再現される過去
光が収まったか確認するために、薄目を開けて様子を見てみる。
だが未だに目の前は明るかった。
俺は再び目を閉じようと思ったが、気がついたことがある。
それはその光が魔法によるものではなく、窓から差している朝日によるものだということだ。
目を瞑る前は夕方だったのに、朝方になっているのはおかしい。
俺はためらいを止めて目蓋を大きく開いた。
するとそこには今までと同じリビングが広がっている。
周りを見ると眩しそうにしているみんながいた。
そして全員なにかに視線を釘付けにされている。
俺もその方向へ視線を向けてみると、そこには家族で楽しそうに食事をする光景が広がっていた。
驚くことにその家族とはシャルロットとルイ、そして彼女らの両親だったのだ。
「母ちゃん、父ちゃん。どうしてここにいるの……?」
「二人は本物じゃないわ。魔法で過去にあった出来事を再現しているだけよ」
ルイは母親に駆け寄って触れようとした。
しかしその手は体をすり抜けるだけで触れることはできない。
彼は期待外れの結果に気落ちしているようだ。
「じゃああそこで食事をしている両親はあくまで再現しているだけで干渉することはできないのか?」
「ええ。これは真実を見せるために作った造型に過ぎない。お姉さんたちはただ眺めていればいいの」
俺たちはルイとシャルロットの両親が辿ってきた過去を見ることにした。
それがルイのためになるのかは分からないが、シャルロットが伝えると決めたのだから、その選択を信じよう。
いま目の前には一家団欒の光景が広がっている。
この光景は眩い光と共に変化して別の場所を描いた。
その部屋にはたくさんのデスクと最新のパソコンが並んでいる。
恐らくどこかの仕事場だろう。
両親の姿もあり、熱心にパソコンの画面を見つめながら作業をしている。
「母ちゃんと父ちゃんってこんな仕事してたんだ」
「ルイはここを見るのは初めてよね。二人とも同じ職場で働いていたのよ」
ルイはずっと両親のほうを眺めていた。
すると場面は変わり、別の部屋が俺たちを囲んだ。
大きな役員用デスクがこちらを向いている。
その奥には窓ガラスが壁一面に広がっていて、その高級感がこの部屋を社長室だと教えてくれた。
社長自身は不在のようだ。
「ご立派なお部屋ですね」
「なぜこんな所を再現したんだ?」
「見ていれば分かるわよ」
少しすると社長室の扉が開く音がした。
みんなでその音がした方向へ注目する。
入ってきたのは若い男性社員のようだ。
室内を初めて見るような仕草から察するに、社長本人ではないだろう。
彼は扉を閉めると、周囲を警戒しながら静かに部屋の奥へ進んでいる。
その姿は実に怪しく見えた。
「何か用があるんですかね?」
デスクの元に着くと、より一層に周囲を用心している。
そしてデスクに付いている引き出しをゆっくりと開けた。
その中に手を入れて何かをしている。
恐らく中を物色しているのだろう。
「あれってもしかして、悪いことをしていませんか……?」
「ああ。多分なにかを盗むつもりなんだろう」
突如ガチャという音が後方から鳴り、俺の心臓が跳ね上がる。
後ろを向いてみると、開いた扉の側には両親が立っていた。
二人はデスクの近くにいる彼のことを不審そうに見つめている。
男性は物色を止めると、とっさに口を開いた。
「ち、違うんだ。別にやましいことをしていた訳ではない。取りに来たんだよ。社長が僕に渡したいと言っていた物を」
口ではそう言っているが、その態度は挙動不審で信用に値しない。
両親は困惑して互いの顔を見合わせている。
「お願いだ、言わないでくれ……。もしこんなことがバレたら首じゃ済まない。刑務所いきだ。そうなったら家族にまで辛い思いをさせてしまう」
男性は涙ながらに懇願する。
それを見かねて父親は彼に言った。
「分かった、内緒にするよ。だから早く物を元に戻して立ち去りなさい。他の人に見つかる前に」
男性は泣きながら感謝の言葉を伝えると、取り出した物をしまって急いで社長室から出ていく。
両親も秘密を守ることを誓い合うように目を合わせ頷き、その部屋を後にした。
「凄いことになってきましたね……」
「何だか嫌な予感がするな」
場面は再び仕事場へと戻った。
しかしさっきとは何やら雰囲気が違う。
ピリついた空気が、社員たちの間に漂っている。
すると仕事場へ誰かが入ってきた。
その人は男性で、周りの社員たちが挨拶とお辞儀をしている。
つまりこの人が、この会社の社長なのだろう。
彼は軽く挨拶を返すと、歩いて部屋の正面のほうへ向かった。
着いて一呼吸すると、社員たちのいる方向を見て口を開く。
「君たち。ちょっと話を聞いてくれるかな」
その言葉を聞いて、みんな手を止めて立ち上がり社長の話に耳を傾けた。
「今日か昨日のことだと思う。悲しい出来事があった。許し難い行為でもある」
場により一層、緊張が走る。
社員たちは社長から話があることは知っていたが、「許し難い行為」という言葉を聞いてより事の重大さを実感したのだろうと想像できた。
「こんなことがあってはならないのだが、起こってしまった以上は仕方ない。単刀直入に言うと、私の部屋に何者かが忍び込んだ。そして会社の貴重な書類と財産を持ち去っていった」
室内が騒然とした。
「誰がやったんだ」、「どうしてそんな馬鹿なことを」、「タダじゃ済まないぞ」とあちこちから不機嫌な声が聞こえてくる。
「いま持ち去っていったって言ってましたよね? おかしくないですか? あの男性、盗もうとしていただけで元に戻していたはずです」
「あの男は元に戻してなんかいなかったの。フリをしていただけで実際は盗んでいた。つまり、嘘をついたってこと」
「マジかよ、酷いな……」
場が騒めく中、一人が手を上げた。
社長がそれに気づくと、皆に静粛を求めた後に尋ねる。
「君。何か知っているのか?」
「はい。僕、あの二人が社長室へ入っていくのを見ました」
そう言って誰かを指差す。
その先にいたのは、悲しいことにルイとシャルロットの両親だった。
「嘘だろ……」
「で、でも説明すれば犯人じゃないと分かるはずですよね」
「お母さんとお父さんは、内緒にすると約束してしまっているのよ。もしそれを破れば、あの男の家族に辛い思いをさせることになるわ」
「でも、それじゃあ……」
ルイたちが辛い思いをすることになるじゃないか。
でもその言葉は言わなかった。
なぜならもう既に手遅れなことは知っているからだ。
「私たちは確かに社長室へ入りました。しかし入っただけで何もしていません」
弁明をするが、周りから二人へ冷たい視線が貫く。
誰もが彼の言うことを、苦し紛れの言い訳だと捉えているのだろう。
あまりにも悲劇的な展開に目を背けたくなる。
「それでは君に問う。なぜ私の部屋に入ったのだ?」
「用事があったので入りました。盗みに入るためではありません」
みんな黙り込んだ。
お前らが犯人なのは分かっているが、断定する証拠は存在しない、上手く逃げきったなとそこにいる者の目が語っているのが分かる。
両親はこの職場で働きづらくなるだろう。
俺たちはただこの悲劇の結末を見届けることしかできなかった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
両親は上司に退職願を渡した。
理由は特に聞かれていない。
分かりきっているからだろう。
証拠はなくとも二人が社長室に入ったという証言がある限り、他に怪しい人がいない以上は、傍から見れば二人が犯人で間違いないのだ。
「ご両親が辞めるなんておかしいです。何も悪いことはしていないのに」
「ええ。でもあの男を庇ってしまった。優しさでしたことでも、それがあの時は裏目に出てしまったのよ」
「その裏目があまりにも重すぎるよ。あのとき約束を破っていれば、ルイたちから去っていく必要もなかったんじゃないのか?」
シャルロットの表情を見るに、俺の予想は当たっていたようだ。
その後、両親はたくさんの職場を訪れていた。
新たな職を得るためだ。
しかしどこへ行っても結果は不採用のようだった。
場所によっては顔を見るだけで「うちはお断りだよ」と払われてしまっている。
案の定、両親は途方に暮れていた。
「なぜどこも採用してくれないんだ? 働き自体に問題はないはずだろう?」
「この星は情報網が非常に発達しているの。濡れ衣でしかなかったはずの両親の犯行は、社内の誰かによって拡散されて、噂はたちまちこの星全体へと広がっていった。この時には両親のことを知らない人はいなかったんじゃないかしら」
「つまり両親は盗みをしでかすかもしれないから、どこも受け入れてくれないということですか?」
「そういうことよ。この星では信頼は物凄く大切なの。それを損ねた人間に、居場所はどこにもないわ」
何とも怖い話だ。
実際にやっていなくとも、信頼に傷をつけるような噂が立つだけで終わり。
便利で夢のある星でも良いことばかりではないんだ。
両親はどこに行っても実る結果にはならず、諦めかけているようだった。
その姿は今にも首にロープを巻き付けてしまいそうな様子で、続きを見ていいものかためらってしまう。
ルイを見てみると不安がっている素振りはなく、このあと両親がどんな道を進んでいくのか確かめたがっているみたいだ。
それなら俺が迷っていてもしょうがない。
見てみよう、続きを。