第二話「秘密のお茶会」(2)
昨日はそれから、彼女のお手製の茶葉――名前はもう決まっていて、『東の夢』と言っていた――を試飲した。少し酸味のようなものが強く、飲んでいる最中に舌の上が微かにちくりと痛むような違和感を感じると正直に伝えると、彼女は真剣な顔でその対処にはどんな調合が良いかと思案していた。
その考え込む姿すらも可愛いなと思いながら、『もう少し深い甘みを足したら誤魔化せるだろうし、味自体もイーストゴールドに近くなって万人受けすると思う』とフォローすることも忘れなかった。その言葉にぱっと顔を輝かせる彼女に、リーファの心は踊りまくった。
紅茶屋を出てからも、離れ難い二人は一緒にいた。お嬢様であるギーラに合わせたら、家の近くまでの短い猶予しかなかったが、それでも幸せを噛みしめながら一緒に帰った。手なんか初めて繋いだものだから、リーファはずっと顔が熱かったし、俯きながらも微笑む彼女もまた、その白い頬を染めていた。
二人の出会いの記念にと、彼女から自家製茶葉を調合したパック――これも試行錯誤を重ねた途中のものなので、また違う風味が楽しめるとのことだった――を貰い、リーファは早速家に帰ってからそれを淹れた。両親はほとんど家に帰ってこない程激務なので、だいたい夜はリーファ一人の時間である。それがまさか功を奏することになるとは。
彼女の甘い笑みを考えながら淹れていたのが悪かったのか、どうにも心が落ち着かないまま寝付けずに、寝不足の状態で通学路を歩く羽目になってしまった。
どくんどくんと甘く脈打つ心臓は、朝の日差しを浴びてようやく落ち着いてきた。あくびはとまらないままだったが、通学路を歩く頭はいやにすっきりしている。少し酸味の利いた味わいだったので、もしかしたら柑橘系の成分のせいかもしれない。
人生で初めての彼女が出来たのだ。まさか今まで抱いていた可愛いという感情がそのまま同性に対しての恋愛感情に繋がるとは思ってもみなかったし、ましてや告白してしまった相手が受け入れてくれるなんて……
とんとん拍子に付き合うことになったが、愛しい彼女とはクラスは別々。物理的にも精神的にも距離がある。本当ならば登校だって一緒にしたかったが、彼女に優等生クラスの友達と一緒に登校するから難しいと言われたら、リーファとしては仕方なくいつも通りに『真面目な時間』に一人で登校するだけだ。
放課後は二人でまた過ごそうと約束しているので、それだけを楽しみに今日もつまらない授業を受けると決める。しかし、その日はいつも通りには事が進まなかった。
がらりと教室の扉を開けると、そこには数人の先客がいた。
「よう。おはよーさん。待ってたぜ」
グロウとその取り巻き連中の三人が、あくびをしながらリーファに言った。なんの気もない挨拶のように見えて、取り巻き連中の笑みに下品な空気を感じ取り、リーファはきゅっと口元を引き締める。
「……おはよー。グロウはともかく、お前らまでえらく早いな。今日、何かあったっけ?」
少しいつもより距離を取った席に鞄を置きながら、目だけで相手との距離を計る。後ろ側の机の上にそのまま座っているグロウは大丈夫だが、その周りに立ったままの三人の取り巻きは、同時に来られると対処は難しそうだ。間に二脚程机があるが、そんなものが障害にならないのは、リーファも取り巻きも一緒だった。
「何かあったのは昨日だろ。お前、何『優等生ちゃん』と手なんか繋いでんだよ?」
見られていたのか。思いもよらない方向からの指摘に、リーファは思わず言葉に詰まった。
――手を繋いでるのを見られた……ならどこに寄り道してたかは、見られてない、のか?
リーファとしては、放課後に紅茶屋に寄っているところを見られる方が痛手である。女同士が手を繋ぎながら歩くなんて、他のクラスの女子達だってよくしていることだ。そこに恋愛感情があろうがなかろうが、『よくある女子同士の戯れ』だと言い張れば何も問題はない。
「大通りを歩いてたらお前の姿が見えてよ、声掛けようとしたら小さい女と手を繋いでんだもんな」
「……違うクラスに友達が出来たから、浮かれて手なんて繋いじまった。恥ずかしいとこ見るんじゃねえよ」
敢えて『恥ずかしい』ということを言ってのけて、話の焦点をずらすリーファに、グロウはむっとした顔を隠そうともしない。この男はいったい何が言いたいんだ。
「友達だったら手も繋ぐのかよ。なら俺だって……繋いでも良いだろうが……」
「はぁ? なんであたしがお前と手を繋ぐんだよ?」
理解出来ずに呆れた声を上げたリーファに、グロウは黙り込み、取り巻き連中は大爆笑。野太い大きな笑い声が響き、そのしばらく後に三発の打撃音が響いた。
机に伸びた三人の取り巻き連中を見下してから、グロウは何故か赤い顔をしてリーファをじっと見詰めて言った。
「お、俺と……放課後、どっか行かねえ?」
「嫌だ。あたしにはもう先約がある」
話は終わったと席に座ろうとするリーファに、結局グロウは授業が始まっても休み時間になろうとも、しつこく絡んでくるのだった。その光景こそはいつものことだが、そのなんとも締まりのない内容のせいか、終始教室中からクスクスと笑い声が聞こえるのが、リーファには理解出来なかった。