第四話「学園内の秘密の取引」(3)
温室へと急ぐリーファとリティストは、駆ける足はそのままに『現状における戦力の確認』を済ませていく。
クラスメートの目撃した時間から刻一刻と時間が過ぎている。相手は不良で、しかも筋肉の増強を行っている可能性が高い。詳しい人数まではわからないが、グロウの取り巻き連中は多くて五、六人程度だったはずだ。他クラスまでその触手が伸びていたとしたら話は別だが。
リティストの見立てでは話が大きくならないということは、関わる人数は少ないのではないか、ということだった。秘密の共有は、少人数であればある程露呈する可能性は低くなる。彼等は不良だ。仲間以外は敵という生き物だ。自分達の仲間内以外には、そんな魔法のような草は共有しないのではないか。
人数自体は大したことないが、不良の男達に対してこちらは不良とは言え女学生と、軍属の教員である。リーファとリティストは、お互いがお互いの力量を直接見たことがないので、ある程度口頭で今自分が持ち得る戦力を説明することになる。
「リーファくんは一年生だから、魔法学の授業はまだだったね?」
「ああ。適正試験は入学前にやったけど、魔力自体が少ないみたいだから、残念ながら魔法による攻撃は期待しない方が良いって言われた」
「なるほど。僕は地唱術は扱えるが、出来るだけ校内では使用したくないのが本音だ。教員の採用試験の時には、ほとんど戦いのスキルがないように偽っていたからね」
「見た目だけならそうとしか見えねえよ。相手は異常な筋肉があったとしても不良生徒だろ? 特務部隊のあんたの敵にはならねえんじゃねーの?」
当たり前のことを真面目な顔をして言うリティストのことを、リーファはついつい鼻で笑ってしまったが、どうやら彼は大真面目に目先とは別の標的のことを仮定しているようだった。
「確かに麻薬……流通名は『東の夢』という名前らしいが、それを服用していたとしても、グロウくん達は僕の敵じゃない。だが、どうにも胸騒ぎがしてね……取引相手の他国の軍人が乱入してきたら、僕でも学生達を全員護り切れる自信がない」
リティストが敢えて『学生達』と言った事実に、リーファは彼に対する態度を改めることにした。今のこの状況ならば、彼は『リーファを護り切れる』と言うのが自然だ。しかし彼は『学生達』と言った。それはつまり罪を犯しているであろう、ギーラもグロウ達も護ろうとしてくれていることに他ならないからだ。
学校サイドからすれば、もしかしたら襲撃者がいればそれに乗じて『原因の抹殺』を目論むかもしれない。軍部から潜入している教員からすれば、この校内で犯罪に手を染めていた学生がいくら死のうが問題もないだろう。それでも彼は『教員』として、このグリーンローズハイスクールの学生達を護ろうとしてくれているのだ。
「先生……ありがとう。あたしも力になりたい……」
「君は充分に力になるよ。さあ、もうそこを曲がれば温室だ。気を強く持て」
鋭さを増したリティストの声に、リーファも力強く頷く。先程まで晴れていた青空が、まるで罪の気配を察したように黒い雲に覆われていく。隠しきれない罪の香りを、その曇天が覆い隠そうとでもするかのように。
ぽつりぽつりと降り出した雫が、まるで黒く染まった空からの謝罪のようにリーファには思えた。次第に雨脚が強まる大気に、これから起こる未来を視通そうとして、リーファはルビー色の瞳に暗い暗い雲を映した。
その時、隣を並走していたリティストの足が止まる。
「本来なら女子生徒に一人で行かせるような場面じゃないんだが……」とリティストは前置きしてから、それでも少し言いにくそうに言葉を零した。
「早速妙な気配がある……僕は周囲を確認してから助けに入る。何もなければ数分だ。それまで時間稼ぎを頼めるかい?」
「任せな。これでもあたしは、グロウの片想いのお相手なんだぜ? あいつと軽くお茶でもしてれば、数分なんてすぐ経っちまうさ」
「助かる。すまないが、不良集団よりも他国の軍人の方が危険度は格段に高いことはわかるだろう? すぐに助けに入る」
そう言い終わらないうちに忽然と目の前からいなくなったリティストに、リーファは思わず目を丸くしてしまった。気配も何もかも、最初からそこに誰もいなかったかのように消え失せた彼に、リーファは自分が思っていた以上に強い援軍がついていることに今更ながら安心してしまう。
――軍人っていうより、暗殺者か何かだろ……あ、だから特務部隊なのか……
随分強くなってしまった雨の中、リーファは一人、温室へと続く道を進む。