ルイの行方
「ごめんなさいね……」
シャルロットはポットに入った紅茶をカップへ注ぎながら言った。
素振りを見た感じ、不安定な感情はだいぶ収まったらしい。
ニュースは事件の続報を伝えているが、犯人はまだ捕まっていないようだ。
「さっきニュースに映っていた人、知ってる人なのか?」
俺が聞くと悲しげに眉を落としながら彼女は答えた。
「ええ。あの人、お姉さんの弟なのよ」
「弟!?」
弟だったのか……それはさぞ辛いことだろう。
しかしどうして弟はあんな事件を起こしたのだろう?
俺が不思議そうにしていると、それをシャルロットが汲み取ってくれた。
「お姉さんたちの両親はね、訳があってこの星にはいないの。それでルイはね、自分から去っていった両親に会いたいのよ。だから問題行動を起こして騒ぎを大きくすることで、遠くにいる両親の注目を浴びて、心配させて帰ってこさせようとしているのよ」
シャルロットと弟のルイにはそんな事情があったのか。
それを聞いて二人がとても辛い状況にあることを知る。
彼女は俯いて今にも泣きそうになりながら、話を続けてくれた。
「最初は大声を上げたり、人にちょっかいをかける程度の可愛いものだったんだけどね。次第にエスカレートしていって、お姉さんもどうしたらいいか困っていたの。そうしたら今日、遂にこんな騒ぎになるようなことをしてしまって……」
そんなことがあったのか。
ただの強盗事件に見えていたが、裏には深い事情があったんだ。
俺の目的はこの世界を知ることで、そのためにここへ来てシャルロットに話を聞いた。
目的は果たせたのだから、彼女らのことは他人事と言える。
しかし俺は他人事だからといって、シャルロットのことを見捨てることはできなかった。
情報をくれた恩もあるし、何より彼女と弟のことを助けたい。
俺は恩返しを決心すると彼女に言った。
「弟を捜そう!」
「えっ……」
「弟を捜して話し合おう。このまま放っておいても良い結末にはならないよ」
「一緒に捜してくれるの……?」
俺が「うん」と返事をすると、シャルロットの瞳から一気に涙が溢れる。
それを慌てて袖で拭うと、彼女は満面の笑みで言った。
「ありがとう」
俺たちは笑顔で彼女の感謝を迎え入れた。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
俺たちはシャルロットの家を出て、再びルイ・ミオンの本店がある都会のほうへ戻った。
だがここへ来たところで、弟のルイがどこにいるのかは分からない。
「ルイが今どこにいるのかを知る手がかりはないのか?」
「それならいくつかあるわよ。両親が去っていくまでは、ルイとは仲が良かったからね。思い出の場所には心当たりがあるのよ」
「よし。それじゃあその場所を順番に回ってみるか」
俺がそう言うと、シャルロットは「ついて来て」と俺たちを先導した。
少し走ると、彼女はある店の前で立ち止まる。
ここって……。
「ルイ・ミオンよ。本店じゃないけれどね。ここにいる可能性は低いと思うわ」
「可能性も何も、盗みに入った店の中をウロウロしたりしないだろ?」
「そうよね。でもここは思い出の場所なのよ。あの青いマフラーはここで買ったんだから」
そういえばニュースに映っていたルイは、青いマフラーを巻いていた。
あれはルイ・ミオンで買った物だったのか。
思い出の場所で強盗をすることで、親の気を引こうと思ったのだろうか?
「ルイはあのマフラーを凄く気に入っていてね。寒い時は必ず巻いていたのよ」
「ここはルイ君にとって特別な場所なんですね」
俺たちは店内を捜してみたが、ルイと思わしき人物はいなかった。
「ここにはいないみたいね。それじゃあ次の場所へ向かうわよ」
シャルロットは再び走って、ルイの思い出の場所を目指す。
向かった先はこの都会では珍しい緑のある公園だった。
すべり台やブランコ、アスレチックなどの一通りの遊具が用意されている。
そこでは子供たちが無邪気に遊んでいた。
「ここにも思い出があるのか?」
「ええ。よくここで二人で遊んでいたのよ。お姉さんとルイの思い出の場所なのよ」
なるほど、ここは姉弟にとって特別な場所なんだ。
それならルイがいる可能性は十分にあるな。
期待しながら俺たちは公園の中をくまなく捜す。
しかし、またルイの姿を見つけることはできなかった。
「ここにもいないわね。いるとしたら家族全員が揃った思い出の場所なのかしら」
「あの、それなら実家へ行ってみるのはどうでしょうか?」
「確かにそこはあり得るかもしれないわ。ていうかあなた、よくさっきの家は実家じゃないって分かったわね!?」
「あの家には一人で暮らす分の家具しか置かれてませんでしたから。それくらいお見通しですよ!」
結愛が笑顔で答えると、シャルロットは参ったような表情を浮かべながら道を案内してくれる。
そうして着いた場所は高層マンションの前だった。
「お姉さんたちはこのマンションの九階に住んでいたの」
「すっげえたけえ……。親って金持ちだったのか?」
「そんなことないわよ。ここら辺はどこも高い建物ばかりだからこれが普通なのよ」
言われてみれば確かにそうだ、さすが大都会。
俺たちはエントランスへ入りエレベーターへ乗った。
乗っている間、冷静を取り戻していると今まで感じていなかった緊張感が襲ってくる。
そうだ、ルイは子供とはいえ罪を犯してしまったんだ。
もしルイがヤケになって罪を重ねるようなことをしてしまえば、当分の間は社会へ復帰することができなくなるだろう。
そうなればルイだけではなく、シャルロットも辛い思いをすることになる。
両親だけでなく、弟にすら会えなくなってしまうのだから。
エレベーターは九階で止まり扉が開いた。
シャルロットは少し進むと、ある一室の前で足を止める。
「ここが家よ」
彼女はポケットから鍵を取り出した。
「そういえばこの部屋ってまだ借りたままなのか?」
「ええ、そうよ」
「ルイ君が住んでいるのですか?」
「前まではね。最近はいないことのほうが多いかな」
鍵を開けて扉を引いた。
玄関は暗く、明かりは点いていないようだ。
奥へと進みリビングに入ったが、人がいる気配はない。
周囲に意識を向けてみるが、物音一つ聞こえなかった。
「ここにもいないのかしら……」
「隅々まで捜してみよう」
俺たちはキッチン、バスルーム、トイレなど他の場所も捜してみる。
しかしどこにもルイの姿は見当たらなかった。
そして最後に俺たちはルイの部屋へ入る。
案の定そこにもルイはいなかった。
「どこにもいませんね……」
「もう捕まってるんじゃないだろうな?」
「それは大丈夫よ。さっきニュースを見たけれど、まだ行方は分かっていないらしいわ」
部屋を見渡していると、飾られたフォトフレームが目に入った。
そこにはシャルロットとルイ、それから両親らしき男女が写っている。
みんな笑顔でとても幸せそうな家族だ。
その写真を見てふと疑問が浮かび上がった。
「なぜ両親はシャルロットたちを置き去りにしたんだろう?」
そう不思議がると、シャルロットは普段とは違う神妙な面持ちになった。
「もしかして、理由を知っているのか?」
「……ええ」
「それはルイに伝えたのか?」
シャルロットの顔が微かに強張っているのが分かった。
俺にはそれが彼女の本心の表れのように見える。
「伝えられていないわ」
「どうしてですか!? もしかして、言えないほど酷い理由なんですか?」
「それは……」
「静かにしろ」
突如、レオがみんなを制した。
何事かと思い俺たちは警戒を強める。
「足音が聞こえる」
聞き耳を立ててみたが、俺には風音一つ聞こえなかった。
レオは聴力が優れているらしい。
すると鍵を開ける音が聞こえた。
そして扉が開かれ、閉じられる。
その後、廊下を歩く足音が俺にもわずかに聞き取れた。
音の方角的に廊下の奥の部屋、恐らくリビングへ向かっているようだ。
足音はリビングへ入った辺りで聞こえなくなった。
部屋を見て思い出に浸っているのだろうか?
しばらくすると、何やら声が聞こえてきた。
内容は分からないが、ルイのもので間違いないだろう。
何を言っているのか聞き取るために、みんなに身振り手振りで移動することを提案する。
するとシャルロットたちはOKサインを示してくれた。
俺たちは静かにルイの部屋を出て、リビングの手前で止まる。
ルイに見つからないように身を潜めて、物音を立てないように注意を払う。
そして俺たちはバレないように再び聞き耳を立てた。
彼はどんな独り言を言っているのだろう?
「やっちゃったよ、どうしよう……」
独り言の内容が聞き取れる。
盗みのことを悔いているのだろうか?
「僕、逮捕されちゃうのかな。お姉ちゃんには何て説明すればいいんだ……」
「ルイ……」
シャルロットが悲しそうに呟く。
「母ちゃんも父ちゃんもどうして気づかないんだ? 何で一度も連絡をくれないんだ?」
多分シャルロットはその理由も知っているのだろう。
だけど何かの事情があってルイには伝えていない。
彼女は内心、歯痒い思いをしていると想像できる。
「もし逮捕されて刑務所に入れられたら、本当のひとりぼっちになっちゃう。お姉ちゃんにも会えない。それだけは嫌だ」
シャルロットは今にも泣きそうに、目を潤わせている。
それを見て結愛は彼女の手を優しく包み込んだ。
「会いたい。母ちゃんと父ちゃんに、会いたい……」
ルイはそう言いながらすすり泣いていた。
結愛もそれにつられて涙をこぼしている。
するとシャルロットは我慢できなくなったのか、隠れるのを止めてリビングへ飛び出した。
そしてルイのことを抱き締めて、抑えていた感情をあらわにし咽び泣く。
「ごめんね、ルイ。ごめんね……」
彼は突然のことに驚くが、すぐに悲しみが込み上げてきたようだ。
「お姉ちゃん、どうしてここに? お姉ちゃん……」
ルイの問いにシャルロットはしばらくの間、答えることができなかった。
なぜなら今は感情をはき出すことに必死で、ただ謝ることしかできないからだ。