行方不明の想い
「また二人っきりになっちゃいましたね」
そうだ、近代的な星にいた頃は四人で賑やかだったのに、最初の頃のように結愛と俺だけになってしまった。
それにシャルロットとはまた会えるが、レオとまた再会できるとは限らない。
不安要素はまだ残っているのだ。
「嫌ですか?」
結愛の自信なさそうな声が、俺の耳に入ってきた。
「えっ? 何がだ?」
「私と二人っきりになるの」
「嫌な訳ないだろ。何言ってるんだよ」
俺は馬鹿なこと聞くなよ、という意味を込めた笑い声を上げた。
だけどその笑いに結愛は乗ってくれない。
顔は見ていないが、彼女はいま寂しげにしているような気がする。
でも俺はそんな彼女に、どんな言葉をかければいいのか思いつかなかった。
遡れば、俺は結愛に対して守ろうとしか思ったことがない。
しかし彼女が自分に求めていることって、守ることなのだろうか?
そもそも俺は、結愛のことを守りたいとしか思っていないのか?
今の俺には、何も分からなかった。
ワームホール内に広がる綺麗な景色が、何だか虚しく感じる。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
「何ここ!! メッチャ可愛い!!」
目的地へ着くなり、結愛は目を輝かせて歓喜の声を上げた。
「さっきまでの悲愴感はどこへ行ったんだ……」
俺の気遣いは虚しく、彼女の興奮で儚く消え去った。
ガブリエルは結愛の喜びっぷりを見て、嬉しそうに微笑んでいる。
それを十分に堪能し終えると、すぐにワームホールの中へと消えていった。
レオのことを捜しに行ってくれたのだろう。
俺は見つかることを信じながら、この何もかもが可愛い星を調査することにした。
♢ ♢ ♢ かわいい星 ♢ ♢ ♢
地面は巨大なホールケーキで作られていて、遠くには山と見間違える程に大きなロールケーキやシュークリームなどのスイーツが点在している。
家も何軒か建っていて、それらは全てお菓子で造られていた。
素材が硬いからか靴底にケーキの生クリームが付くことはないが、この香りはまさに洋菓子そのもの。
可愛さの決め手は自由気ままに歩いている子猫に、ケーキの上を元気に走り回る子犬、そしてそれを追いかけて無邪気に遊んでいる子供たちだ。
ピンク色の奇妙な空の下で、めんこい子たちが幸せそうに過ごしていた。
「素晴らしい所ですね! まさに理想郷って感じです。一生ここで暮らしていたい!」
「まあ平和そうであるのは確かだな。敵もお菓子のモンスターぐらいしか出てこなさそうだし」
俺は遠くにそびえ立つスイーツの山々を眺めながらそう茶化した。
「幸一さん、テンションが下がっていませんか? こんなに楽しい所なのに」
「スイーツは美味そうだし犬も好きなんだけど、俺の趣味からは少し離れているからな」
思い返してみれば、今まで辿ってきた星々は俺好みのものが多かった。
巨人のいる城や近代的な都市は、見ているだけで気持ちがワクワクする。
しかし今回の場所は、どちらかといえば可愛い系の場所だ。
だから結愛にとっては天国かもしれないが、俺には少し退屈だった。
「ちょっと子供たちと遊んできてもいいですか?」
「聞く必要なんてないよ。心ゆくまで遊んでこい」
結愛は「やったー!」と喜びを表現すると、賑やかな場所へと走っていった。
子供たちに混じって追いかけっこをしたり、女の子とお喋りをしたり、大人しい子と近くにあったイチゴをつまみ食いしたりしている。
こうやって見ると、結愛はまるでお母さんのようだ。
もし彼女が母親になったら、こんな感じで自分の子供と仲良くしてあげるんだろうな。
その時、以前の結愛は俺に何を求めているのかという問いの答えが頭を過った。
しかしそれはあまりに突拍子もなく、先を急ぎ過ぎたものだったので忘れることにする。
何を考えているんだ、俺は……。
「どうしたんですか? 頬が赤くなっていますよ?」
いきなり結愛が顔を覗いてきたので、驚いて後退りしてしまった。
俺の反応を見て、結愛が笑い声を上げている。
まったく、油断も隙もないな。
「おやおや。ここらじゃ見かけない頼もしい顔だね」
横から話しかけてくる女性の声が聞こえる。
声のほうを向いてみると、ここでは珍しい老女の姿があった。
「初めまして。今さっきこの星へ来たんだ」
「そうだったのかい。そちらのべっぴんさんは恋人さんだね?」
「ち、違います!! 私はただの友達です!」
焦って結愛が、老女の勘違いを訂正した。
「どうした結愛? 顔が赤くなってるぞ〜」
「うるさい!!」
そんな俺たちのやりとりを見て、老女は声高に笑っている。
その笑い方がもうカップルじゃないかと言わんばかりで、俺まで照れくさくなってしまった。
「あんたらはこの世界を旅行しているのかい?」
「うん、そんな感じ。色んな星があって楽しい世界だよね」
「中には物騒な場所もあるけどね。前にいた星だとモンスターがうようよいてね。巨人とかいう化け物もいたらしいよ。噂だと英雄が倒したんだとか」
それを聞いて、結愛は思わず真実を発した。
「それ幸一さんのことですよ!」
「おい、結愛……」
「それ本当かい? あんたが英雄なのかい?」
「いや、英雄だなんて大袈裟だよ。それにあれはレオの協力と結愛の鋭い洞察力のおかげで倒すことができたんだ」
俺は照れ隠しにそう答えた。
すると老女は、俺のほうを向いて前のめりになりながら聞いてくる。
「もしかして、あんたこの世界の命運を握る者だったりするかい?」
「え、ええ。まあ」
俺は老女の気迫に押されて思わず教えてしまった。
まあ悪そうな人ではないし、大丈夫だろう。
「つい喋っちゃったけど、このことは秘密にしてよ。あまり知られたくないんだ」
「分かってるよ。それより英雄さん! あんたにこの世界のことは頼んだよ。あたしからはこんなことしかできないけど」
そう言うと老女は、持っているバッグの中から石を取り出す。
そしてそれを俺の手に握らせた。
「あんたこれの使い方はもう知ってるかい?」
「これって、魔法の石だよね? 一度だけ使ったことがあるよ」
「それなら説明はいらないね。さあ、使って見せておくれ」
俺は前に会ったお爺さんの説明を思い出しながら、順を追って儀式を行った。
右腕を光が包み終えると、魔法を習得できたことが分かる。
「終わったね。今あんたが習得したのは、創造の魔法っていうんだ。中々なものなんだから、ありがたく思うんだよ」
老女は笑みを浮かべながら言った。
俺は素直に感謝を伝えたが、なぜそんな凄いものをくれたのだろう?
称号を持っているからだろうか。
「この魔法って何ができるの?」
「それは説明するより、実際に使ってみたほうが早いね。何か物を思い浮かべながら、その魔法を使ってごらん。右手はひらを上にして胸の前に出しておいてね」
俺は言われた通りにある物を頭に描いて、右手を差し出した。
そして魔法を使うと、何かが手のひらに浮かんでくる。
それは次第に上がってきて何なのか想像がつくようになり、結愛の顔が青ざめてくるのが分かった。
全て出きって全貌があらわになると、結愛は悲鳴を上げながら動物の群れへと消えていった。
「あんたも趣味が悪いね。蜘蛛を作り出すなんて」
「タランチュラってカッコいいじゃん。何であんなに嫌がるんだ?」
俺は手のひらでジッとしている小さなモンスターを見ながらそう思った。
あれ、良く見ると動かないんじゃなくて……。
「ああ、言い忘れていたけどあくまで物体を作れるだけだからね。生命はもちろん、変化する物や化学的な現象は再現できないよ。その子は剥製みたいなもんだね。後、でかい物は作るんじゃないよ。あんたの魔力じゃ、体力を消耗してどうなるか分かったもんじゃないからね」
「そうなんだ。それじゃあこれは子供たちにあげてくるか」
俺がプレゼントしようとすると、老女はそれを引き止めた。
「別の物にしたほうがいいんじゃないかい?」
俺にはその理由が分からなかった。




