途絶える二つの物語
「遂にラスボスだ!」
俺の目の前にはゲーム機と、それから配線で繋がれているテレビがある。
両手はコントローラーを握り、天井に付いている照明は明るすぎず暗すぎない程度に部屋の中を照らす。
深夜で窓の外に人気がない中、俺は実家の自室で一人ゲームに明け暮れていた。
ゲームは終盤に差しかかり、最後の敵であるラスボスと対峙している。
俺は待ち侘びていたエンディングを早く見るために、ラスボスとの戦闘へ進めた。
味方は主人公の男性と、共に旅をしてきた女性キャラクターの二人だ。
そしてラスボスは、長い首を持つ巨大なドラゴンである。
戦闘に入ると、相手はいきなり仲間の女性を掴み取り身動きを取れなくした。
俺は仲間を助けるために、主人公の持つ武器の剣と魔法を駆使して、ドラゴンに立ち向かう。
激しい攻防の末、主人公がドラゴンの胸に剣を刺して一撃で倒した。
無事、仲間を救い出すことができてハッピーエンド……ん?
倒れたドラゴンの腹が、何やら不気味に動いている。
中に何かがいて、それが内側から腹を突いているように見える。
するとドラゴンの腹は裂かれて、中から拳銃を持ったゾンビが現れた。
そのゾンビは仲間の女性へ銃口を向けると、発砲してそれが彼女の側頭を貫く。
倒れると弾痕からは血が流れ出し、少しも動かないその様子から彼女が亡くなっていることが分かる。
主人公が悲しみの余り絶叫すると、エンドロールが流れて物語は幕を閉じた。
悲愴感のある音楽が部屋に寂しく流れる中、俺はしばらく口を開けたままで、呆然と怒りがうごめく気持ちに気づかないでいた。
我に返り、俺の口から出てきた最初の言葉はこれだ。
「なんぞこれ!?」
至極当たり前の感想だと思う。
普通ならドラゴンを倒して終わるものを、なぜかこのゲームはそうせずバッドエンドで終わらせたのだ。
ハッピーエンドが好きな俺からしたら、この終わり方に対する不満は絶えない。
「クソゲーじゃねえか!!」
俺はベッドの上にコントローラーを放り投げると、後ろへ腕枕をして寝転んだ。
頭の中はゲームへの批判で一杯だった。
なぜ最後の最後に仲間を死なせたのか?
その後に救いもなく終わらせたのか?
何より、なぜこんなゲームを作ったのか?
……そんなことは制作者にでも聞かないと分からないけど。
止めよう、このゲームのことを考えるのは。
執着したところで、不快な気分になるだけだ。
いま考えるべきなのは……。
そこで、俺がいま置かれている現状が頭を過った。
俺はいま大学生だが、単位を取れずにまずい状況である。
友達とも会っていないし、いつの間にか孤独になっていた。
漠然とした不安が襲ってくる毎日だ。
この部屋にひきこもってただゲームをするだけの生活は、楽ではあるが幸せとは呼べなかった。
本当は恋人といちゃいちゃしたり、友達とワイワイ騒ぎたい。
だけど、そうする最初の一歩が踏み出せなかった。
こののんびりとして変化の少ない日常が、俺にとって離れることのできない依存性の高いライフスタイルであることも原因の一つだ。
何かきっかけがあれば変われると思う。
ただ、その何かがないのが問題なんだ。
何かさえあれば、俺だって……。
止めよう、こんなこと考えても仕方ない。
さっきまでやっていたゲームが気に入らなかった。
だからまたゲームショップへ行って、今度はちゃんと神ゲーを買おう。
そう決めると俺は立ち上がって、着替えて財布とスマホを持ち外へ出かけた。
♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢ ◇ ♢
俺の名前は幸一。
実家は兵庫県姫路市にある。
ここには重要文化財として有名な姫路城があり、俺はよくそれを眺めていた。
今は買い物という用事があるし、外はまだ電灯の光が辺りを照らしている時間帯だから、眺めに行くのは止めておこう。
買い物は明日でも良かったのだが、眠気もないし夜にすることもなかったからいま出かけることにした。
買うゲームの方向性は決まっている。
俺は物語のあるゲームが好きだからそれがないと始まらない。
なぜ好きかというと、そのゲームの主人公に成り切って世界観を擬似体験することができるからだ。
だから俺にとって物語がどういうものであるかは、重要な要素の一つだった。
ジャンルも大体は決めてある。
今度は恋愛の要素があるものを選んでみようと思っていた。
理由は自分自身が恋愛をしたことがないから、一度は体験してみたいと思ったからだ。
これらの条件に狙いを定めて選ぼう。
そんなことを考えていると、いつの間にかゲームショップに着いていた。
中へ入ると色々なゲームソフトが並んでいる。
そしてそのほとんどが俺の知らないゲームだ。
自分が楽しめるゲームがまだこんなにもたくさんあるのかと思うと、俺の顔は喜びを隠せなかった。
ゲームソフトが並ぶ棚をまじまじと眺める。
今日クリアしたゲームは王道のファンタジー物だった。
だから今回は、現実的な世界観の恋愛シミュレーションにしよう。
裏面を見ると、何やら個性豊かなキャラクター達が描かれていて面白そうだ。
レジへ行き会計を済ませると、俺はその店を後にした。
ソフトの入ったレジ袋を握りながら、ルンルン気分で歩く俺。
辺りを見渡すとまだ真っ暗なままだ。
深夜の夜道を歩くのは嫌いではないが少し不安はある。
けれど別に何も起こらないだろう。
しばらくすると向こうから誰かが歩いてきた。
普段なら気に止めないが、その異様な外見に注目せざるを得ない。
それは上下が真っ黒な服装に、仮面と帽子を身につけていたのだ。
仮面の表情は無気質で、それがより不気味さを際立たせる。
(……どう見ても、不審者だよな)
心の中でそう思いながら、ゆっくりと歩いてくるそれに俺の胸は鼓動を高めた。
(突然あばれたりするなよ……)
俺はそれをチラチラ見ながらも、平然を装いながら進んでいく。
そしてそれとの距離が最も近づく、すれ違う瞬間が訪れた。
(何も起こるな……何も起こるな……)
すれ違う瞬間、横目でそれを確認する。
特に反応はない。
安堵して、再び前を見て歩き続けようとした……その時。
背中に体当たりを受けるような衝撃を感じると共に、俺は吹き飛ばされて道の真ん中に倒れた。
一瞬なにが起こったのか分からなかったが、すぐに状況は飲み込んだ。
恐れていたことが現実となった恐怖。
だがどうすればいいかは思いつかず、ただ慌てることしかできない。
恐怖と混乱で気持ちが錯乱した。
そんな中でもそれが今どうしているのかが気になり、必死で視線を向ける。
それは立ってこちらを見つめていた。
そして手元には、ナイフが……。
「嘘だろ……」
それは俺のほうへと静かに近づいてくる。
俺は腰を抜かしている場合ではないと感じ、すぐさま逃げようと思った。
うつ伏せになっている体勢を止めて、地面に両手を突いて立ち上がろうとした。
すると突然、走る足音が聞こえてきて俺の心臓が跳ね上がる。
中腰になったまま振り返ると、足音は止みそれが目の前に立っていた。
それはナイフを握った手を俺の首の横へ構えると、素早く反対側へ動かした。
何をしたのかが分からなかったが、少し経つと自分の首から液体が滲んでいるような、そんな感覚に気がつく。
手で首に触れて、赤い液体が付いたのを見ると予想が確信へと変わる。
同時に傷口からは大量の鮮血が吹き出して、意識が朦朧とし始めた。
(俺、死ぬのか、ここで……)
ぼやけた視界の中でそれがこちらを見た後、怯えながらナイフを落として逃げ去っていくのが見えた。
しかし、徐々に目の前は暗くなっていく。
首が、熱い。
意識がなくなりかけている時、頭の中にテストで満点をとった場面や遊んでいる友達の光景、家族で食事をしているところなどが流れた。
多分、俗に言う走馬灯というものだろう。
思い出を見終えると、俺は何も感じなくなっていた。