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郷愁の窓

「すっげえ!! これが姫路城か!!」


 初めて姫路城を見たのは、俺が七歳になる誕生日の朝だった。

 父に「兵庫に生まれたからには、一度は見ておいたほうがいい」と言われて、連れられていったのだ。


 遠くからでも分かるその存在感は、俺の子供心を大胆にくすぐった。

 両親にとっては何度も見た景色ではあるだろうが、それでも感慨深いものがあるだろう。

 俺は母と父を急かすと、足早で姫路城へ向かった。


「でっけえ!! さすが姫路城だ!!」


 城の側まで来ると、その大きさと迫力に興奮する。

 辺りには人だかりができていて、入り口には行列が並んでいた。

 それを見て、姫路城の人気の高さを実感することができる。


 早く城内へ入りたかったが、その気持ちを堪えて最後尾に並ぶことにする。

 待っている間も落ち着きがなく、親に何回か注意された。

 順番が回ってくると、俺は一目散に城内へ入った。


 中は今までに見たことがない内装になっていて、俺の好奇心は高ぶる。

 満足するまで、とにかく隅々を見て回った。


 俺の足が鈍くなってきたことを知ると、父がある場所へと案内してくれる。

 階段を上っていき最上階に着くと、目立つ場所に看板が置かれていた。


「幻の窓、開放?」

「ああ。姫路城には付ける予定の窓があったんだけど、その痕跡だけを残して壁に変更されたんだ」


 それが今は期間限定で、幻の窓を再現して公開しているらしい。

 窓は部屋の四隅にある。


 父はその中の一つへと俺を導いた。

 俺はそこへ行き、幻の窓から外の景色を覗く。


 するとそこには、家族で暮らしている姫路市が広がっていた。

 その景色を見たのは初めてで、俺の心は初めて姫路城を見た時ぐらい踊っていた。


 手前には和と自然が調和した城外、そして奥には栄えた街とその間を通る大手前通りが姫路市を彩っている。

 俺はこの時に初めて、自分が生まれた場所の魅力を実感したんだ。


「いい景色ね」

「ああ。今しか見れないなんて、もったいないよ」

「そっか。かーちゃんととーちゃんも初めて見るんだよね」


 風情があるこの景色を眺めていると、自然とこんな思いが湧き上がってきた。


「誕生日プレゼントって、この景色?」

「いやいや! ちゃんと別の物を用意してあるよ。プレゼント欲しいだろ?」

「うん! でも、これだけでも満足しちゃったかな」


 そう言うと、二人は笑ってくれた。


「こうちゃんはこの景色の良さが分かるのね。あなたより大人じゃない?」

「おいおい! ……でも、そうかもなあ。俺が子供の頃はこんなもの見るより、おもちゃを貰うほうが嬉しかったよ。最近の子って、大人になるのが早いのかもな」


 父の言葉を聞くと、母は悲しげな顔をした。

 意味が分からず、俺はその理由を聞く。

 すると母はこう答えた。


「こうちゃんが大人になった時のことを考えたら、寂しくなっちゃったのよ。ついさっきまでこんなにちっちゃかったのに、気づいたらこんなにおおきくなって」


 母は両手を赤ちゃんが収まるぐらいに広げた後に、俺の頭の上に手のひらを乗せて撫でた。


「嫌な訳じゃないのよ。こうちゃんにはどんどん育っていって欲しいの。ただお母さんにとっては、それがいいことだけじゃないの」


 そう言って窓の外を眺める。

 その瞳が微かに揺れていることに、俺は気づいた。


「こうちゃんは大人になったら、いずれお母さんの元から離れていくでしょ? もしかしたら、ここから見える場所にはいないのかもしれないわ。それがお母さんにとっては、とても寂しいの……」


 今にも泣き出しそうな母の顔を見て、俺は黙っていられなかった。


「離れないよ!! 俺、かーちゃんとずっと一緒にいる!! 大人になんて、なれなくてもいいよ!!」

「……ありがとう。でも、そうはいかないわ。こうちゃんはちゃんと大人になって、一人で生きていけるようにならないと。じゃないと彼女もできないわよ?」


 母は微笑んでそう茶化す。

 俺にはそれが、母の精一杯の強がりのように見えて悲しかった。

 だから元気づけるために、俺は実現不可能なことを口にしてしまう。


「俺が大人になっても、かーちゃんに寂しい思いをさせない方法を考えるよ!」


 そう言って俺は一生懸命に考えた。

 しかし、幼い頭ではその答えは当然でてこない。


 いくら考えても答えが出ずに焦っていると突然、温かみが俺の体を包み込んだ。

 そしてすぐに、それは母が俺を抱き締めてくれたからだと分かった。

 横目に母の顔を見ると、瞳から一粒の涙が流れていた。



 ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢



「母さんと父さんに会いたい……」


 気づけば俺も涙をこぼしていた。

 家族に会いたいという想いで心が一杯になり、ただ泣くことしかできない。

 今まではこんな気持ちにならなかったのに、どうして今更……。


 母の泣く顔を思い出した瞬間に、里心が溢れて自制が効かなくなってしまったんだ。

 どうすればいい?

 この感情……。


 再び時の動きを感じ、フォトフレームが流れ始める。

 そこには他の家族写真や、高校時代に仲が良かった友達の写真、みんなで勉強している写真などが流れていた。

 それらは全て、大学に入り転落する前の写真だ。


 あの頃の俺の人生は幸せだった。

 優しい人たちに囲まれて、好きなことを楽しんで、何の不安もなくて。

 何気ない日常は丸く柔らかいもので、そうであることにその時は気づかなかった。


 しかし今ではそれが理解できて、そして理解できるようになったからこそ取り戻すことが難しくなってしまった。

 なぜなら理解できるということは、大人になった証拠だからだ。

 大人になると過去や未来を客観視できるようになり、今を本気で楽しむことが難しくなる。

 それは紛れもない事実で、俺はそれを知ってしまった。


 何も知らないほうが、気楽で幸せに生きていけるのだろうか?

 どうであれ、もう過去に戻ることはできない。

 目の前で流れている幸せだった頃には、もう戻れないんだ。


 そう思うと疎遠になった友達も、みんなで集まって遊んだ思い出も、どうしようもなく恋しくなって、また涙が落ちる。

 たがが外れた俺の瞳は、ひたすら雫を流す。

 やり場のない感情を全てはき出すために、枯れるまで泣き続ける。

 自分の体を、自分で抱きながら。



 ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢



 俺は感情を全てはき出し、流れ出る涙も収まった。

 フォトフレームはなくなっていて、元の寂しい空間へと戻っている。

 にゃてんは俺が感情を爆発させるさまを、ずっと静かに見守ってくれていた。


「ごめん、にゃてん。恥ずかしい姿を見せてしまったね」

「別に。むしろ泣いてくれて嬉しかったよ。うちは故郷を大切にする人は大好きだからね」

「気づいたよ。俺は故郷が好きで、恋しいんだ。だから、今すぐにでも帰りたいよ」


 にゃてんは俺の話を聞くと、こちらに近づいて微笑みながら言った。


「それなら管理の星へ行くといい。そこで創始者の話を聞くんだ」

「創始者?」


 俺が知らない口振りをすると、この場の中央にいる人物が答えてくれた。


「この世界をお創りになられた神様のことです」


 それはガブリエルだった。


「お待たせしました幸一様。わたくしがお連れする最後の場所、管理の星へご案内致します」

「最後ってことは、そこに行ったらもうガブリエルとは会うことができなくなるのか……?」

「いいえ。そうではございません。ですが……」


 ガブリエルは悲しそうに俯きながら、ワームホールを作って言った。


「幸一様の選択次第で、そう成り得る可能性はございます……」


 俺の選択次第。

 それは前にも、ガブリエルの口から聞いた言葉だった。


 俺の選択次第で、重大な何かの運命が決まってしまうということなのか?

 そんな大事なこと、俺に選べるのだろうか?

 そもそも俺は、何を選ばなければならないんだ?

 疑問は増えていく一方だった。


「大丈夫。あんたの疑問には全て創始者が答えてくれるよ。だから行きな。真実に向き合うために」

「分かった。行ってくるよ。ありがとう、にゃてん」


 彼女が笑顔で返事を返してくれると、俺はワームホールへ歩いた。

 全ての真実に、立ち向かうために。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついにカストディアンとご対面。 果たしてどんな選択を迫られるのか(;゜Д゜)
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