転生された者と転生した者
「それでは行きましょうか」
ガブリエルはそう言うと、腕を伸ばし魔法を使った。
するとさっき現れたブラックホールのようなものが出現する。
行きましょうと言ってこれを出すということは、ワームホールなのだろうか。
「ここに入ればいいのか?」
「はい。その通りでございます」
「じゃあ行こうか」
彼女を誘って中に入ろうとすると、彼は「お待ち下さい」と言って俺たちの足を止めた。
「なんだよ?」
おもむろに彼は両手を猫のように折り曲げて構えた。
そして上体を倒し両手を地面につける。
すると彼は、頭のほうから順に獣の姿へと変容していった。
黒い毛並みに鋭い牙、ヒョウ柄の引き締まった胴体に尻尾まで生えている。
そう、それは紛れもなく黒豹だった。
しかも俺が覚えているものよりも、その身はでかく迫力のあるものだ。
黒豹はこちらを向き、鋭い眼光を見せた。
「わたくしの背中へお乗り下さい」
「マジかよ……」
「私、動物に乗るの初めてなのでちょっと怖いです……」
俺は黒豹に乗って「大丈夫だよ」と彼女に呼びかけた。
するとそれを見て、彼女も恐る恐る俺の後ろに乗ってくる。
彼が歩き始めると、彼女は落ちないように俺の肩へ手をかけてきた。
ちょっと照れくさかったが、彼女が俺を頼ってくれていることが嬉しい。
彼は歩いてワームホールの中へと進んでいった。
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♢ ♢ ♢ ロールプレイングゲーム星 ♢ ♢ ♢
着いた場所は荒れ果てた集落だった。
廃墟となった民家や枯れた木々が立ち並び、そこは人が住むのに相応しくないことが分かる。
周りを見た感じ誰もいなさそうだ。
「ここが次の世界か……」
「ここは……」
ついて来た女性が眠たそうに呟く。
彼女はワームホール内を移動している間、俺の背中で眠っていたのだ。
ドラゴンに襲われるという危険な目に遭ったから、心身共に疲弊していたのだろう。
そのおかげで俺は彼女の可愛い寝顔を見れた訳だが。
「起きたか。まだ眠かったら寝ててもいいぞ」
「いえ。私も一緒について行きます……」
彼女は黒豹から降りると、ふらつきながら俺のほうへ近づいてくる。
このまま連れていって大丈夫なのだろうか。
「ありがとな。ここまで連れてきてくれて」
「礼には及びません。わたくしがすべきことをしたまででございますから」
ガブリエルはそう謙虚に答えた。
本当に執事のような人だな。
「あんたも一緒について来るのか?」
「いえ。わたくしは幸一様を次の場所へとすぐご案内できるよう、下準備を始めます」
「もう次の準備をするの!?」
「はい。新たな場所は探すだけでも時間がかかりますので」
俺を次の世界へ運ぶために、そこまで努力をしていたのか。
なぜそこまでするのかは分からないが、今は彼がしてくれることに合わせよう。
何しろ俺はこの世界のことを何も知らないのだから。
「ですが、わたくしに構わず旅を始めて下さい。わたくしも休養をとり次第、場所の探索へ向かいますので」
「分かった! あんたも気をつけてな」
「お気遣いの言葉ありがとうございます」
別れの挨拶をすると、俺たちはこの世界の探索を始めることにした。
見渡す限り廃墟だから、とりあえずその中を見てみるか。
早速すぐ近くにあった民家の中に入る。
中はボロボロで、やはり人が住んでいる気配はなかった。
部屋を回っていると、戸棚がありそこを開いてみると果物のような物が置かれている。
「これ、食べられるかな」
見た目は青く丸い形をしていた。
多分、食べ物だと思うが食べられるのかな?
そもそもこれを勝手に食べてもいいのか分からないが、一口だけ食べてみることにする。
「おっ、美味い!」
甘くてみずみずしく思っていた以上に美味しかった。
彼女もお腹を空かせているかな?
「君も食べなよ」
ついて来た女性にそれを手渡す。
「いいんですかね、勝手に食べちゃって……」
「廃墟だし誰も住んでいないだろ。それにこれ美味いから食っとけよ」
「それじゃあ、頂きます」
彼女は少しだけそれを口に含んだ。
すると表情が一気に晴れやかなものになった。
「これ美味しいですね」
「だろ?」
彼女は果物のような物をすぐに平らげた。
やっぱり腹が減っていたんだな。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね」
「あ、そういえば。すみません」
彼女はわざわざ頭を下げた。
「謝らなくていいよ。君なんて名前なの?」
「結愛っていいます。あの、よろしくお願いします」
「俺は幸一っていうんだ。よろしくな」
俺が笑顔を返すと、結愛は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
もしかしてあんまり印象良くない?
少し年下のように見えるから、優しく接したつもりだったんだけどな。
「あの、聞いてもいいですか?」
「おう、何だよ?」
「どうして助けてくれたんですか?」
助けた理由か……。
正直、自分でもよく分かっていないから答えに悩む。
本能だと思うから理由を説明するのが難しい。
「理由はないと思う」
そう言うと結愛は少し悲しそうな顔をした。
だから俺は続けて話す。
「ただあえて言うなら、君の苦しむ姿を見たくなかったんだ」
それは俺の素直な想いだった。
彼女がドラゴンに捕まった時に想ったことだ。
「君がドラゴンに掴まれて、握り潰されてしまう……そんな未来を見たくなかったんだ」
それは俺が想像した最悪の結末だ。
そんなことにはなって欲しくないと強く想った。
「そして気づいたら剣を握り締めて、ドラゴンを倒し、君を守っていた」
ドラゴンと戦っていた時の記憶が蘇ってくる。
あの時の俺は、結愛を守りたいという想いで一心だった。
「もし君がいなかったら、俺はあのドラゴンを倒す決意ができていなかったかもしれない。絶望して全てを諦めて、俺や人々はドラゴンに襲われていたかもしれない」
もしそうなっていたら、それは最悪のバッドエンドだろう。
それを回避できたのは彼女がいたおかげだ。
「だから感謝するのはむしろ俺のほうなんだ。君を守りたいと想えたから、俺はいま生きてるんだ」
「……」
俺の話を聞いて、なぜか結愛は目を潤めていた。
何かまずいことを言っちゃったのか?
「おい、どうした? どうして泣きそうなんだよ?」
「私、馬鹿でした。こんな迷惑をかけてしまって」
「感謝したいのは俺のほうだって言ったろ? 迷惑なんてかけていないよ」
俺の伝えたいことがまるで伝わっていないようだ。
何も自分を責める必要などないのに。
「違うんです。わたし実は死にたいって思ってたんです……」
「えっ」
突然の告白に驚きを隠せない。
まさかあの時、助けないほうが良かったのか?
でも助けてって叫んでいたよな?
「私この世界に来る前に死にたいって思っていて。それで実際に命を絶ったんです」
「……」
俺は黙って、彼女の話に耳を傾けた。
「そうしたらいつの間にか知らない場所で倒れていて。目の前にドラゴンがいたんです」
結愛は話している内に、堪えきれず涙をこぼす。
俺が見守っていると、泣きながら話を続けてくれた。
「そのドラゴンに捕まって、これで本当に死ねるって思った時に……死にたくない、まだ生きていたいって思ってしまったんです」
そう思うのが普通だと思ったが、横槍は入れずに話を聞き続けた。
「気づいたら助けてと叫んでいました。自分勝手ですよね。ちょっと前まで死にたいと思っていたくせに、いざ危険な目に遭ったら怖くて助けを求めてしまうなんて……」
「そうかもしれないね」
俺の肯定する言葉を聞いて、結愛は申し訳なさそうに俯いた。
それを見て俺はすぐさま自分のことも話す。
「でもそれは俺も同じだよ」
「えっ」
「俺も君を助けたいと思ったから助けたんだ。それも自分勝手にな。だから君と同じさ」
俺の話を聞くと、結愛はすぐに反論してきた。
「でも私はあなたに迷惑をかけてます。それに私が助けてと言ったから、あなたは助けてくれたんです」
「君が迷惑をかけたと思い込んでいるだけで、俺は迷惑に思っていないよ。あと俺は助けを求められたから助けたんじゃない。君が求めなくても俺は助けることを選んでいたよ」
「でも……」
彼女はまだ言い訳を続けようとしている。
これでは自分を責めることに拍車をかけるだけだ。
だからそれを終わらせるために、俺は話題を変えることにした。
「それよりこの食べ物、美味しかったろ? まだあるから一緒に食べよう」
「……はい」