を与えるはずだ。そうしないお前は、ただ気に入らない奴を除け者にして、安直な手段で平和の実現を急ぐレッテル貼り野郎だ」
「嘘はついていません! それに更生の余地は与えています。モンスターと化したのは悪に堕ちたからだと、本人は気づくはずです。人間に戻りたいのなら、良心を目覚めさせればいいんです」
「でも改心するまでの間に命を奪われたらどうする? モンスターという力を使って、人々を襲うかもしれない。どう考えても最善の方法とは思えないな」
「悪は滅んで当然です。そして力を持っているからこそ、人々に敵対心を植えつけることができる。道理が通っていると思いませんか?」
全く思わなかった。
そして俺は、話の先に堂々巡りしか待っていないことに気づく。
だから一旦この話題を終わらせて、別の話を聞くことにした。
「なぜ魔法を研究していたんだ?」
「それも平和のためです。現に私は、人を傷つけるための魔法は一つも創っていません」
「じゃあなぜ俺に剣を渡した? その目的は人を傷つけるためだろう?」
「違います。人ではなくモンスターを、つまり悪を滅ぼすために渡したんです。悪がいなくなれば、この世界は平和になる。全てが平和を実現するために、必要なことだったんです」
それを聞いて俺が独裁者に怒るように睨みつけると、創始者は「なぜ理解に及ばないんだ」と呟きながら、辺りを歩き回り始める。
そんな彼を見て、俺は何かが引っかかっていた。
望んでいる平和のどこかに、矛盾を抱えている。
そしてそれが何か、俺はようやく気づいた。
「砂時計は何だ?」
創始者の足が止まった。
表情を確かめると、僅かに困っている様子が見て取れる。
しかし、しっかりと説明してもらわなければならない。
「あれはモンスターです。異様な外見をしていますが、そういうことです……」
「嘘だッ! あれはモンスターじゃない。魔法だ! それも強大な魔法だ。医者がそう言っていた!」
そう。
砂を飲み込んだ結愛を診察した医者は、魔法が原因だと言っていた。
つまりあの砂時計は魔法で創られたものだ。
俺はそれに引っかかっていたんだ。
「あれは間違いなく、善良な人間も巻き込む危険な代物だ。なぜあんなものを創った?」
「それには理由があります……」
創始者はジオラマに近づくと、悲しげな顔で眺めながら答えた。
「この世界は、残念ながら有限です」
「有限? まあ、壁があるんだから当然だろう」
それが砂時計とどう繋がるのかが分からず、歯痒い気持ちになる。
だが今は我慢して、話を聞くことにした。
「この世界が有限ということは、いずれ人が住める土地がなくなるということです。人は常に増え続けますから」
「まさか……」
「はい、想像の通りです。領土争いが起こるのを防ぐには、これしか方法がありませんでした」
争いを防ぐために、この凶悪な魔法を創り出したとでも言うのか?
こんなことをする奴は神じゃない、悪魔だ。
俺はもう、奴を信じることができなくなった。
「星民には災害の一つだと伝えてあります。場所も無作為に選ばれるので、不公平ではありません」
「そういう問題じゃない!! お前は人の命を何だと思っているんだ!!」
俺が激怒すると、奴も必死で叫んだ。
「命を守るために必要な犠牲です!! 世界を平和にするには、こうするしかないんです!!」
互いに息を荒げて、睨み合った。
奴とは馬が全く合わない。
目的のためなら、平気で命を粗末にするからだ。
奴は呼吸を整えると、冷静を取り戻して話しかけてきた。
「幸一君。あなたに話しておかなければならないことがあります。この世界の命運を握る者についてです」
奴の話を聞く気はなかったが、知りたい話題だったから渋々きくことにする。
「命運を握る者とは、この世界をどうするか選ぶ権利を与えられた者に付く称号です。この世界の運命は、あなたに委ねられています」
「なぜ俺なんだ?」
「それはあなたを、この世界で一番の魔力を手に入れると見込んだからです」
「魔力だと? そんなもの俺にはない」
奴は右手のひらを俺に向けて、何かをしている。
「何の真似だ?」
「あなたの魔力を可視化したのです。やはり私よりも高い。それはつまり、あなたが一番だという証拠です」
「どうして俺が一番になれたんだ?」
「魔力はその人の愛の生命力によって決まります。あなたの幸せを望む気持ちは、尋常じゃありませんでした。だからあなたは幸せのために人々を愛して、魔力を桁違いに育てることができたのです」
これが本当の話なのかは、俺には分からない。
理屈は通っているが、俺にそんな愛があるとは思えない。
奴の魔力が高いのは、命を粗末にしてでも平和を築いているからか?
……そういえばガブリエルに初めて会った時、幸せについて触れていたな。
確か物語についても話していた。
「それじゃあ物語とは何だ? ガブリエルが言っていたぞ」
「それは彼が気を利かせて言った出任せです。あなたがハッピーエンドを目指したくなるよう、彼が頭を使ったのです。物語など存在しません。どんなに強大な魔法を使おうとも、未来を創ることはできませんから」
ガブリエル……やってくれたな。
けれどそんなことはどうでもいい。
俺はいま抱えている一番の疑問を、創始者にぶつけた。
「結局おれは、何を選ばなきゃならないんだ?」
「それが話の本題です。祈りの星へは行きましたか?」
「ああ。行ったけど」
創始者は隅にあるたくさんの石へ近づいて、それらを見つめながら言った。
「あの星は別名、選択の星といいます。そしてその星の肝は、中央に置かれている世珠です」
「あれは世珠というのか。それに一体どんな意味があるんだ?」
彼はおもむろに振り返り見上げた。
ガラス越しにこの世界や星々を見ているのだろうか。
「世珠には、世界を一変する魔法が宿っているのです」
「どう変わるんだ……?」
「この世界を無限にするか、消滅させることができるのです」
「無限にするのは分かるが、消滅なんかさせてどうするんだ?」
創始者はしばらくの間、黙っていた。
すぐに話さないということは、自分に何か不都合があるのか?
「その通りだよ」
背後から聞こえた幼い女の子の声は、にゃてんだった。
彼女を見て創始者は苦い顔をあらわにする。
「やはり来たのか。にゃてん」
「あんたは目的のためなら、平気で隠し事をしたり嘘をついたりする人間だからね。うちが見張ってないと、幸一が後悔することになる」
それを聞いて、創始者は眉をひそめた。
しかし観念したのかため息をつくと、話を続け始める。
「世珠を割ってこの世界を消滅させると、元の世界へ戻ることができるのです」
「何!? それは本当か!?」
創始者が頷くのを見て、俺の心は踊った。
元の世界へ帰る方法があったとは。
俺の気持ちは既に、世珠を割ることで一杯だった。
「話を最後まで聞いて下さい。確かに戻ることができますが、それはあなた一人だけではありません。この世界にいる全ての人々が、巻き添えになるのです」
「他の人も元の世界に戻されちゃうのか!?」
「この世界が消滅する訳ですから当然です。あなたの選択一つで、多くの人の運命すら変えてしまうのです」
俺だけではなく、全ての人が戻されてしまうなんて……。
にゃてんが口出ししないということは多分、本当のことを言っているのだろう。
どうすればいい……?
「なあ、創始者さん。話は最後まで聞くだけじゃなく、伝えるべきじゃないのか? まだ隠していることがあるだろう」
彼は痛いところを突かれたのか、俯いて再び黙り込んだ。
痺れを切らしたのか、返事を待たずににゃてんは口を開いた。
「もし世珠に宿る魔法を使ってこの世界を無限にしたら、他の世界を全て飲み込んで、その世界で生きる人々も消滅するんだよ」
「何だって!? おい、お前。どうしてこんな大事なこと、黙っていようとしたんだ!!」
「もし話せば、あなたは迷わずにこの世界の消滅を選ぶでしょう……」
「当たり前だ。俺は人の命を奪ったりはしない。この世界がぶっ壊れようとも、故郷へ帰ることを選ぶ!!」
俺が怒鳴りつけると、奴は俯いたまま言動しなくなった。
どんなに落ち込んでも、俺は選択を変えるつもりはない。
割るしかない、世珠を。
「幸一。世玉を割る前に、見て欲しいものがあるんだ」
「何だ?」
「記憶の星へ行こう」
そう言うと、にゃてんはワームホールを作り出した。
「また過去を見せるのか?」
「ああ。うちのわがままなんだけどね。付き合ってくれないか?」
俺が了承すると、二人で記憶の星へ向かった。