第二話「秘密のお茶会」(1)
今リーファの目の前には、五つのティーカップが並べられている。店内に設置されているカフェスペースにて、リーファとギーラは向かい合って座り、広めの丸テーブルにその五つのカップが置かれているのだ。
カップの中には半分程の紅茶が注がれており、そのどれからも異なる香りが漂っている。色合いこそほとんど変わらない茶葉から出た色だが、その香りから全てが違う種類の紅茶だということがわかる。
「じゃあ、この右端の種類は?」
ギーラが緊張した面持ちで、リーファから見たら左端のカップを指差す。それに応じてリーファはその指差されたカップを手に取り、香りを嗅いで、それから一口、口をつける。
「……」
ギーラが思わず生唾を飲み込む音を聞きながら、リーファは少しだけもったいぶってから答えを告げる。真剣な碧の瞳を一心にこちらに向ける、そんな姿すらも愛らしい。とりあえず座っててね、と宥めるように笑顔を忘れずに手で示した。レジカウンターの奥から、店長がニヤニヤしていることだけは腹立たしい。
「サウススパークル。南部原産のお上品な風味が特徴の、貴族とかに好かれてる種類」
「正解……っ。これで十種類目なのに、百発百中。本当に、天才ね」
がたりと腰掛けていた椅子から立ち上がり、興奮した様子でギーラが言った。その目にはもう、リーファへの遠慮は見えない。彼女からの熱心な視線を受けたのであれば、リーファとしても悪い気はしない。
「こんなの、ただの趣味だからさ」
そう謙遜しながらも、心の中ではもっと褒めてと見えない尻尾を振っている。その尻尾を見えてでもいるのか、ギーラは更に目を輝かせる。
「私、学校の温室で自作の茶葉を育てるくらいには紅茶好きなんだけど、それでもリーファみたいには判別出来ないもの」
紅茶の銘柄当てというお茶会を始めて早二時間。既にリーファとギーラは、お互いのことを呼び捨てで呼び合うまでになっていた。見た目だけでなく、会話のテンポや気を許した後の明るい感じがまた素晴らしい。こんなに相性が良い人がいるのかと、リーファは終始笑顔が引っ込まないでいた。
「学校の温室って、グリーンローズハイスクールの?」
「ええ。あの一番端っこの温室。あそこ、私のパパがお金を出して設置した設備だから」
「へ、へえ……パパさん、熱心なんだね」
あまりに会話が弾み過ぎていて、リーファはついつい失念していた。優等生クラスのギーラの親が、底辺クラスのリーファの親と同じランクなはずがないのだ。
ギーラの親はこの街の上流階級であり、娘が通う学校に対してもたんまりと資金援助を行っているらしい。しかし、その金の力で青色のリボンを手に入れた訳ではないことは、話しているリーファが一番よくわかっていた。
ギーラは賢い子だった。それは少し理屈っぽい考え方や、会話のセンスに表れる。なにも学力は勉強の成績だけに表れるものではないのだ。すっと会話に差し込まれる返しのレベルが違うので、リーファからしたら何もかもが新鮮に感じて楽しめる。
「パパもママも、ちょっと過保護なんだもの。入学前に赤組のことだってしつこいぐらいに注意されたわ。『あのクラスはケダモノの集まりだから、絶対に関わるんじゃない』って。全然、そんなことないのにね」
そう言ってまた上目遣いに微笑む。賢い子は、相手の心だって読めてしまうのだろうか。ふわりと彼女から香水の気配が漂う。ほろ苦い中に甘みがある、リーファの心を掻き立てる香りだ。女の子に対して女の子が、雌の香りなんて言ってしまいそうになるのはいかがなものか。
試すような誘うような碧が、甘いカールの茶髪の隙間から揺れる。全身にフェミニンな愛らしさを纏った彼女からしたら、自分はいったいどんな風に見えているのだろうか。かっこよく見えてる? 素敵な女に見えてる? それか、もしかして……好みだなんて、思ってくれてる?
「パパさんの意見は間違ってないよ。あたしも教室では、けっこう……喧嘩っ早いし……」
嘘を言っても仕方がない。同じ学校だと判明している以上、隠しても素行はバレることだ。ここは変に嘘はつかずに、自分の人柄を見てもらうしかない。あー、それにしても最後の方の声小さ過ぎだろ。
「もう、リーファったら、声小さくなってる。紅茶の銘柄とか当てる時、凄くはっきり言いきってたのに。リーファのハスキーボイス、好きだからしっかり聞かせて?」
やはりリーファの心なんてお見通しなのか、ギーラはクスクスと笑ってまさにその点をついてくる。それよりも、それよりも、だ。
――す、好き? 今、好きって言ってくれた?
彼女と出会ってからずっとバクバク煩い心臓が、もう臨界点ではないかと思う程にバクリと揺れる。
「あ、あたしも好きっ!」
反射的にそう答えてから、好きに対する答えを間違えたと悟った。ギーラではなく目を丸くしている店長の顔が一番に視界の端に飛び込んできて、怖くて目の前へ視線を戻すことが出来ない。
「……えっと、そ、そうじゃな――」
「――私も好き」
ふわりと、リーファを甘い香りが包み込む。ほろ苦い中に浮かぶこの甘みは、彼女の香りだ。彼女はリーファの目の前で、女神のような美しさで、その告白に応えてくれた。