ルーカスの海軍奮戦記1
俺の父ちゃんは海軍の海兵だったらしい。らしいというのは、俺が生まれる前に戦争で死んじまったからだ。その事を話してくれた母ちゃんも俺が6つの時に死んじまって、俺は孤児院に預けられた。
孤児院での生活は大変だったが、それでもちゃんと食べさせてもらえるだけましだった。母ちゃんと暮らしてた頃は本当に貧しくて家に食べるもんが何もないことも多かったからな。それに孤児院には面倒見のいい兄貴や姉貴たちがいたし、何年か経つうちに弟分や妹分も増えた。
15歳で卒院して仕事についた兄貴や姉貴がたまに差し入れを持って会いに来てくれるのが楽しみだったが、誰もが仕事が上手くいってるわけじゃないようで、大好きだった姉貴が客に感染された梅毒で死んだって話を別の姉貴から聞かされたり、そんな姉貴も数年後に同じ病気で死んだって話を別の誰かから聞かされたりってこともよくあった。
「孤児院出じゃあ楽に稼げる仕事なんてねぇんだよ。身体を張って危険な仕事を一日中やっても稼ぎなんてちっとだけさ。まあでも水兵のオレはまだましな方さな。鉱山に行ってる奴らはみんな肺病になっちまってるし崩落で死んだ奴もいるからよ。でも、オレももうちっと学があったら、海軍で偉くなってもっと稼げるのになぁとは思うぜ。だからルーカス、もし勉強できるならその機会は逃すなよ」
卒院後に水兵になった兄貴の言葉は俺が海軍を目指すきっかけになった。艦が入港している時、兄貴はいつも孤児院に会いに来てくれて、軍艦での暮らしについて色々話してくれた。
塩漬け肉が辛くて硬いこと。堅パンに付いてるウジ虫は食べるとヒンヤリしてること。海賊と戦ったこと。仲の良い食事仲間がマストから落ちて死んだこと。マストの上で見る日の出が美しいこと。知らない港に入港するときはワクワクすること。長く航海してると無性に野菜が食べたくなること。
割と愚痴っぽい内容も多かったが、それでもどの話も俺の海軍への憧れを強くさせてくれた。
卒院したら海軍に志願しようとずっと思っていたが、文字の読み書きもできないまま来年には卒院の14歳になり、焦り始めていた頃に転機が訪れた。
教会と孤児院の運営は町の人たちの善意の寄付で賄われているが、ずっと寄付してくれていたゴールディ商会が商会長の急死をきっかけに事業を縮小することになり、跡を継いだサミエラお嬢様がこれまで通りの寄付はもうできないことの代わりに奉仕活動として孤児たちに勉強を教えてくれることになった。
サミエラ先生の授業は分かりやすく、どういう時に役に立つのか具体的に教えてくれたからまだ小さい弟分たちも一生懸命に勉強に取り組んでいた。
勉強の大切さをすでに兄貴たちから教えられていて焦りを感じていた年長組の俺たちにとっては尚更で、しかもまさに欲していた知識だったから、特に来年卒院の俺とマークとマルコスとファンナの4人の集中力は自分で言うのもなんだが凄かった。
今までの人生でこんなに集中したことはないなと皆で笑いあった。授業が終わった後も4人で復習し合って教えられたことを一つ残らず記憶できるように頑張った。
孤児の俺たちは生きるだけで精一杯。将来の夢を語るなんて、夢のまた夢だったのに、サミエラ先生の授業を受けて色んなことを知るにつれて、自分の前にいくつもの道があることが見えてきた。
それでサミエラ先生に将来の夢を訊かれた時、生きていくためにただ海軍に入るのではなく、自分で艦隊を率いる提督になると大それたことをつい口走ってしまった。
きっと笑われてさすがにそれは無理だと言われると覚悟していたが、サミエラ先生は否定しなかった。それどころか良い夢だと誉めてくれて俺が海軍提督になるためにはどういうことを頑張らなくちゃいけないかはっきりと道を示してくれた。
他の3人も同様で、夢を誉めてもらい、現実にするための努力目標を教えてもらって、背中を押してもらった。
俺たちみたいな孤児でも夢を見ていいんだ、夢を目標にしていいんだと励まされて、俺たちはますます真剣に勉強するようになった。もし俺たちが本当に夢を叶えたら、あとに続く弟分たちも希望を持てると思うから。
それから2週間ほど経った日に俺が牧師様に呼ばれて執務室に入ると、そこにはいつか授業を見学にきたお爺さんが海軍の制服をきっちり着こなした青年士官と共に待っていた。
「ルーカス、こちらのお二人が君に用事だそうだ」
牧師様にそう言われて、ドキドキしつつも胸に手を当てて一礼する。
「ルーカスです。ご機嫌麗しく、サー!」
サミエラ先生に教わった通りに挨拶すると、青年士官は驚いたような顔をして、お爺さんはにっこりと笑って片手の指で帽子の鍔を摘まむ独特の仕草をする。
「ルーカス、海軍での敬礼はこうだ。作業で汚れた手のひらを相手に見せないように、手の甲を相手に向けて帽子、または額に触れることで相手に敬意を示すんだ。君も海軍に入るなら覚えておきたまえ」
「イエス・サー!」
慌てて教えられた通りの海軍の敬礼を返すとお爺さんは満足げに頷く。
「サミエラ嬢が見込んだだけあって良い目をしている。どうだロバート?」
「ええ。さすがはサミエラ嬢の生徒ですね。孤児とは思えない利発さだ。これは鍛えがいがありそうです」
「決まりだな。ルーカス、私はサンファン駐留艦隊提督でありデル・モロ要塞の司令官を兼任する少将トーマス・メイナードだ。そしてこの男は私の息子でスループ艦【チェルシー】を指揮する海尉艦長ロバート・メイナードだ」
「て、提督閣下!?」
あまりにも驚いて口をはくはくさせる俺にロバート艦長が言う。
「ミスタ・ルーカス、私の指揮する【チェルシー】の士官候補生の枠が一つ空いていてね。我らが友人であるサミエラ嬢が君を推薦してくれたのだがどうだろう? 私の艦に乗り組むつもりはあるか?」
俺は突然に開けた機会に信じられない思いだったが、サミエラ先生が推薦してくれたということだけはかろうじて理解できて、泣きそうになりながらも改めてきちんと姿勢を正して敬礼した。
「お世話になります! 一生懸命に頑張りますので、是非とも士官候補生として乗り組ませてくださいっ!」
「よろしい。君を歓迎する。しっかり励みたまえルーカス候補生」
そして俺は士官候補生としてスループ艦【チェルシー】に乗り組むことになった。
ということでルーカス君サイドのお話でした。あくまで物語の厚みを出す程度の閑話のつもりでしたが、いざ書いてみると色々書きたいことが出てきますね。先任のキャンベル君からの引き継ぎとか、ルーカス君が海軍を目指すきっかけになった兄貴との軍での再開とか立場の逆転に伴う葛藤とか、若き士官候補生の成長の過程も描いてみたいのでまたどこかで閑話として挿入するかもしれません。
さて、第二章【事業拡大編】はここまでとなりますがいかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたなら幸いです。良ければ感想などもいただけると嬉しいです。
次章は【商会躍進編】となります。サミエラが提督からもらったクレブラ島の開発や、干し果物作りのノウハウ公開に伴うサンファン商人たちとの駆け引きなんかを書いていきたいと思っています。構想を練るために少しだけ休載させていただきますのでよろしくお願いいたします。




