第5話 分岐点、憎悪
もう、全てが悪い方向に進んでいく展開です。
イーグル・ポイントの奥にある町長の屋敷。
アーデルハイトに招かれたリリティアは向かい合って席に着く。
二人の前には湯気を立てるカップが置かれている。
「こうやって話をするのはどれくらいぶりだろうね、姉さん」
「想い出話に花を咲かせるためにこうやって呼んだわけでは無いだろう?」
リリティアは袂を分かった異母妹をキッと睨みつける。
「……勿論さ。戦争が始まってもうすぐ1年が経とうとしている。どんな気分だい?」
「何?」
「各地を転戦し、命を奪い生き抜いてきた君の感想を聞いている。どうだった?この闘争に満ちた世界は?存外、楽しんでいるんじゃないのかな?」
リリティアは無言でティーカップに口をつける。
「……なるほど。だんまりというわけか。ならば話を少し変えよう。『平行世界』を知っているかい?」
□
街中では宙に浮くアン・ターレスとヴァルトロメオの戦いが続いていた。
アン・ターレスが口から放ったのは氷のつぶて。
「ちっ、口から変なもん吐くんやないぞ!!」
つぶてを避けながら宙に浮く魔人相手にどう立ち回るか考えを巡らせる。
せめて、空中から地上に引きずり降ろすことが出来れば……
「風薙ぎ……一閃ッ!!」
刀に纏わせた風をカマイタチの如く飛ばすが障壁に阻まれてしまう。
「ガキガキ、弱き者よ。これがお前の技か?教えてやろう。技というのは……」
アン・ターレスの左右に赤く燃える岩が出現。
それを両手で掴むと急降下してヴァルトロメオを殴りつけようとしてくる。
ヴァルトロメオは間一髪のところで攻撃を避けるとカウンターでアン・ターレスの身体を斬り裂いた。
「ガッ……」
「ははっ、自分から降りて来てくれるとは阿呆で助かったわ!!」
「残念だがこれは油断などでは無いぞ?お前をこの手で殺すという意思の表れだ!!」
「やってみろ!!」
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アーデルハイトとリリティアの対談は続く。
「なるほど『平行世界』か。噂に聞いた事はある。自分達の居る世界とは違う選択肢によって生まれた別世界。だがそれがどうした?」
妹皇女はふっと笑う。
「例えば君がボクの誘いに乗ってこの館に来なかった場合でも平行世界は生まれるよね?その場合、恐らく外で殺し合いをしていたはずだ。だが君はこうしてボクとお茶会をしている。それが君の選択。さて、平行世界ってのは細部が違うだけで同じような歴史を辿っている事が多い。バカな王子様の婚約破棄劇が無くともいずれ何らかの形で戦争は起きていただろう。ボクは時計の針を少し早めただけだ」
確かに、いずれ何らかの形で世界を巻き込む戦争が起きていただろう。
それが人の常ともリリティアは考えていた。
「だけどね、実は『大きく違う歴史を辿る世界』があるって言ったら君は信じるかい?」
「何?そんな世界があるわけが」
「あるんだよ。その世界は小さなまだあちこちに火種こそあるけど大きくなる前に消されていく。そして驚くことに……『ボク達が笑い合っている世界』なんだ。帝国の賢者によって発見された世界さ」
「私達が……笑い合っている?ハッ!そんな世界があるわけ……」
「分岐の起点はボク達の『父親』さ」
自分達の父親。
異世界からやって来て世界をひっかきまわし、それぞれの母親に自分達を生ませた男。
「父親か……だがその男は」
「この世界では帝国で狂死したよ。だいたいどの世界でも似たようなものさ。酷い男だ。だがそうならなかった世界線があるんだ。この世界とは大きく異なる歩みをしていった世界の『彼』は存命中さ」
心がざわつく。
あの男が生きている世界がある。
母と自分を捨て、他の女と妹を連れて消え勝手に死んたあの男が。
あいつのせいで母は…………
幼い頃の記憶が甦り父への憎悪から思わず歯ぎしりをしていた。
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戦争が始まる原因となったシュラム王国。
そこから猛スピードでイーグル・ポイントへと飛行していく影があった。
戦争に打ち勝つべくシュラム王国が行ったある作戦。
それによってもたらされたのは『ある戦力』。
病を得て倒れた父王に変わって王位についたアストール渾身の『愚策』であった。
それは『召喚』。
『平行世界』から強力な戦力を召喚し従わせたのだ。
だが、結局はそれが『最悪の結末』を引き起こす結果になるとは愚王は思ってすらいなかった。