レオの安否
結愛と一緒に姫路市の夜景を眺めていると、視界へシャルロットが飛んで戻ってきた。
屋根へと着地して俯きながらこちらへ歩いてくる。
その表情から察するに、良い報告ではないようだ。
俺は覚悟を決めて彼女が話してくれるのを待った。
シャルロットは俺たちの前まで来ると、顔を上げて重たい口を開く。
「レオ、いなかったわ……」
いなかっただと?
俺はてっきり、彼の命に関わるような最悪の事態が起こってしまったのかと思っていた。
「それは心配だけど、裏を返せばレオはまだ生きているかもしれないってことだ。まだ悲観するのは早い」
「そうですね。生きていて、どこかへ行ってしまっただけかもしれないです」
「そうね……」
シャルロットはかなり落ち込んでいた。
たぶん彼が城から落ちて行方不明になったのは、自分のせいだと思っているのだろう。
だから俺は今回の件が悪いことばかりではないことを、彼女へ伝えることにした。
結愛の膝から頭を離して、その場に歌膝の姿勢で座る。
「シャルロット。もしかして自分を責めているのか?」
「……私が勝手にキスをしてしまったから、レオの調子がおかしくなってしまったの。落ちたのも、いなくなってしまったのも、全て私の責任よ」
そう言うとシャルロットは屋根の端へ向かって、足をふちの外へ出し座る。
彼女の背中は、彼への罪悪感と謝罪でまみれていた。
俺はそれを少しでも拭き取ってあげたかったから言う。
「君は物事の悪い面しか見ていないよ。レオには悪いけど、こうなったおかげで俺たちは助かったし、レオのことも必要以上に傷つけずに済んだ。何より、君の本当の気持ちを伝えることができたじゃないか。こう考えると悪い結末だと言いきれないだろう?」
「……そうね。ありがとう」
シャルロットはこちらを向いて感謝を口にすると、悲しみが残る笑顔を見せた。
少しは背中の重荷を下ろすことができただろうか?
「あなたって良い人ね。彼女が惚れるのも分かるわ。彼のこと、大切にしなさいよ」
「わ、私は別に惚れてなんかいません!! この人が甘えん坊だから、仕方なく膝枕をしてあげただけです!!」
「はあ!? さっき怪我人は大人しくしろって、自分から寝かせてきたんじゃないか!! 気持ちは嬉しいけど、嘘はつくな!!」
俺が反論すると、結愛も食ってかかってきた。
こういう展開、前にもあったような……。
シャルロット、お前が撒いた種なんだから微笑ましそうに笑みを浮かべるのは止めて、この状況をどうにかしろ!!
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
すっかり朝になってしまった。
結愛と言い合いになった後、俺たちは疲れが限界を突破してしまい、そのまま屋根の上で熟睡してしまったのだ。
結愛が最初に起きて、俺とシャルロットのことを起こした。
外は明るくなっていてレオを捜しやすくなっていたから、再び城内と敷地内を歩き回ってみたが、見つけることはできなかった。
一体どこへ行ってしまったんだ、レオ。
一通り捜索したら中断して、俺たちは大手門をくぐって桜門橋を渡り始めた。
途中でシャルロットは橋の高欄へと近づき、内堀の水面を眺めながら呟く。
「これから、どうすればいいのかしら……」
俺と結愛はそう独り言を言う彼女を、後ろから静かに見守っていた。
レオの居場所が分からない以上、捜し続けても見つけることは困難だろう。
でもそんなことは彼女も分かっているだろうから、口にはしなかった。
みんなでレオのことを思っていると、後ろから聞き覚えのある音が聞こえてくる。
振り返るとそこにはワームホールがあり、その前にはガブリエルが立っていた。
「おはようございます。幸一様。次の星へ旅立つ準備が整いました。いつでもお声がけ下さい」
「おはよう。ガブリエル。来てくれたのにすぐ質問で悪いんだけど、レオがどこにいるかって分からない? はぐれちゃったんだ」
「幸一様とご一緒に行動されていた男性の方のことでしょうか? わたくしにもその方の所在は分かりかねます。ご期待に沿えなくて申し訳ございません」
ガブリエルはそう言い終えると、俺たちに対して深く頭を下げた。
「いや、止めてよ謝るなんて。知らなくて当然のことなんだから。ただガブリエルなら何か突き止める手段を持ってるんじゃないかと思って聞いてみただけだよ」
「そういうことでしたら一つアイデアがございます。皆様を次の星へお連れした後、わたくしが捜索するのはどうでしょう? その方が移動の魔法を持っていなければ、依然としてこの星のどこかにいるはずですから」
まさかガブリエルが直々に捜索を申し出るとは思わなかった。
星間の移動を助けてもらっている身なのに、こんなことまで頼んでいいのだろうか?
「多分その魔法は持っていないと思うけど、本当にいいの? こんなことまで頼んじゃって」
「わたくしは幸一様に仕えるために存在しています。どうかお気になさらず何なりとお申しつけ下さい」
「そう言ってくれるのなら言葉に甘えようかな。レオは大切な仲間なんだ。頼んだよ、ガブリエル」
ガブリエルは「お任せ下さい」と言って、ニッコリと笑顔を見せてくれた。
俺は彼に感謝の気持ちを伝えて手を差し出し、握手を交わす。
「あっ。お姉さんもここに残ってレオを捜すことにするわ」
「え!? それじゃあここでお別れってことですか……?」
結愛は心底、悲しそうな顔をした。
「いやいや、もう二度と会えない訳じゃないわよ! ちゃんと見つけたらあなたたちの元へレオと一緒に向かうつもりよ。だからその今にも泣き出しそうな顔やめて!」
結愛は「絶対ですよ」と言いながら、目に浮かんだ涙を袖で拭き取った。
それを見てシャルロットはホッとした様子だ。
「気をつけろよ。レオはまだ狼男のままだと思う。もしそうだったら、また襲われるかもしれないぞ」
「それなんだけどね。お姉さんの予想だと多分、大丈夫だと思うのよ」
「え? なぜそう思うんだ?」
シャルロットはしたり顔で笑みを浮かべると、一切の不安を見せずに答えた。
「彼にキスをした時に気づいたの。彼、左目の周辺だけ人間の姿のままだったのよ。つまり、完全なモンスターになった訳じゃないってこと!」
それは驚きだ。
俺は狼男に変貌した後もレオとは相見えていたが気づかなかった。
シャルロットの話が本当なら、レオが正気を取り戻す可能性が残っている訳だ。
嬉しい誤算だった。
「良かったですね、幸一さん! 元の姿のレオさんと再会できるかもしれませんよ!」
「ああ。みんなで信じよう。元に戻ったレオが見つかることを」
俺の言葉を、三人で約束した。
そして俺と結愛はシャルロットに「また後で」と別れの挨拶をして、次なる星へと向かう。




