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第三話「嫉妬も愛のスパイスに」(2)


 施設の説明を一通り終えた彼女は、次に己の生育中の自信作――つまりこの温室の草花の説明をし始めた。本来ならば遮光を行う品種が多い茶葉だが、この品種では太陽光はそのままに、しかし他とは違い『魔力の光』を与えて育てるのだと言う。

「あの天井の魔石がそうよ。私のパパの魔力が宿った『太陽』の光。どんな時にも暖かく、そして包み込むようなパパを体現したような魔力なの。これを使わないとこの品種は枯れちゃう。遺伝子レベルで品種改良をしたボーデン家の新商品は、ボーデンの家系でしか育てることが出来ないの」

「この香りを専売出来るなんて、ギーラのパパさんは商売上手だね」

――ちょっとファザコンな気もするけど……

 心の中に思ったことは口には出さない。父親だけでなく家族という存在自体を嫌っているリーファからしたら考えられないが、ギーラはかなり父親と仲が良いらしい。この年頃の普通の女の子は、けっこう父親のことを蔑ろにするものらしいのだが、彼女はこの括りではないようだ。会話の中からひしひしと伝わるのが、家族への愛――というよりは、選ばれた者故の傲慢に聞こえたのは気のせいだったと思うことにした。

 悦に入る彼女にリーファの顔が少し歪んでいるのはわからない。彼女は父親の魔力を放つ魔石を見上げ、いかに自分の家系が素晴らしく、その力の際たるものであるこの温室の素晴らしさをも語っている。その瞳にリーファは映らない。それが無性に――腹立たしい。

 鼻先に緩やかな温風が流れる。これはこの温室の香りだ。少し苦く、それでいて甘さをひた隠す。まるで獲物に擦り寄る刺客のように、そろりそろりと嗅覚に訴えかける。

――いつまで父親の話してんだよ……

 これまで感じたことのない、強い感情がリーファの頭を支配する。そう、支配だ。とろりとリーファの目が据わってしまっても、彼女の瞳は天上に向けられたまま。無防備に上を向いた白肌だ。喉のラインがやけに扇情的で、リーファの頭は彼女の吸い付きそうな肌のことしか考えられなくなる。

 むわりと草花を感じた時には、彼女のがら空きの首筋に、口づけをしていた。獲物の喉を噛み千切るように、激しく大胆に。その血流すらも感じさせる筋を、命を繋ぐ気管を全て己のものにしてしまいたくて。さっきまでリーファが座っていたガーデンチェアが、乾いた音を立てて倒れる。

「……っ……り、りー……ふぁ」

 きっとリーファに肉食動物と同じ牙があれば、彼女を噛み殺してしまっていただろう。彼女の苦しそうなその息も、甘く零れるその声も、閉め潰してしまいそうな気管も、全て己の支配下に置きたい。そう強く脳が命令するのだ。

「ぅ、ぅん……」

 舌先に薄い血の味を感じてから、それを癒すかのように舌を這わせる。それからようやく彼女の顔が見たくなって、リーファはその頭に手をやって、ギーラの顔をこちらに向けた。

 彼女の瞳は、怯えすら見えない欲望に彩られた碧だった。むっとする甘き香りに焼かれるように、彼女の瞳には淫らな色が滲んでいる。その口がやけにねっとりとした吐息を吐いて、リーファを誘うように歪められた。

「ギーラ」

 もう二人の身体以外に、何もいらない。リーファはギーラを温室の床に押し倒し、何度も何度もキスを落とす。浅くも、深くも、何度でも。二脚目のガーデンチェアが倒れたが、そんなものには構ってられない。

――こんなにも心が熱い。こんな気持ち初めてだ。

 リーファにとって、ギーラは初恋の相手ではない。リーファにとっての初恋は、だいたいの同級生と同じくジュニアスクールの時だ。その時に気になった相手は男の子だったので、多分自分はレズビアンというわけではなさそうだ。おそらくバイセクシャルになるのだろうか。

 その初恋も相手と何か進展することもなく、なんとなく疎遠になって儚く散った。それから成長期を迎えたリーファは、周りの女の子達におかしな欲求を抱いている自分に気付いて愕然とした。とにかく更衣室が恥ずかしく、それでいて柔らかそうなその肌に触りたくなる。そしてそんな、リーファが触りたくても触れない肌を、『彼氏』という立ち位置から容易く触る男子達が大嫌いになってしまった。

 元から体格は女子にしては良かったのも幸いし、リーファの喧嘩デビューは華々しい勝利で幕を開けた。勝負になるのは自分よりも体格の良い男子ぐらい。身長の低い男子相手なら、そのリーチの差だけで勝ててしまう。いつしか喧嘩で周囲から認められることに快感を感じるようになってしまい、気が付いたら不良街道まっしぐらだったというわけだ。

 素行は不良中の不良でも、女の子達を守るという心情――という名の下心だ。護ってあげた相手から好意を寄せられて……みたいな甘い展開は、どうにも物語や劇上の話だけだったらしいが――で喧嘩に明け暮れていたリーファを、周りの女友達達は毛嫌いせずに慕ってくれていた。

 しかし友人間の評価と、教員達からの評価は違う。進路の問題がどんどんどんどん険しい空気を孕んでいき、それでも他校との小競り合いや、学内での喧嘩を控えないリーファに、ついに担任が最後通告を発した。『このままだとグリーンローズハイスクールしか受け入れ先はないぞ』と。

 学校名だけは御立派な、掃き溜めのような学校への進路が決まり、リーファは両親から完全なる無視を決め込まれた。学費こそ出すが、それ以外のどんな問題も課題も、リーファの両親はそれから干渉しなくなった。まるでこの家には娘なんていないかのように、両親の振る舞いは無視の限度を超えた『存在の抹殺』であった。

 家での居場所がなくなれば、繊細なる青少年の心は、別の拠り所を作ろうとする。リーファは学内では自分の性的対象のことは秘密にしてきた。しかしどれだけ秘密にしてきたつもりでも、微かな違和感を嗅ぎつける輩は必ずいる。

 リーファが少しばかりの親切心と満々な下心で助けた女子生徒が、『助けてくれた女の目つきがやらしい』と彼氏に相談し、その彼氏があろうことかクラスメートであったものだから、卒業間際のデリケートなタイミングで、危うく底辺ですら入学を取り消されるかもしれなかったのだ。

 そんなこともあったので、リーファはこの学校では絶対に女子には期待しないと決めていた。幸い、入れた底辺クラスの大多数は男子学生だったので、そちらの方向でのロマンスでもあれば万事解決だったのだが、一番体格の良いグロウが絡んで来るばかりで、その兆候もなさそうだった。ちなみにリーファは自身のことは棚に上げて、不良女のことは好みではない。どちらかというと小柄で清楚で愛らしい、品のある女性が好きだ。

 人間、恋愛の相手には自分にはないものを求めるとも言うし、理想を語るぐらいは問題ないだろう。現に今、ギーラのことはこれ以上ない程に愛している。本当ならばもう少し小柄でも良かったが、そんなことは問題ないくらいに、彼女はタイプでどストライクなのだ。

 だってこんなにも心が燃える。身体もじっとりと汗を掻くぐらいには、緊張していて、興奮しているのが自分でもわかる。

「リー、ファっ……」

 何度も際限なく落とされる口づけに、ギーラが焦れたような声をあげる。地面に二人転がるようにして絡まり合っているために、少しばかり空気が冷たい気がした。暖かい空気は上にいくと、習ったのは何年前だっけ。

 もしかしたら初めてじゃないのかもしれない、とリーファの心に少しばかり冷静さが戻った。リーファは恋心こそ何人かに抱いたが、恋愛における行為自体は、男相手も女相手も初めてだ。キスだけはお遊びのような感覚で女の子相手にしたことがあるが、こんなにも本能を剥き出しにしたものではなかった。

――初めてがギーラなのは嬉しい。でも……ギーラは、どうなんだろう?

 一度考え始めてしまったら、もうその不安は止まらなくなる。前にもしたことあるんだろうか? 前の人の方が上手かった? 自分が初めてなのは見破られている? 恥ずかしい。

 頭の中がぐるぐる回り始めて、今更上がってきた羞恥心に負けて、ごろりとギーラの上から転がって逃げた。甘い糸が離れたお互いの口から垂れるが、お構いなしにリーファはごろりとギーラの隣に横になる。

「……ごめん、ギーラ。いきなりこんなことして、怖かった……よな?」

 相手の反応を見るのが怖くて、リーファは天上を見上げたまま言った。本当は怖かったかなんて聞きたくない。良かったかどうか聞きたいのに、意気地なしな自分が憎い。パパさんの魔力が籠った魔石の光が、まるでリーファを咎めているような気がして更に気分が悪くなる。全ての罪を白日に晒すとでも言うように。

「ううん。リーファが本当に私のことを好きなんだって、わかって……私嬉しかったよ。でも確かに、ここじゃ……ね?」

 クスクスと笑う彼女の声には、『これから先』への期待があって。その妖艶な声音にリーファは顔に熱が集まるのを自覚する。全く彼女の方を見ることが出来ないまま、リーファはそれでも彼女への愛を口にした。

「ギーラ、こんなところでごめん。あたし、どうかしてた。でも、ギーラのことが好きだから。そうしたかった。我慢出来なかった。ごめん」

 彼女の方を見れない代わりに、その目を温室の入り口へと向けた。透明な扉も壁も、二人の行為を隠すことはしない。だがここから見る限り、外に人の姿は見えなかった。

「謝らなくて良いのよ。私もリーファのことが好きよ。だから次は……ね?」

 いきなり後ろから抱き着かれて、リーファは思わず声を上げそうになった。なんとか我慢したリーファの耳元で、甘い誘惑の言葉が囁かれる。

「次は、私の家でしましょ? 新しい茶葉も飲みたいわね」

 正しく悪魔のような微笑みが、見えなくとも見えた気がした。熱の集まる頬とは別に、リーファはその微笑みに振り返ることが出来ずにいた。愛しい彼女のその声に、酷く背筋が冷えるような感覚を覚えた。

 青々とした草花が揺れて、しかしその緩やかな風は、寝そべったリーファの鼻までは届かない。

「……寒い。そろそろ帰ろう」

 まるで暗示から醒めたかのように冷えた頭と心臓で、リーファは起き上がり彼女を促した。その言葉にギーラもうんと頷いて、倒れたままだったガーデンチェアに手を掛けるのだった。


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