この世界で死んだらどうなるのか
「ここら辺だと思うんだけど」
俺たちは哲学者のことについてたくさんの人に尋ねた。
知らない人がほとんどだったが、その中にへんぴな土地で哲学者が一人で寂しく暮らしていると教えてくれた人がいたのだ。
加えてその人から、哲学者が住んでいる家の大まかな所在地も聞くことができた。
そこら辺へ行けば家は一つしかないからすぐに分かるらしい。
それを聞いて早速、会いに行こうということになり俺たちはその場所へ向かった。
そしてそこに辿り着き今に至るという訳だ。
「あの人はすぐに分かると言っていたな。少し歩き回ろう」
レオの提案どおり辺りを歩いてみる。
この辺は以前いた都会的な場所と違って、自然が広がっていた。
草原と呼べる程に一面に草が広がっていて、花々が並んで綺麗に飾り付けてある。
周りに生えている木には花が咲いていて、景色をカラフルに彩っている。
ここにはテクノロジーとは別の魅力が溢れていた。
「綺麗ですね。こんな場所で一度はくつろいでみたいです」
「ん? 何か音が聞こえないか?」
耳を澄ませてみると、せせらぎが聞こえてきた。
その音を頼りに進んでみる。
ふと空を見上げてみると、青空を鳥たちが羽ばたいていた。
「本当に良い所だな」
少し歩くと一軒の家屋が見えてくる。
せせらぎを運んでいた川はその隣を流れていた。
「この家か」
「可愛らしい家! こんな家に一度は住んでみたいなあ」
「俺はごめんだな」
丸みを帯びた壁に石でできた煙突、オレンジ色の屋根。
この風景を眺めていると、まるでおとぎ話の世界に飛び込んだかのような気分になれた。
「住んでいるのは女の子ですかね?」
扉へ近づいてノックをする。
家屋の中から「はーい」という女性の声が聞こえた。
哲学者は女性だったのかと思いながら待っていたが、しばらく経っても扉は開かなかった。
「こんにちは! 尋ねたいことがあって来たんだけど、ドアを開けてもらえないかな?」
「あらあら。そんなにお姉さんに開けて欲しいのかしら?」
突如、背後から女性が現れて外から扉を開いた。
予想外の出来事に俺たちは驚きを隠せない。
最初は家屋の中から声がしたのに、なぜ外から現れたんだ!?
「ビックリした……。脅かさないでよ」
「うふふ。驚いたかしら?」
笑みを浮かべた彼女が嬉しそうに喋る。
単純にお茶目な人なのか……?
「人の反応を見るのって楽しいわよね? お姉さんは特に驚いているところを見るのが大好きなの。悪趣味でごめんなさいね」
彼女は楽しげに言葉を捲し立てる。
俺はショックで混乱した頭を立て直すまで、本題を思い出すことができなかった。
「ところであなたたちうちへ何しに来たの? 尋ねに来たということはお姉さんに何か用があるのかしら?」
「あ、そうそう。知りたいことがあって来たんだよ。聞いてもいいかな?」
「いいわよ。立ち話も何だし中へどうぞ」
俺たちは言われた通り「お邪魔します」と挨拶して中へ入った。
彼女は俺と同い年ぐらいに見えるが、どこか大人っぽくて綺麗だ。
想像していたより明るい人で、悪い人でもなさそうなので安心する。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
家の中はおしゃれに装飾されていて、居心地の良い空間だった。
結愛も中を見ながら「こんな部屋で一度は暮らしてみたいです」と夢見ている。
落ち着かない様子の人物も一人いるが、そのうち慣れるだろう。
「おもてなしまで頂いちゃって、ありがとうございます」
「気にしないで。そのケーキは自信作なのよ。お紅茶のほうも美味しくできてると思うから味わって飲んでね」
ケーキを一口に切って口に運ぶ。
これは……!!
「美味い! 何だこれ、今までに味わったことのない美味さだ!!」
「本当に美味しいですね!」
俺と結愛がケーキを褒めていると、レオが呆れ顔で聞いてきた。
「おい。当初の目的を忘れているだろ?」
「あっ」
レオに指摘されて我に返る。
この星に来てから油を売ることが多くなってしまったな。
注意しなければ。
女性のほうへ体を向けて会話を始める。
「俺たち、君に聞きたいことがあって訪ねたんだ」
「お姉さんの名前はシャルロットっていうの。呼ぶ時はシャルロットって呼んでいいわよ」
「じゃあシャルロット。君は哲学者なんだよね?」
彼女は間を置くと、微笑みながら答えた。
「正確にはだったと言ったほうがいいわね。もう哲学者ではないから」
「そうなのか。何で辞めたんだ?」
「調査が滞ったからよ。色々と調べてきたんだけどね。お姉さんだけではどうしようもないことがあったのよ」
やっぱりこの世界を知ることは容易ではないのか。
哲学を学ぶ者でさえこうなのだから。
「それじゃあ、いま知っている情報だけでいいから教えてくれないか? この世界のことが知りたいんだ」
「お姉さんが知っている範囲でいいなら答えるわよ。何を聞きたいの?」
「まず、そもそもこの世界って何なんだ?」
俺の質問を聞くなり、シャルロットが難しい顔をしながら唸り声を上げる。
もしかして難しいことを聞いちゃったか?
「聞いていることが抽象的なのよね。例えばお姉さんたちの故郷が何なのかと問われても、どう答えればいいか分からないわよね?」
「それだ!!」
思わず声を張り上げると、彼女は大層に驚く。
そして俺は最も気になっていたことを、今の会話の中で思い出した。
「俺たちって元々は別の世界に存在していたよな? 結愛とレオもそうだろう?」
二人は俺の問いに頷いてくれた。
「シャルロットもそうだろ?」
「ええ、そうよ。付け加えるとこの世界にいる人々は故郷での自身の死によって、この世界に転生したのよ」
「自身の死……」
それについては前の星で結愛からも話を聞いている。
シャルロットから教えてもらうことで曖昧だった仮説が確かなものになった。
「あの、質問してもいいですか?」
「いいわよ。何でも聞いてちょうだい!」
「もし、この世界で死んだらどうなるんですか?」
シャルロットの顔が険しいものになった。
普通ならそんな質問に答えられるはずはないのだが。
「骨になるわよ」
「いや、そういう意味で聞いた訳じゃないと思うけど」
「冗談よ! 死んだ後はどこへ行くのかって意味よね?」
分かっているなら最初から答えてくれよ!
そう心の中で叫んだ。
「この世界で死んでも転生するって言われていたわよ。ある日まではね」
シャルロットが意味深に話す。
その言い方だと他にも仮説があるってことか?
「ある日って、何だよ?」
「ある日この世界のどこかの星に、神だと名乗る人物が現れたのよ。そして知りたいことを一つ教えてやると言ったらしいわ」
興味深い話が始まり俺たちは聞き入った。
その人物が本当に神なのかどうかは、とりあえず置いておこう。
「一人がこの世界で死ぬとどうなるのか尋ねたの。すると神は魂は消滅し命は終わりを迎えると断言したのよ。その後この世界での死後に対する考え方は、転生派と終末派に別れることになったって訳」
それは価値観を変える程に重要な話だった。
俺は心の片隅で、この世界で死んでもどうせ転生できるから問題はないと高を括っていたところがある。
しかしそれはあまりにも呑気な解釈だったのだ。
「まあ、死なないに越したことはないのは変わらない」
「それはそうだけどちょっと怖いな。もし今までの戦いの中で負けることがあったら、それでもう終わりだったのかもしれないのか……」
「そうですね……。いのちだいじにしていきましょう」
ネガティブな理由ではあるが、俺たちの心が一つになる。
そして俺は最初の星から持っていた結愛を守るという決意を、より強く胸に抱いた。
「正直その自称神様が本物かどうかも分からないんだけどね。信仰している人の間だと、ここをチャンスの世界と呼んでいるらしいわ」
「なるほど、良い情報を得られたよ。もう一つ聞きたいことがあるんだ。この世界ってモンスターがいたり、魔法が使えたりするだろ。そういうのってこの世界に最初から存在していたのか?」
「調べたことはあるんだけど、残念ながら有益な情報は見つからなかったわ。一つだけ分かったことがあって、この世界で長く暮らしている老人に聞いた話だと、魔法は善意で創られたものしかないらしいわよ」
そうだったのか!?
俺が魔法を使うのはほとんどが戦闘の時だったが、使い方を間違えていたのか?
「そしてその老人が言うには、モンスターには善意がないらしいわ。つまり化け物の姿をしていたら、それは間違いなく悪意を持った悪者ということね」
確かに今まで出会ってきたモンスターの中に、良い奴はいなさそうだった。
まあモンスターが悪者というのは常識だから、当然といえば当然だが。
「なるほど。知らなかった情報を色々と聞くことができたよ。ありがとう、シャルロット」
結愛も彼女へ感謝の気持ちを伝える。
シャルロットは「こんな話ならいくらでもしてあげるわよ」と笑顔で返してくれた。
感謝の気持ちに偽りはないが、この世界の核心に迫るような情報は得られなかったから少し残念だ。
そして俺の知的好奇心は留まることがなかった。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
聞き込みが終わり残っているデザートを平らげようとすると、隣からアナウンサー口調の声が聞こえてくる。
何だろうと横を向くと、この星の最初に見た宙に浮く映像が流れていた。
これ、この家に来た時からあったっけな?
「緊急ニュースです。先ほど高級ブランド、ルイ・ミオンの本店で何者かが店内にある装飾品を盗んだ模様です。犯人は現在、逃走中でナイフを所持しており、現場の周辺にいる人たちへ注意を呼びかけ……」
「怖いですね……。元の世界から離れたこの異世界でも、悪いことをする人はいるんですね」
ふとシャルロットのほうを向くと、彼女は深刻そうにニュースを見つめていた。
何か心当たりがあるのだろうか?
再びニュースを見ると、そこには犯人の顔が映し出されていた。
「なお犯人は十代前半の男性と見られ、首には青色のマフラーを巻いており……」
「ルイ!!」
突然シャルロットが叫んだ。
立ち上がって驚愕の表情を浮かべたまま、数秒のあいだ固まっていた。
彼女の様子から、この事件がただならないものであることが読み取れる。
「どうした? この事件に何か心当たりがあるのか?」
シャルロットは俺の問いを聞くと、正気を取り戻したのか不安そうにしながらもゆっくりと椅子へ腰をかけた。
様子を見る限り、シャルロットはかなり思い詰めているようだ。
俺たちは彼女が冷静を取り戻すまで、ニュースの声を聞きながら静かに待った。