この世界の真実と魔法の可能性
ガブリエルと共に移動するのはこれで最後になるというのに、俺たちは無言だった。
真実をまだ知らない以上、彼の心境を想像することはできない。
だから俺は、素直な気持ちを伝えることにした。
「ガブリエル、今までありがとう。俺たちを色んな星へ運んでくれたり、この世界のことを教えてくれて」
俺はガブリエルと一緒にいた場面を思い出す。
彼は俺が星にある物語を終えるとすぐに現れて、次の星へと連れていってくれた。
助言をくれたり、たわいない会話をしてくれる時もあったな。
レオを捜すのを手伝ってくれたのも、死の影から結愛を守ってくれたのも彼だ。
それらの恩を、俺はまだ返すことができていない。
だから俺は、彼のために何ができるのかが知りたかった。
「ガブリエル。何か俺にできることはないか? 今まで色々と世話になったから、恩返しがしたいんだ」
「……」
ガブリエルは考え込んでいるのか、返事を返さない。
そしてしばらくすると、彼は自信なさ気に答える。
「この世界を、守って下さいませんか?」
「えっ」
予想外の返答に少し戸惑う。
その規模の大きさだけでなく、それを俺に託すことにも驚く。
そして俺が答える間もなく、彼はこう言った。
「申し訳ございません。この身でありながら冗談を口にするのは、失礼極まりない判断でした。どうかお許し下さい」
「……いや、謝らないでよ! 冗談だったのか。余りにもスケールの大きい願いだったから度肝を抜かれたよ。やるねぇ、ガブリエル!」
俺が笑うと、彼も笑い返してくれた。
また沈黙が甦る。
ガブリエルが言ったことは、本当に冗談だったのだろうか?
今の俺には分からなかった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
「ここが管理の星です」
そこは今までで一番ちいさな球体の空間で、小ぢんまりしている。
大理石の足場の上には、星々のある地域を模して作られた多数のジオラマが、広い台の上に並べられていた。
その向かいには棚があって、その中にはモンスターたちのフィギュアが整列している。
どれも目を引かれるが、中でも気になったのは大小様々なたくさんの石が、空間の端に置かれていたことだ。
あれらの石には、それぞれに魔法が宿っているのだろうか?
そして俺たちの正面には、映像が映ったディスプレイのようなものが、球体の壁の上部に何枚か接していた。
多分それは、シャルロットが住んでいた星にあったものと同じだ。
それには星で暮らす人々の様子が流れていた。
俺たちが巡ってきた星の映像もあるようだ。
それらの発光する画面の前に、ジッとこの世界の人々を眺めるお爺さんの姿があった。
彼が話で聞いた創始者だろうか?
「お連れ致しました、創始者様。幸一様でございます」
「そうか。苦労をかけたな、ガブリエル。感謝する」
「礼には及びません。創始者様の掲げた目的こそが、わたくしの希望ですから」
「うむ……」
この声どこかで聞いたことがある。
……そうだ、最初の星で剣を与えてくれたお爺さんと同じ声だ。
姿もあの時と変わらないから、恐らく同一人物だろう。
彼が創始者だったのか。
二人はどうやら、共通の目的を持っているようだ。
そしてガブリエルは、この創始者と呼ばれている人物に会わせるために、俺をここまで連れてきたのだろう。
「それでは創始者様。ご幸運を祈っております」
ガブリエルが深く礼をすると、創始者は振り向いて微笑みながら軽く頭を下げた。
「幸一様。今までお供させて下さり、ありがとうございます」
「こちらこそ。今までありがとう」
「今後はにゃてんが、幸一様の移動をお力添え致します。どうか、こき使ってやって下さい」
「いい子だから、そんなことできないよ」
ガブリエルはニッコリと笑みを浮かべると、また深くお辞儀をする。
彼は「失礼致します」と言い残すと、ワームホールに入って姿を消した。
星の中には、俺と創始者の二人だけだ。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
創始者は依然として、映像を眺めたままだ。
だから俺から話しかけようとすると、彼は先に口を開いた。
「久しぶりですね、幸一君。初対面の時よりもたくましく見えます」
「そうか? ありがとう」
感謝を返すと、彼は唐突に質問をしてきた。
「この世界は好きですか?」
「えっ」
「私はこの世界が大好きです。あなたはどうですか?」
すぐに答えを用意できなかった。
別に嫌いではない。
むしろ好きだと思う。
この世界のおかげで結愛に出会うことができたし、仲間と一緒に旅することができた。
だからこの世界には凄く感謝している。
「好きだよ。人も場所も、思い出も。辛いこともたくさんあったけどね」
「その様子は私も見ていました。ここにある映像を通して」
俺たちの行動は創始者に見られていたのか。
恥ずかしいような誇らしいような、そんな気持ちになる。
「あなたたちの活躍は本当に素晴らしかったです。特にあなたは別格でした。流石、この世界の命運を握る者です」
「やっぱりそれが本題なのか? 何なんだ、その命運を握る者って?」
「それを説明する前に、まずはこの世界のことをお話ししましょう」
創始者はこちらに振り向き、俺の目を見て話した。
「この世界は、私が創ったのです」
「この世界を創っただと!?」
驚愕の発言に驚きを隠せない。
確かに創始者と呼ばれているが、まさかこの世界を創った本人だったとは。
にゃてんが真実に向き合えると言っていたが、この人が全てを知っているということか。
「私は元々、別の世界の人間でした。その世界にモンスターはいませんが、魔法は存在していました。そして魔法に強い関心を持った私は、研究をすることにしました」
創始者は自分の過去を語り始めた。
魔法が存在していた時点で、俺とは違う世界で生まれたのだろう。
俺は彼の話に耳を傾けた。
「研究をしていると、魔法の根源が人間の体内にあることが分かりました。創造力が豊かな人間の脳内に、累積している未知のエネルギーを発見したんです。私はそれを摘出して、詳しく調べることにしました」
「待って。摘出したって、解剖したの?」
「そうです」
何てこった。
それって俗に言う人体実験じゃないか。
魔法がその賜物だったなんて、知らなかった。
「調べた結果、そのエネルギーを改変し再び体内へ取り込むことで、人知を超えた能力を発揮できることが分かりました。それが魔法の正体です」
「それじゃあ、俺は今まで他人の一部を体に取り込んでいたってことか?」
創始者は静かに頷いた。
急に体がむず痒く感じる。
今の俺の体は、他人の何かを含んでいるんだ。
「更に研究を進めると、魔法には通常のものと強大なものの二種類があることを突き止めました。そして強大な魔法を使うと、想像もつかないことができてしまうのです」
「想像もつかないこと……?」
「先ほど私は、この世界を創ったと言いました。それが一つの例です」
それじゃあこの世界は、強大な魔法を使って創られたってことか。
魔法が凄いものだとは知っていたが、まさかそれ程とは。
「しかし、強大すぎるが故に副作用が伴いました。世界が球体の壁で覆われてしまったのです。そのせいで、私はこの世界から出ることができなくなりました」
「それって、かなりまずいんじゃないのか?」
「はい。ですが希望はありました。それについては後ほど話します」
希望……何だろう?
確かガブリエルも同じ言葉を使っていたな。
同様のものを示しているのだろうか?
「他にはどんなことができるんだ?」
「私が最も利用したのは、可視化の魔法です」
「可視化の魔法?」
普段は使うことがない単語が出てきて、理解が遅れた。
どんな魔法なんだろう?
「簡単に言うと、見えないものを見えるようにして、触れることもできるようにする魔法です。これを使えば生命体の力量や想像、魂も視認することができます」
「魂も!?」
「はい。魂は普通、命が途絶えると世界をさまよい、無作為に何かへ宿ります。しかしこの魔法を使えば、魂を捕まえて故意に宿らせることができるのです」
そんなこと、人間がしてもいいことなのか?
やっていることはまるで、神様だ。
「先ほどの話に戻りますが、私が希望を見出だせたのは可視化の魔法で魂を見つけることができたからです。そして私は大きな発見をしました。魂は物体を透過できるのです」
「球体の壁を通り抜けて、この世界に入ってきたということか?」
「はい。星の中に閉じ込められて、一生の孤独を確信し絶望していた私は、この世界に漂ってくる魂に救われました」
何となく想像はつく。
この世界に独りぼっちでいたところに突然、温もりが近づいてきたんだ。
それらの魂はまさに救世主だろう。
「すぐに私は想像を可視化し、具現化したそれを持ち出すことで試作の星を創り出し、魂が宿れる人間の器を用意しました。そこへ魂を運びしばらくすると、その人間が目を覚まし動き出したのです」
俺は呆然とした。
そんなこと本当にあり得るのか?
魔法の力を使えば、そんな神みたいなことができてしまうのか?
これじゃあ本当に、彼は創造神じゃないか。
ガブリエルが神と呼んでいたことを思い出し、体が震える。
「私は星を創り、漂ってきた魂を器に宿すという使命に務めました。気づけばこの世界には、新たな社会が形成されていました。星民はそれぞれの星で多様な生活を送り、その全てを創り出した私は、創始者と呼ばれるようになりました」
創始者……。
その名の通り、この世界は彼から始まったと言って間違いはない。
貴重な経験を得たこの場所は、彼が創ったんだ。
旅の途中にあった姫路城は、俺の記憶を可視化することで創り出したのだろう。
俺の顔が若返っていた理由も、それで辻褄が合う。
大切な仲間たちに出会えたから感謝をするべきだと思うが、何かが引っかかる。
何だろう、この違和感は?