両親が去っていった訳
両親が訪れたのは、都会を出て郊外を抜けた先にあるこの星では珍しい緑豊かな場所だ。
辺りは自然に満ちていて、近代的な都会のことを忘れてしまいそうな程にのどかだった。
「この星にも自然ってあったんだな」
「今はまだ残っているだけで、その内ここらにも高いビルが建つわ。時間の問題ね」
「なぜこんな所に来たのでしょうか? まさかここで最期を迎えるつもりじゃ……」
シャルロットは「見ていれば分かるわよ」と言い、両親へついて行った。
俺たちもそれに続いていく。
しばらくすると、地上一面に広がるひまわり畑に出た。
夏を思わせる黄色い花びらが、俺たちの来訪を歓迎してくれる。
ひまわりの咲いていない一本道があり、両親はそこを奥へと進んでいった。
その道を歩くと、向こう側に集落が見えてくる。
「あれは?」
辿り着くとそこには、シャルロットの家によく似たデザインの人家が点在していた。
そしてそこにいるのは魔法使いや魔法少女の姿をした人々。
恐らく姿だけではなく本当に魔法が使えるのだろう。
両親はその中のある女性に話しかけた。
「初めまして。あなたが異星での仕事を紹介してくれる魔法少女ですか?」
「やだ、少女なんて歳じゃないですよ。でも仕事は紹介しますよ。職場は異星をご希望ですね?」
「はい。事情があってこの星では職を持てなくなってしまったので」
女性は続けていた笑みを緩めて、哀れむような表情を浮かべた。
彼女の仕事柄、両親がどういう状況なのか想像できたのだろう。
「事情はお察しします。ですが、現在お仕事のほうが少なくなっていまして。お求めになるお仕事をご紹介できないかもしれません」
「この際、贅沢は言っていられません。何でも引き受けるつもりです」
「でしたら……このお仕事はどうでしょう?」
女性が両親に書類を見せている。
俺たちは覗き込んで内容を確認した。
「これは、兵士への入隊書?」
両親は兵士になっていたのか……。
「仕事内容は小型モンスターの討伐です。危険性は低いですし、研修中にも給与が出ます。どうでしょう?」
「どうする?」
「働かないとあの子たちを養えないじゃない。他の仕事も似たようなものばかりだし、これでいいんじゃない?」
しばらくすると、両親は兵士へ入隊することを決心した。
書類にサインすると、女性は早速ワームホールを出現させる。
「それではご案内します」
「ちょっと待って。ルイとシャルロットにさよならを言わないと」
それまで平常だった母親の顔に、悲しげな表情が見えた。
今まで我慢していた感情が抑えきれなくなったのだろう。
「二人は連れていかないのかい?」
「モンスターがいる場所に連れてはいけないでしょ? あの子たちを危険には晒せないわ」
「そうだな……」
両親は女性に頼んで、子供たちの近くにワームホールを作ってもらった。
そこは自宅の廊下で、リビングのほうからシャルロットとルイの会話をする声が聞こえる。
両親はリビングへと向かって、子供たちの前に姿を現した。
「母ちゃん、父ちゃん、おかえりなさい! 最近、帰ってくるのが早いね。ぼく嬉しいよ!」
「ああ、それは良かった……ルイ、シャルロット。話があるんだ。聞いてくれ」
「何ですの?」
両親はしばらくの間、言葉を出せずにいた。
表情からもこれ以上にないくらい、深刻な様子が受け取れる。
子供たちも雰囲気から何となく、事の重大さを感じ取っているようだ。
「父さんと母さんはね、少しのあいだ遠くへ行かなくてはならなくなったんだ」
「遠くってどこ? 少しってどれくらい?」
「そこまで遠くはないんだ。長くもない。旅行に行くようなもんさ」
母親は涙が溢れ出るのを必死に堪えている。
気づけばそれを見ているシャルロットと結愛も同じ状態だった。
「僕たちも行きたい!!」
「ごめんね、ルイ、シャルロット。あなたたちは連れていけないの」
「どうしてですの?」
「危ない場所なんだ。二人にはもしものことがないように、お留守番していて欲しい」
シャルロットとルイが顔を合わせる。
もう少し大人であれば両親の言う言葉の裏に隠された意味を理解できるのだろうが、幼い二人はそのままの意味で受け取った。
「お母さんとお父さんは大丈夫ですの?」
「それは心配ない。父さんたちは大人だからね」
「ふーん。気をつけてね」
両親は互いの顔を見つめて、気持ちに区切りをつけたことを確認する。
そして子供たちに、最後の言葉を伝えた。
「じゃあね、二人共。たくましく生きていくんだよ」
「ルイ、シャルロット。愛しているわ。そしてどうかわたしたちのことを許して……」
リビングを出て、両親は廊下を歩いていった。
それをルイは追いかけて、問いかける。
「許してってどういう意味!?」
けれど追いかけた先に、両親の姿はない。
不思議そうに廊下を見つめる彼の姿が、まるで飼い主に捨てられた子犬のようで傷心する。
俺たちと一緒にいたルイ本人は、途中から両親のほうは見ずにただ俯きながら肩を震わせていた。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
シャルロットとレオの魔法は終わり、再び現実のリビングへと戻ってきた。
外はすっかり暗くなってしまっている。
レオはすぐさま魔法少女の衣装を脱ぎ捨てていた。
結愛とシャルロットは、静かに泣いていたルイの側にいてずっと慰めている。
俺はというと、この先どうすればいいのか考えていた。
ルイは立ち直ることができるのか、犯してしまった罪をどう対処するべきなのか。
しかしそれは俺の杞憂だということがすぐに分かった。
「もう大丈夫だよ、お姉ちゃん。知らないお姉さんもありがとう」
「ごめんなさい、ルイ。今までこのことを黙っていて。ルイに真実を教えたらお母さんとお父さんを追って、危険な目に遭ってしまうんじゃないかと思って躊躇していたの」
「分かってるよお姉ちゃん。でも教えてくれたことには感謝してる。ありがとう」
笑顔を交わした後、姉弟は仲直りの印に抱き締め合った。
結愛はそれを見てとても嬉しそうに安堵している。
ルイは包容を終えると、凛々しい顔つきでシャルロットに伝えた。
「僕、自首するよ」
「そんな、嘘よね!? そんなことしたら、あなたしばらくは刑務所から出てこれないわよ!?」
「いいんだ。今回の件だけじゃなく、今まで散々悪いことをしてきたから。反省がしたいんだ」
それを聞いて、シャルロットは再びルイを抱き締めた。
刑務所生活は大変だし、姉弟で普通に会うこともできなくなるから辛いはずだ。
それでも自首を選ぶということは、本当に改心しようと思っているのだろう。
「母ちゃんと父ちゃんってモンスターがたくさんいる場所で働いてるんだよね。大丈夫かな? 無事でいてくれてるのかな……」
「それなら大丈夫だよ。君たちの家族写真を見た時、この両親の顔どこかで見たことがあると思っていたんだ。そして思い出したよ。俺たちは前の星で君たちの両親に会っていたんだ」
「あっ! それってもしかして、城から出た後に話しかけてきた夫婦のことですか?」
そうだ、俺たちはあの城から出た後にルイとシャルロットの両親に出会っていたんだ。
そして二人は、子供たちのことを忘れてはいなかった。
いつの日かここへ帰ってこれることを夢見て前に進んでいたのだ。
そのことを姉弟へ伝えると、再び涙を浮かべながら二人で喜び合っていた。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
次の日にルイは警察に自首して連行された。
すぐに刑務所へ収容されるのではなく、少年鑑別所で調査を受けるらしい。
不幸中の幸いか、警察に話を聞くと保護観察になる可能性が高いという。
少しすればルイは戻ってくるのだ。
「良かったですね。お母さんとお父さんだけでなく、お姉さんとまで離れ離れになったら、ルイ君があまりにも可哀想です」
「ええ。本当に良かったわ」
シャルロットは心の底から安心しているようだ。
ルイのことを相当、気にかけていたのだろう。
わだかまりが解けて俺も嬉しい気持ちになった。
「みんなありがとうね。お姉さんとルイのために協力してくれて」
「なんだかんだで一番、力になっていたのはレオだよな。あの魔法はレオがいなかったら実現できなかった訳だし」
「あのことを蒸し返すな。それにあれは俺の意志で成したのではなく、アイツが勝手に……」
「はいはい。ありがとねーかわい子ちゃん」
レオが「貴様!!」と言い剣を抜き出したので、俺と結愛は慌ててそれを制止した。
魔法少女の一件があって以来、この二人の間には火花が飛び散っている。
だが俺には仲が悪いようには見えず案外、波長が合っているのではないかと思っていた。
特に理由はないのだが。
「幸一さん。私、一つ提案があるんですが聞いてもらえますか?」
「ああ。何だよ?」
「シャルロットさんも一緒に旅をするのはどうでしょう?」
「えっ!? それってまずはお姉さんに聞くことじゃないの!?」
シャルロットが焦ってノリツッコミをする。
結愛ってたまに凄いことするよな。
「シャルロットも連れていくのか。でもどうしてそうしたいんだ?」
「私、話し相手が欲しかったんです。シャルロットさんがいれば、たくさんお話ができると思いました」
「それでお姉さんを連れていこうって、あなた結構あつかましいわね」
確かに俺もそう思った。
だが結愛には謙虚で可愛らしい部分がある。
何か別の考えがあるのだろう。
「シャルロットさんもルイ君と会えない間、私たちと一緒にいたほうが気持ちが楽になりませんか?」
「それが本音って訳ね……」
シャルロットは少し悩むような素振りを見せてから、顔を上げて言った。
「分かった。お姉さんもついて行くわ。ルイが戻ってくるまでの間だけね」
「本当ですか!?」
結愛は満面の笑みでシャルロットに抱きついた。
シャルロットもそれに応えて結愛を歓迎する。
彼女が加われば、場の雰囲気も賑やかになるだろうから俺も嬉しかった。
何より仲間が一人増えるということは、無条件に喜ばしいことだ。
「お待たせ致しました。幸一様」
「ガブリエル! 来てくれてたんだ」
俺がガブリエルに答えると、シャルロットは不思議そうな顔をした。
「あっ、シャルロットは会うの初めてだよね。この人はガブリエル。俺たちを他の星につれて行ってくれたり、色々と教えてくれたりするんだ」
「へぇ、そうなの。でも何でそんなことしてくれるの?」
「さぁ。ガブリエル、何でなんだよ?」
「それは……わたくしの好きでやらせて頂いております」
ガブリエルが質問に答えるのに、少し時間がかかったことに俺は気づいた。
今までは即答していたのに、なぜ今回は間が空いたのだろう?
「もしかして……あなた」
そう言いながらシャルロットは俺の前に来て、ジロジロと俺の全身を見ている。
一体なんなんだ?
「ちょっとジッとしていてね」
彼女は右手を俺の胸にかざすと、目を瞑って瞑想をするかのように集中している。
すると突然、俺の体が黄金色に輝き始めた。
体内からはとてつもない熱を感じる。
何か普通ではないことが起きているのは確かだが、何が起きているのかは分からない。
周りを見ると、ガブリエル以外のみんなが驚いた表情でこちらを見ている。
「幸一さん、大丈夫ですか……?」
「やっぱり。思った通りね」
「これは……」
「シャルロット、どういうことだよこれは? 説明してくれよ!」
彼女が右手を下ろすと、輝きもすぐに収まった。
体の熱も下がり、平常な状態に戻ったようでひとまず安心だ。
しかし何なんだ今のは……?
「ある魔法を使ったの。そしてこの魔法を使うと、この世界の命運を握る者かどうかを確かめることができるの」
「この世界の命運を握る者……?」
「ええ。意味はその名の通りで、この世界がどうなるかの運命を握っている人のこと。それを判別するための魔法を使ったら、あなたの体は反応した。つまり……」
「幸一はこの世界の命運を握る者ってことだ」
俺がこの世界の運命を握っている?
あまりにも突拍子のない話で頭が追いつかない。
つまり噛み砕いて言えば、この世界がどうなるかは俺次第ってことか?
なぜ俺がそんな重大な役目を背負っているんだ……?
「幸一さん……」
「まあ、そんなに重く捉えなくてもいいんじゃない? そんなに重要なことじゃ……いや、重要よね。でもそうなったのはあなたの責任じゃないわ。最終的には……どうするのかあなたが責任を取らなければならないけれど」
やっぱりとんでもないことをいつの間にか背負ってしまったんだ。
シャルロットの話が俺に重くのしかかる。
そしてレオはなぜかこちらを鋭く睨んでいた。
多分おれが得体の知れない存在だと発覚したからだろう。
一体、今後どうすればいいんだ……?
俺は自分の存在が、恐ろしいもののように感じた。