一生の約束
中央広場へ着くと、老女が砂時計を見上げながら慌てふためいていた。
「大丈夫か、お婆さん!」
「大丈夫じゃないよ!! 緊急事態だよこれは!!」
その慌てぶりから、ただならないことが起きていると分かった。
楽しそうに遊んでいる子供たちとは裏腹に、俺と結愛には緊張が走る。
「落ち着いて! この砂時計のことを言ってるんだよね? これがあるとどうなるの?」
「それは……」
老女が続きを話そうとした時、微動だにしなかった砂時計がまるで縛っていた紐を解いたかのように揺れ始めた。
それを中央広場にいるみんなが何事かと眺めていると、砂時計は空気を揺るがすような重低音を立てながらゆっくりと反転する。
すると容器の中にある砂は静かに落ち始めた。
「始まってしまった……」
「お婆さん!! 何が始まっ……」
老女に聞かなくとも、俺は何が始まってしまったのかを理解できた。
いや、俺だけじゃない。
この場にいた全員が目の当たりにしてしまった。
遠くに見えるスイーツの山々が、瓦礫と化して散り壊れていく光景を。
「壊れていく……スイーツの山が……」
山々は見る見る内に割れて破片となり、天空へと浮かび上がっていく。
周りを見渡すと、どこもかしこもスイーツの瓦礫が飛び交っている。
そしてこの星がなくなっていく。
現実なのか?
目の前に広がっているこの現象は……。
俺たちはこの絵に描いたような絶望を、呆然と眺めていた。
彼女一人を除いては。
「幸一さん!! しっかりして下さい!!」
結愛にそう言われながら体を揺すられると、消えゆく景色に奪われていた視線を取り戻すことができた。
そうだ、呆然と思考停止していても仕方がない。
俺はこの状況を打破する方法を必死で考える。
その姿を見て結愛はどこかへ走り始めた。
「どこへ行くんだ?」
「子供と動物たちを中央広場へ連れてきます」
「危険だ。ここを離れないほうがいい」
引き止めようとすると、結愛は笑顔で答えた。
「ありがとうございます。私のことを気遣ってくれて。でも、守りたいんです。守られたことしかないから、今度は私が守ってあげたいんです」
そう言うと彼女は、恐れる素振りも見せずに行ってしまった。
結愛、君はいつの間にそんな勇敢になったんだよ……?
彼女の知らない一面を見て不安になってしまったが、今はそれどころではない。
あの無慈悲な砂時計をどうにかしなければ。
「お婆さん。どうすればこの事態を止められるか知らないのか?」
「終わりだよ。後はこの星が消えてなくなるのを待つだけさ」
「お婆さん!! 諦めないでくれよ!!」
……駄目だ。
いくら聞いても絶望的であることしか話してくれない。
つまり俺一人で模索するしかないってことだ。
そうと分かれば、すぐに俺にできることを試したほうがいい。
俺はまず跳躍の魔法を使い跳んで、砂時計のフレーム下部へ体当たりをした。
反転させることができるかと思ったが、ビクともしない。
今度は容器のくびれ、オリフィスに目がけて跳び剣の一撃を食らわせてやった。
しかし断ち斬るどころか、ヒビを入れることすらできない。
他にも容器を多面から叩いたり、勢いよく突いたりしてみたが解決の糸口は見つからなかった。
そしてこれ以上アイデアは思いつかない。
絶体絶命だ。
「幸一さん。子供と動物たちを連れてきました!!」
結愛がぞろぞろと小さな子たちを引き連れて帰ってきた。
だが今の俺には、彼女の手柄を褒める余裕などない。
試したいことはやり尽くし、希望はないことが分かったからだ。
後はそれを、結愛に伝えるだけだった。
「結愛。せっかくみんなを集めてくれたのに申し訳ない。この脅威を、俺にはどうすることも……」
「待っていろ結愛!」
結愛は俺に背中を向けながら、大きな声で話を遮る。
そして笑顔でこちらに振り向くと、自信あり気に胸を張ってこう言った。
「いま俺が守ってやる」
それは聞き覚え……いや、想い覚えのある言葉だった。
「どうしてそれを……」
結愛の笑顔は優しいものへと変わって、優しい声で答えてくれた。
「幸一さん、私が危険な目に遭うたびにそう心の中で想ってくれていたんですよね。それに私が気づかないと思いましたか? 残念、幸一さんの胸の内は何でもお見通しなんです」
結愛は淑やかにこちらへ歩いてきて、目の前に立ち止まる。
そして顔を俺の胸にうずめて、抱きつきながら言った。
「私を、守って下さい」
その言葉を聞いて、俺は自分のすべきことを思い出す。
それは凄く単純で、何度も想っていたことのはずなのに忘れていた。
でも、もう忘れることはない。
なぜならその想いは、一生なくなることのない結愛との約束になったからだ。
俺は結愛を抱き締めて、いつまでも守っていくことを誓った。