にゃてんの画廊
「ここは……」
「祈りの星と呼ばれております。この世界の人々が、神に願いを乞う場所です」
そこはとても広く、球状の透明な壁の中部に、足場となる白い大理石の床が一面にあった。
中にはベンチが円形に、輪が広がっていくように幾重にも置かれている。
所々に祈りを捧げている人、頭を悩ませている人、この場の中心を見つめている人などが座っていた。
そして何人かが見つめる中心には、何かが飾られている。
だが、それよりも気になることがあった。
「ここって星の内部だよな? どうして石でできていた星なのに、内側からだと壁が透明に見えるんだ?」
壁の外は真っ白な空間だった。
石が表面を覆っていたら、この光景は見れないだろう。
「それは、魔法がかけられているからです。この世界では至る所に魔法が宿っています。そしてその理由は、後にご理解できると思います」
理由は気になったが、彼がそう言うのなら待てばいいのだろう。
俺はガブリエルと共に中央へと移動する。
そこには、台の上に水晶玉のような物が置かれていた。
その玉の中には綺麗な粒が漂っていて、とても高貴な物に見える。
玉と台の周囲は、透明で頑丈そうな素材のもので覆われていた。
「この周りを覆っているのはダイヤモンドです。その硬質さからこの宝を守るのに相応しく選ばれました。加えてこの中にワームホールが作れないよう、強大な魔法で制限がなされています」
「この玉はそんなに大切な物なのか?」
「この世界に生きる全ての生命にとって、重要かつ脅威のある存在です」
「脅威って……?」
ガブリエルは口をつぐんだ。
これまでにない程、深刻な表情を浮かべている。
緊張感を持ちながら彼の答えを待っていると、安心感のある二人の声が聞こえてきた。
「幸一君! 結愛ちゃん!」
振り返ると、そこには今まで旅をしてきた仲間の姿があった。
「シャルロット! レオ! ここにいたのか!」
「結愛ちゃんの様子はどう? まだ目を覚まさないかしら?」
「そうなんだ。なかなか意識が戻らないから、少し心配になってきた……」
近くのベンチへ行き、そこへ背負っていた結愛を寝かせた。
やはり目を覚ましそうな気配はない。
脈を確認してみると、ちゃんと規則的に打っていた。
待っていれば、目を開けてくれるよな?
「大丈夫よ、結愛ちゃんなら。こう見えて結構、強いところもあるから」
「ああ。そうだな……」
しばらくの間しゃがんで手を握りながら、眠りについている結愛の可愛い顔を眺めていた。
嫌な予感が頭を蝕んでくるが、今は目覚めてくれることを信じよう。
もし不安に駆られた俺の気持ちに彼女が気づいたら、多分おなじことを言ってくれる。
俺は迷いを捨てて、立ち上がった。
「幸一様。もしご用がお済みでしたら、にゃてんのいる星へご案内致します。いかがなさいますか?」
行きたいが、結愛はどうしよう?
俺が困った顔をしていると、レオが頼もしそうに言った。
「行ってこいよ。彼女は俺とシャルロットが見てる。安心しろ」
「いいのか? ……ありがとう、レオ」
俺は二人に結愛を任せると、にゃてんが担当している星を目指した。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
星の内部に着いたが、さっ風景で特に何もなかった。
前の星と同じで透明な球体の壁と白い大理石の足場があるが、それだけだ。
違うのは、少し球体の大きさが小さいことくらいか。
そんな場所にポツンと、人間ではない何者かの姿をしたにゃてんが浮かんでいた。
「ここ、何もないな」
「何もないよ」
彼女は素っ気なく答える。
その後ガブリエルは「失礼致します」と言い、この星から去っていった。
……俺は何のためにここへ来たんだ?
今更になって湧いた、根本的な疑問だった。
「何のためにここへ連れてこられたのか、不思議に思っているようだな」
「その通りだ。説明してくれないか?」
にゃてんは再び人間の姿へ戻ると、俺の瞳を見つめて言った。
「お前、振り返るのは好きか?」
「振り返る……?」
俺は何かあるのかと後ろを見る。
しかし、純白の空間で星が回っているだけで、代わり映えはしなかった。
「いや、その振り返るじゃないから! うちが言ってるのは、過去のことだ」
「過去か。振り返ることはあるけど、良い気分になることはあまりないな。悪いことのほうが多い」
「それは人間の性だ。幸せなことはすぐに忘れて、不幸なことはずっと心に残る」
「確かにな。逆だったら良いのにな……」
にゃてんはそれを聞いて笑みをつくった。
一つ間を置くと、彼女は右手を上げて中指と親指をくっつける。
そして自信あり気に胸を張って言った。
「そう思うなら、丁度いい」
にゃてんがパチンと指を鳴らすと、球体の壁の上部を沿って、横に流れていくたくさんのフォトフレームが現れた。
額縁は俺たちを囲むように配置されていて、横に三行ならんでいる。
その内の真ん中は右回転、上下は左回転で回っていた。
寂しかった内装は一変して、何かが起こりそうな予感がする。
「これは……」
「魔法で作ったフォトフレームだよ。これがこの星のメインディッシュだ」
「でも、写真が入ってないよ。今から撮るの?」
「それもいいけど、写真は過去を写すものだ。まずはこの世界から」
そう言うと、にゃてんは再び指を鳴らした。
すると、フレームに今まで辿ってきた星々の写真が表示される。
過去の写真が巡るこの空間はまるで、思い出アルバムの美術館のようだ。
「ここは記憶の星っていうんだ。うちの魔法で訪ねてきた人の思い出を写真にして、見せてあげるんだ」
「凄いな……。本当に俺たちの写真が並んでる」
余りの懐かしさに、視線を次々と移してしまう。
一枚一枚の写真を見る度に、写っている星の情景が思い出されて、心が郷愁で一杯になった。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。
「色々な星を旅してきたんだね。ドラゴンを倒して、自分の姿を取り戻して。弟を改心の道へ導いて、仲間の裏切りを受け止めて。親たちを代償に子供たちを助けたかと思えば、今度は恋仲の二人を代償に自分の大切な人を助けた」
「守ることができたのはとても嬉しいよ。だけど、代償を背負うのは苦しい。多分この苦痛は、一生つづくんだと思う」
結愛を捕らえたドラゴンと戦う俺に、巨人を倒して俺が自分の姿を取り戻せたことを喜んでいる結愛。
両親との別れを見て涙をこぼすルイに、満月が照らす姫路城でキスをする二人。
砂時計の進行と共に壊れていく世界に、森林に囲まれた道の真ん中で二つの屍を前に絶望する俺。
そういった様々な場面が、写真に写っていた。
「だから俺は、全てを受け入れると決めた。どんなに残酷な現実があろうとも、心を折られて絶望することがあろうとも、俺は受け入れる。負から目を背けない」
俺の決心を聞いて、にゃてんは真剣な顔つきをする。
そしてフィンガースナップの準備をしてから、口を開いた。
「それなら、あの世界とも向き合わないとね」
指を鳴らすと、フォトフレームに別の写真が表示される。
そこには少女が家族との旅行を楽しむ姿や、少年が友達とスポーツに勤しむ姿、若い女性が幼い女の子と会話をして仲を深める姿などが写されていた。
「これは……? 覚えがない写真ばかりだ」
「当然さ。これらはこの世界にいるあんた以外の人の記憶だからね」
「おれ以外の人の記憶……」
知らない人ばかりで、場所にも見覚えはなかった。
しかし何かが引っかかり、写真をじっくりと見てみる。
するとその中に、俺のよく見知った人物がいることに気づいた。
「これシャルロットにレオ、それに結愛だ! 顔がちょっと違うから最初は気づかなかったけど、間違いない。どうして見た目が少し違うんだ? 結愛に関しては少し大人びているように見える」
「それは彼らの元の世界での記憶だからだ。この世界に来ると顔立ちや年齢が少し変わるんだ。驚いただろ? あんたもその辺、元の世界にいた時とはちょっと違うんだ。鏡でも見ないと分からないけどね」
「マジかよ……」
思わずガラスの壁に近づいて、自分の顔をまじまじと見てしまった。
確かに少し違うな。
俺、可愛くなってる?
「うちに比べたら全然だよ。自惚れないことだな」
「いや、俺がどう思おうと勝手だろ!」
ガラスに映った自分を見ながら怒っていると、不意に指を鳴らす音が聞こえた。
「おいおい、写真を変えるなら言ってからにして……えっ」
正面に流れている写真を見て、時が止まったように思えた。
写っているのはごく普通の光景だが、遠い昔のことのようにすっかり忘れていた。
いつから忘れていたのかも覚えていない。
……いや、思い出さないようにしていたのかもしれない。
本当は一番大切で、いつも一緒にいたい存在だったはずなのに。
「母さん、父さん……」
その写真は、家族写真だった。
俺が小さい頃に、顔の高さが合うように両親が屈んで、二人で俺の両肩に手を乗せて笑顔で撮った写真だ。
撮った場所は姫路城が見える公園で、確か今もこの写真は実家のリビングに飾られている。
何度も目にした写真だ。
それをこの世界で見ることになるとは、想像もしていなかった。
そしてこの瞬間、俺の頭の中にある思い出が湧き上がってくる。
それは俺が初めて姫路城を見た時の思い出だ。