第2話 開戦
翌日、事件が起きた。
朝起きると共和国の女子寮がにわかに騒がしかった。
胸騒ぎを覚えたアストールの耳に信じられない情報が飛び込んで来た。
彼と新たに婚約したソレルが何者かによって殺害されたのだ。
目撃者による証言や現場に残された遺留品からすぐに犯人はルイーズだと断定された。
動機としても十分すぎるほどにあった。
怒り狂ったアストールは周囲の制止を振り切りルイーズに詰め寄り彼女の言い分を聞くことなくあっという間に斬り捨ててしまった。
この時、彼は気づくべきであった。
夜の内に、不自然なまでに帝国出身の生徒達が学園を後にしていた事に。
その中で不自然にルイーズだけが残っていた事に。
モニカをはじめとしたルイーズによる陰湿ないじめを彼に伝えた者たちもまた、姿を消していたという事に。
「殿下!あなたという人は一体何をしたのか、わかっておられるのですか!?」
アストールの幼馴染にして従者として学園に編入されていたランドルフが頭を抱える。
帝国貴族の令嬢を斬り捨てたという事はとんでもない国際問題だ。
「だがルイーズのやったことは許されることでは無い」
「だからといって……婚約破棄についてもそうです。何故俺に一言相談してくれなかったんですか!?」
「お前はこの1か月、休学していただろう」
間が悪い事にランドルフは家庭の事情でしばらく休学していた。
そして間もなく、それは起きた。
「た、大変です。学園の麓に帝国軍が!」
護衛兵の報告にランドルフの顔色が変わった。
「何だと!?ここは中立地帯のはずだぞ」
「帝国皇女は何をしているんだ?俺が話をつけてやる」
「殿下!恐らくもうそういう段階では……」
尚も状況を掴めていない主に従者の戦士は憤りすら感じていた。
兵が報告を続ける。
「そ、それが……帝国出身の生徒たちは皇女殿下を含め、既に学内に居ません!!」
「やはりか。やられた!」
「ど、どういうことだ!?」
王子の胸倉を掴みランドルフが叫ぶ。
「ハメられたんですよ!ソレル嬢の件もルイーズ嬢の件も、帝国が我が国に戦争を仕掛ける口実にされたんです!!」
「なっ……」
その時だった。
帝国陣営から拡声型魔道具による声が響いた。
「我が名はイリシア帝国2代目皇帝イリシア・アーデルハイト!我が国の領民であり良き友であったラズグリース・ルイーズに無実の罪をは擦り付けあまつさえ斬り捨てた邪智暴虐なるグリムニル・アストールの引き渡しを要求する!猶予は1時間。受け入れられない場合は学園に対し攻撃を開始する!」
「2代目皇帝!?あの女、いつの間に……」
ランドルフは気づく。
攻撃に際し本来無関係である一般生徒の避難猶予すら与えていない。
「いかがなされますか?」
「そんな……帝国に連れて行かれたら何をされるかわからない。俺は投降なんて絶対しないからな!」
逃げようとするアストールだが廊下の先に立ちはだかるものが居た。
フードを被り巨大なクローを装備したハンターだ。
共和国のシャールという男だった。
「どけ、ランドルフ。そこに居るバカ王子を帝国に引き渡す。俺は国に妹を残してきている。こんな所で巻き添えはごめんだ」
更には燃える炎の様な深紅の衣装に身を包んだ踊り子、アティッツまでやってくる。
「わたしもシャールに賛成。この事態はそちらの王子様が引き越したのだから償うのは王子様。わたしたちを巻き込まないで!!」
「くっ、殿下!俺が道を切り開きます!!」
斧を担ぐとランドルフは先行。
スキル『氷爪』でクローに氷属性を付与させたシャールの一撃を盾で防ぐ。
シャールを飛び越えたアティッツが背後に回り『炎舞』で炎を身に纏った連続蹴りをランドルフに浴びせる。
「こ、こんなもの!!」
身を焼こうとする攻撃を利用し、力を溜めたランドルフは斧による強烈な一撃『猛断焼』をシャールに叩き込んだ。
一撃で倒された仲間に焦って足を止めたアティッツには盾を力任せに叩き付け戦闘不能に追い込む。
「殿下!この先に俺が乗ってきた飛竜が居ます。それでお逃げ下さい!!」
「ランドルフ……す、すまない!!」
言われるがままにアストールは廊下を抜けていく。
主君の背中を見送るランドルフだが次の瞬間には背後から剣を突き立て血を吐き倒れた。
「チッ、僅差で逃げられてもたか……」
共和国出身生徒であリーダー格でもあるヴァルトロメオが舌打ちした。
「こんな時にあのアホ、『リリティア』まで見あたらんとかもうキナ臭さマックスや無いか」
アストールは屋上に止めてあった飛竜にまたがり学園の裏から飛び去った。
麓の自陣営からそれを眺めていた皇帝は満足げな笑みを浮かべ小さく呟いた。
「それでいい。君は選択肢を『間違い続けて』くれればいい。これで戦火は広がっていく」
そして期限の1時間を待たず学園は帝国によって占拠された。
主に王国出身者が捕まっていく。
そんな中でもいずれ将として兵達を率いていくであろう何人かの生徒は不自然に作られた警備の穴から脱出していった。
自分達が生かされ見逃された意図にも気づかず。
その後、帝国はグリムニル王国に対しアストールの引き渡しを要求。
だが王国は帝国の行いを激しく非難し。要求を拒んだ。
これにより帝国は王国に対し宣戦布告を行い後に大陸全土を巻き込む戦争が幕を開けた。
王国は共和国に対し協力を要請したが何と時を同じくして共和国内でクーデターが勃発。
政権が奪取されてしまい協力要請に応じるどころでは無くなったのだ。
そして樹立した『神聖ナダ王国』は帝国、王国のどちらにも与せず自国の領土を守る為に戦う事を宣言してしまったのだ。