第1話 暗愚無智なる王子の婚約破棄
「ラズグリース・ルイーズ!君との婚約を破棄する!お前のような性悪な女が私の横に立つ資格はない!」
王国と帝国の境界線にある中立地帯。
そこに建つアリアンロッドアカデミーで執り行われた卒業記念の舞踏会で放たれた一言。
王国のアストール第1王子による婚約破棄宣言に周囲が騒然となった。
暗愚無智なるこの王子は知らなかった。
この宣言がもはや取り返しのつかない状況を生み出してしまった事に……
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「いよいよ卒業か……」
アストールは学校で過ごした想い出を振り返りながら目を細める。
卒業と同時に彼は帝国貴族であるラズグリーズ家の令嬢と結婚する事となっていた。
彼女は同学校に通う同級生である帝国皇女の親友でもあり政略結婚という側面はある。
だが聡明な女性という事で自分の伴侶に相応しい女性だと思っていた。
最近までは……
「ところで……君の言った事だが……」
アストールは生徒会メンバーである後輩の女子に視線をやる。
「モニカ、君の言った通りだ。調べさせたところ、確かにルイーズは陰湿ないじめを行っていた」
「はい……」
モニカは王国貴族クライネー家の令嬢。
そんな彼女からアストールが相談を受けたのは一ヶ月前だ。
ルイーズが共和国出身の生徒に対して陰湿ないじめを行っているという事だ。
いじめられていた女生徒は生徒会メンバーのひとりだった。
平民の出身だがとても優秀な生徒で親が頑張ってこの学校に入れてくれたと話していた。
そんな彼女に対しルイーズが行っていたいじめは陰湿極まりなく口に出すのも憚られるものだった。
彼は思う。
そんな女性が将来王国を継ぐ王妃に相応しいだろうかと。
否、答えはわかっていた。
このままでは国の将来に暗い影が落ちかねない。
何よりいじめられていた女性、ソレルの相談に乗ったり様々な手を講じていった結果、ある事に気づいたのだ。
「モニカ、このことは内密に頼む。俺は未来の国王としてルイーズを断じる必要がある」
「はい、閣下」
決意を胸に生徒会室を後にするアストール。
この時、彼は気づかなかった。
モニカが口の端を歪めて笑っていた事を。
「本当にバカな男だよねぇ」
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そして当日、華麗にルイーズへ婚約破棄を言い渡したアストールはその場でソレルと婚約することを宣言した。
ルイーズは突然の出来事に顔を歪め、取り巻きと共にその場を立ち去っていった。
顔に泥を塗られた形になる彼女の親友である帝国皇女が何か文句でも言ってくるかと思ったがよく見ればその場に彼女はいなかった。
卒業パーティは王国によりジャックされたようなものであった。
結果として新たな婚約発表に王国出身の生徒と共和国出身の生徒は大いに沸きあがった。
帝国出身の生徒たちは居心地が悪くなり、会場からひとり、またひとりと姿を消していた。
そう、傍からはそのように見えたのだ。
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婚約破棄騒動が起きていた頃、学園内にある礼拝堂で二人の少女が対峙していた。
片方は帝国の皇女、もう片方は共和国出身の元貴族出身の女生徒だった。
「卒業パーティーには出ないのですね、皇女殿下……いえ、陛下と呼ぶべきでしょうか?」
「へぇ……ボクが皇位を継いだことはまだ秘密のはずなんだけどね。やっぱり君は怖いなぁ」
二人の間に漂うのは明らかに険悪な空気であった。
「貴様…………何を企んでいる?」
「溢れ出した川の水は雨が止むまで収まらない。雨はもう、降り出したからね。今ここでボクを討ったとしても流れは止まらないよ」
帝国の皇帝と元貴族。
二人は生まれた国も身分も違う。
だが二人には共通する繋がりがあった。
「あなたがそう言うのなら、もう止めることは出来ないのね。出来る事なら、そんな事にはならないで欲しかった。あなたと笑い合う未来を歩みたかったわ。ねぇ、私達にはこんな路しか無かったのかしら?」
「……ボクはこの世界が憎い。ボクをこの世に生み落とした世界がね。だから壊すと決めたんだ」
悪逆皇帝となり世界を憎み壊すと決めた少女は背を向け礼拝堂を後にする。
「君と路が交わる事はない。次に会う時は恐らく、殺し合う事になるだろうね。時間をあげるから時刻に戻って抵抗の準備をするといいよ。それが君に対して出来るせめてもの情けだよ、姉さん」
母親が違う姉は目を伏せ唇を噛みながら妹を見送った。
そしてその後、王国王子による婚約破棄、そして共和国出身の生徒との婚約の報せを聞いた少女は妹の考えを理解した。
それを裏付けるように次々と学園を後にする帝国出身の生徒達を見て確信した。
もう止めることは出来ない。だから、彼女は慌てて馬に飛び乗り自国へと急いだ。
今回登場しているモニカは
「転生したら突然の婚約破棄だけどざまぁされる方だったので慌てている件」
https://ncode.syosetu.com/n1509hm/
に登場するモニカと限りなく同一な人物です。