異世界か故郷か
「どうしてこの世界にこの城があるんだ……?」
「これって姫路城ですよね? どうしてここに……?」
「姫路城? あなたたちの元いた世界にあった建物なの?」
俺と結愛は驚愕していたが、シャルロットとレオは特に反応を見せなかった。
彼女が姫路城を知らないのは、日本に住んでいないからかもしれないな。
「日本には姫路城っていう有名な城があるんだ。観光名所にもなっているんだよ」
「日本って何……? 星の名前だとしたら聞いたことがないわ。たくさんありすぎて覚えていないだけかしらね?」
日本のことを知らないのか。
俺はてっきり日本はメジャーな国かと思っていたのだが、知らない人もいるんだな。
「星じゃなくて国だよ。日本って国もあって、俺はそこに住んでいたんだ」
「国? それって星みたいなものかしら? お姉さんにもまだ知らないことがあるのね」
「国を知らないの?」
「ええ。初めて聞いたわ」
俺は今になって、シャルロットと話が噛み合っていないことに気がついた。
彼女は姫路城や日本のことをただ単に知らないだけではない。
そもそも彼女の元いた世界に、それらの概念がない様子だ。
「シャルロット。君が元々住んでいた世界って、どんな場所だったんだ?」
「コンピューターで溢れた世界だったわ。みんなゴーグルとヘッドホンを着けて、頭に怪しいコードを繋げて、手に何かを握ったままで寝たきり状態。外に出て活動する人はほとんどいないから正直、退屈な世界だったわ」
何ということだ……。
シャルロットのいた世界は、俺と結愛のいた世界とは別の場所だったのか。
ということは何だ?
世界というのは俺のいた場所だけではなく、他にもたくさんあるということなのか?
そしてこの世界は、その内の一つということなのか?
……いや、考えるのは止めよう。
考えたって分かるはずがないじゃないか。
それよりも今はレオのことを気にするべきだ。
レオは今どうしているんだ……ってあれ?
彼は今どこにいるんだ?
「幸一さん! レオさんが見当たりません……」
俺と同時に、結愛がレオの不在に気がつく。
心配になった俺たちは急いで彼を捜すことにした。
レオ、お前は一体、何を考えているんだ?
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
俺は姫路城へ向かいながら、同時に故郷のことを思い出していた。
兵庫に住んでいた身からすると、思うことがただの立派な城だけではないからだ。
家族で来て周りを歩き回ったり、和船に乗船して風情を味わったりしていた。
友達と遊びに来て、城内を探検ごっこをすることもあった。
時には夜中に一人で来て、照明に照らされた白鷺を眺めながら想いに耽た。
この城はひきこもりの俺にとって唯一、思い出のたくさん残っている場所だ。
だからこの情景をこの世界で目にした時は、驚きと郷愁が併せて胸を彩っていた。
本物の姫路城がある世界は、今も変わらずに存在し続けているのだろうか?
家族は今どうしているのだろうか?
俺が死んだことに気づいてくれた人はいるのだろうか?
色々なことが頭を駆け巡る途中で、不確定な思いが俺の中に一つあることに気づいた。
俺はこのままこの世界に留まりたいと思っているのだろうか?
それとも故郷に帰りたいと思っているのだろうか?
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
俺は一体、どう思っているのだろう?
……駄目だ。
考えるのは止めようってさっき決めたじゃないか。
今はレオを捜そう。
それに専念するんだ。
決心しながら俺は、城内へ入るために三の丸から大天守へと向かった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
「なぜここだと思ったのかしら?」
「直感だよ」
俺たちは大天守の入り口へと辿り着いた。
すっかり日は沈み、辺りを闇が呑み込んでいる。
今レオを捜し出すのは困難だろう。
しかし理由がある訳ではないのだが、レオはこの大天守のどこかにいる気がしていた。
だからここへ真っ先に来たのだ。
「入るぞ」
そう言って入ったはいいものの、中は真っ暗で何も見えない。
「威勢がいいのは構わないけど、これでどうやって捜すつもりよ?」
「それは……」
「お姉さんが魔法少女で良かったわね」
シャルロットが胸の前で右手のひらを上へ向けると、そこから光る球体が出現して俺たちの周囲を浮遊し始めた。
これなら暗くてもレオを捜すことができる。
俺は彼女に感謝を伝えた後、再び進み始めた。
姫路城の中は木造で、木でできた階段や太い柱が特徴的だ。
階層は地下一階と地上六階の七層になっていて、それぞれの階に特徴がある。
俺たちは地階から順に、上の階へと上っていくことにした。
武者隠しの中や石打棚の上といった隠れやすい場所にも目を通してみたがレオはいない。
最上階へ着いたが、そこにも姿はなかった。
あったのは長壁神社だけだ。
「どこにもいませんでしたね……」
「城外の敷地もあるからね。根気よく捜すしかないわよ」
結愛とシャルロットは城外へ捜しに階段を下りていった。
俺は一息つくために、窓から姫路市の夜景を眺める。
本物の姫路城は夜中に入場することはできないから、初めての景色だった。
だから今頃になって気づく。
俺の住んでいた場所ってこんなにも綺麗だったのか。
そのことを死んでから知るなんて皮肉な話だ。
今後に見れるか分からないこの景色を目に焼き付けるために、俺はしばらくの間ここで眺め続けた。
その途中で上方から擦れるような金属音が微かに聞こえたことを、俺は見逃さない。
何の音かを確認するために、俺は窓を開けて屋根の上に乗った。
見上げてみるが、ここからではよく見えない。
俺は跳躍の魔法を使い、天辺の屋根へと飛び移る。
降り立ち顔を上げると、そこには佇み遠くを見つめるレオの姿があった。
「ここにいたのか。レオ」
「……」
俺はレオの隣へ足を進めて、同じ景色を瞳に映す。
そして彼が口を開くのを待つために、俺は寄り添うだけで話しかけることはしない。
しかし俺が思った程にだんまりを決め込んでいる訳ではなかった。
少し経つと、レオは静寂を破って語る。
「さっきの話には続きがある」
さっきの話って、レオの過去の話のことか。
続きって一体なんだろう?
「努力が報われず認めてもらうことができなかった俺は諦めかけていた。酷く落ち込んでいた時は、身に付けた力や技術を良くないことに使おうとしたこともあった。俺は壊れかけていたんだ」
レオは依然として目を逸らさずに、目の前に広がる景色を見続けている。
「そんな中、俺のところへある噂が流れてきた。それはこの世界の命運を握る者という称号に関する話だ。噂によればその称号を持つことができれば、みんなに称賛され羨望の眼差しが手に入るらしい。俺はこのことについて詳しく知るために、たくさんの人に訪ねて話を聞いた。その過程で、ある哲学者に出会った」
哲学者ってシャルロットのことか?
まさかな……。
もしそうなら前の星で出会った時に気づいていただろう。
「その者の話で重要なことが分かった。命運を握る者にこの世界に来た時点で選ばれていなければ、その後チャンスは二度とこない。ただしその称号を持つ者を見つけて命を奪うことができれば、同時に称号も奪うことができると」
全身に緊張が走った。
思考が停止して、動くことができない。
呼吸すらも止まっている気がする。
俺はただ、レオの昔話という名の宣戦布告を聞くことしかできなかった。
「それを知った俺は強くなることは仮の目的とし、この世界の命運を握る者を奪うことを本当の目的として努力を再開した。旅はモンスターを倒すためではなく、人を探すために始めた」
話は俺が避けたいと思っている方向へと進んでいく。
さっきから冷や汗が止まらないことが、レオにバレているのではないか?
視線だけを彼に向けて様子を確認する。
……違う、何をやっているんだ俺は。
今は冷静を取り戻すことに努めなければ。
「すると途中である人物に出会った。幸一。お前だ」
心臓がドキンと跳ね上がった。
冷静になれ、冷静になれ。
「最初お前に興味を持った理由は単純で、強者だと思ったからだ。コイツといれば俺も強くなれると、勘で思った。そしてその勘は当たっていた。別の意味でもな」
レオはニヤリと微笑を浮かべた。
俺にはそれが不気味で、思わず目を逸らしてしまう。
「俺はずっと考えていた。どのタイミングに、どんなやり方で、お前を始末するべきかを。そしてその答えが、いま出た」
迫り来るその時が、もうすぐそこまで来ている。
そうだ。
もう、やるしかないんだ。
「幸一」
レオは体をこちらに向けて、俺を睨みつけている。
だから俺も彼のほうを向いて睨み返した。
風が頬をかすめているのが分かる。
どうやら俺は、冷静を取り戻したらしい。
「裏切り者の俺を、どうか許してくれ」
レオが腰に手を伸ばす。
そこにあったのは、剣ではなく日本刀だった。
この場に相応しい武器を用意したのか。
彼はおもむろに刀を鞘から抜き出し構えた。
俺も剣を手で握り、ゆっくりと取り出し構える。
夜の姫路城は照明もないのに、相手を視認するには十分な明るさだ。
満月が俺たちを照らしてくれているおかげだろう。
それはまるで、これから交える激戦を月が歓迎しているかのようだった。