第六話
(あんまり遅くなっちゃうと心配するよね)
今日の放課後出かけることは、
今日決まったことなのでおじいちゃんたちに伝えられていない。
電話してもいいけど音が聞こえないことも多いので小走りで帰ることに。
明日からの数学が楽しみだな。
「———————かはっ———ゔっ」
バタンッ
掠れた小さなうめき声の直後、大きな物が床に落ちたような音が夜中の家に響く
。さっきの音で目覚めたお母さんがその音に反応し、
寝室の扉を開けながら呟く声がかすかに私の耳に届く。
「全くこんな時間にあの人は・・・。また潰れるまで飲んできたわね?」
お父さんが酔いつぶれて玄関で寝てしまったと思ったお母さんが玄関へと近づく足音が聞こえる。
「あら、起きてた・・・え、あなた誰?ちょっと、嫌、止め———」
ゴッ
鈍い音とともにまたしても大きな何かが落ちる音。虚ろだった私の意識が徐々に目覚めていく。
「???」
お父さんを起こしに行ったはずのお母さんの声が聞こえてこない。
気になって静かに自室の扉をゆっくりと開けて玄関へと視線を向けた。
そこには、二つの横たわる影の前で立っているもう一つの影があった。
「——っ」
腰が抜けて尻もちをつく。
音がその誰かに届いてしまう。
ゆっくりと私の方へと向かってくる誰かは、ぼんやりとシルエットが見えるだけでどんな顔なのかは分からない。
「—————っ!」
迫ってくる恐怖に体がすくむ。
助けを求めようにも喉が塞がれているような感覚で、音を発することができない。
思考停止した脳は走馬燈すらも映さない。
唯一機能していた目も、溢れだす涙で視界が歪んで何の役にも立たない。
ただ恐怖に打ちひしがれるだけの私へと迫っていた影は残りわずかのところで足を止め、持っていた何かを振り上げて座り込む私へと振り下ろされ————————。
「—————っっ!」
目が覚めると、見慣れた自室の天井が目に映った。
「・・・夢、か」
両親が殺されてからは毎日のようにこの夢にうなされていた。
最近は楽しい夢を見る機会が多かったのもあって内容の落差に今でも心臓が高く脈打っている。気が付くとすごい量の汗をかいていた。
大きなため息をつきながら着替える。
現在の時刻は夜中の三時半過ぎ。
(変な時間に起きちゃったな。どうしよう
)
もう一度寝直すにしても、夢の内容を思い出しそうなのでこのまま起きることに。
せっかくなので先輩に教えてもらった数学の復習でもして過ごそう。
翌朝、ずっと起きていたこともあり、寝坊することなく登校。
「おはよ~紬」
後ろから由利の声が聞こえた。振り返って由利が追い付くのを待つ。
「おはよ、由利」
「うわっ、どうしたの紬。寝てるのか起きてるのか分かんない顔してるよ?」
ずっと起きていることにしたはいいものの、悪い夢っていうのは心も体もすごい疲れが残る。
早く教室で休みたいけど疲れでペースも上がらない。
「悪い夢を見て寝れなくてね」
「そっか。じゃあ今日はわたしが介護してあげる」
由利は私が以前夢で苦しんでいるのを知っていることもあって、何も言わずに事情を察してくれる。本当に良い友達を持ったと思う。
「本当に良い友達を持ったな~」
「えっ、何急に。照れるじゃない」
思っていた言葉がそのまま口に出てしまった。
「でも介護って老人に対して使う言葉じゃない?」
「今の紬が元気なおじいちゃんと競争したら負けるかもってくらいぐったりしてるからね」
「むっ」
今の言葉はいくら疲れているからといっても現役女子高生バスケ部員としては聞き逃せない。
「そんなことないよ。今日だって自分で全部できるんだから」
ここは譲れない。私の色んなプライドをかけた戦いが今————
「本当に?じゃあクラス全員分の林間学校の冊子作り頑張ってね!」
———終わった。
私のクラスでは、『先生の秘書』という名の雑用係が存在する。
座席順に一人ずつ一日交替で回ってくる制度で、何もしなくてもいい楽な日もあるんだけど、
今回の私みたいに明らかに一人でする仕事量を超えている雑用を押し付けられることもある。
昨日の段階で知らされていたので由利たちに手伝いを頼んでいたのをすっかり忘れていた。
「あっ、でも一人じゃ手が足りないのは例外ってことで」
「何一つ頼らないんでしょ?」
由利のにやけ顔を見るに、さっきの会話は初めから私の「誰にも頼らない」宣言を引き出す罠だったみたいで、私はまんまとそれに嵌ってしまった。
成績は私とそんな変わらないのに、地頭の良さがものを言うゲームになると糸央里よりも強かったりする。
決して私が単純だからではない。
頭の良さって色々あるよね。
「紬って単純だからね~」
「・・・」
今日もいい天気だな~。
「何で無視するのよ紬」
「もう一人で頑張るからいいもん」
「冗談よ紬。拗ねなくてもいいじゃん」
朝からすごいからかわれた気がするけど、これも私の元気を出させるための芝居だということは長年の付き合いで何となく分かる。
改めていい友達を持ったなと実感して心が温まると同時に、先生の雑用を食い止めるためにお祓いに行くことを決意した。