第五話 魔神王、喧嘩を売る
ゴブリン討伐依頼を達成し、ギルドへ戻った二人は受付のクルスに、依頼達成報告を行っていた。
「これで以上ですね。しかし、冒険者になった当日にゴブリンを三百体も狩ってくるなんて前代未聞ですよ。どうやったんです?」
「ただ魔法を放っただけだが?」
「普通それじゃ無理だから聞いたんですがね……」
クルスの質問にバアルがそう答えると、ルインは頭を抑え、クルスは小さく溜め息をついた。
その後、報酬として数枚の銀貨を受け取り、バアルとルインの初依頼は無事完了した。
「バアル様、これからはどうなさいますか?」
ルインがそう尋ねると、バアルは腕を組んで思案し始めた。
(魔物は魔界のほうが強いなら、魔物狩りにいそしむのは違うな……かと言って、人間の街に何があるかなどはわからないが……)
バアルが思考の渦に呑まれつつあったその時、乱暴に開けられた扉の音がそれを妨げた。
「なんだ?」
不審に思いバアルが目を向けると、そこには数十人の屈強な男達がぞろぞろと入って来ていた。
その男達は席に座っていた他の冒険者を脅し、ときには暴力で無理矢理退かし座った。
しかし、そんな有象無象はバアルの視界には入らず、バアルは最初からたった一人を捉えていた。
「ああん!? テメェ、何見てやがんだ!」
その男はバアルの視線に気付き、苛立ったように大声で怒鳴りながら、酒の入ったグラスをバアル目掛けて投げつけた。
バアルはそのグラスを勢いを殺しながら見事にキャッチし、笑みを作ってみせた。
結果としてその行為は、男の怒りに拍車をかけただけとなり、男達が数十人ずらりと並び、バアルを睨みつける。
「テメェ……俺が誰だかわかってやってんのか?」
「生憎だがこの街には来たばかりでな。街の外に名が知られていないような井の中の蛙は知らないんだ。まずは自分から名乗るのが礼儀だと思うが?」
バアルは相手の威圧も気にすることなく、ほぼ条件反射で煽る。
バアルはこの街どころか人間世界すら初めてだが、それを知らない男には効果覿面だった。
「そうかよ……なら、教えてやる。俺はこの街のナンバーワン冒険者でこの街を仕切ってるクランの『岩人組』の頭目のゴーグル様だ! テメェなんかたぁ、格が違うんだよ!」
半ば叫ぶ形となった男━━ゴーグルの話を聞き流し、バアルはゴーグルをしげしげと観察していた。
身長はニメートル近い。
筋骨隆々な身体には無数の傷痕を残している。
武器は背中に担いだ両手斧。
防具は申し訳程度に革の胸当てがあるのみ。
そんな姿を見て、バアルは正確に強さを計算する。
(間違いなく今まで見た人間の中ではではトップクラス。恐らく、試験の時にいたアルカードとやらより実力は上……だが、話にならんな。甘く見積もっても、条件次第で下位悪魔を倒せるくらいか)
そもそも下位悪魔を相手にできるだけでも十分な実力はあるのだが、バアルには取るに足りない小物でしかなかった。
そんな評価をされているとは露知らず、ゴーグルはイライラしていたが、ふとバアルの隣で静かに佇んでいるルインを見つけた。
正確にはずっと視界には入っていたが、バアルのせいで意識が向かず、ようやく目に止まったのである。
ゴーグルはルインを上から下まで舐め回すような視線で見つめ、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「なかなか上玉じゃねえか。おい、コイツを俺達に一晩貸すってんなら、今までのは許してやるよ」
「━━あ?」
バアルは今まで浮かべていた笑みを消し、明らかに冷えた視線と雰囲気を纏った。
しかし、ゴーグルは止めることなく、さらに言葉を続ける。
「良い条件だろ? それでチャラにしてやろうってんだ。なんなら俺のクランに入れてやってもいいぜ? そんときゃ、コイツはまだまだ俺等が使わせてもらうがな」
ゴーグルはルインを指差しながらそう言うが、その言葉は最早バアルの耳には届いていなかった。
「━━下衆が」
誰にも聞こえないような音量で、バアルはそう漏らした。
バアルへの不敬がルインの逆鱗に触れるように、バアルにも逆鱗となるものが存在する。
それがルイン。
他の悪魔とは違い、バアルはルインを大層気に入っている。
それが自らが創り出したものへの自負なのか、忠実な配下への寵愛なのか、はたまたバアルさえ知らない感情かは不明だが、ただならぬ執着心を抱いているのは間違いなかった。
それ故にルインへの侮辱はバアルの逆鱗に触れるどころか、バアルの地雷原の上で踊り回るような行為となる。
つまり、バアルは━━ブチギレていた。
しかし、ルインとの約束を破る気は無い。
バアルはルインへ『魔法通信』を行った。
『ルイン、もう我慢の限界だ。止めるな』
『承知しました』
ほとんど一方通行的な『魔法通信』は終了し、ゴーグルへと一歩前進した。
「確かゴルーグだったか? 貴様が出した条件より遥かに良い条件を提示してやろうか?」
「俺はゴーグルだ。なんだ? 言ってみやがれ」
訳がわからないというふうに眉をひそめるゴーグルにバアルは再び笑みを作り、目の前に立ち宣言する。
「俺と戦え。俺が負けたら俺もルインもお前に従ってやる。だが、お前が負けたらお前が俺達に従う。これで平等だろう?」
ゴーグルは暫しポカンと呆けていたが、ようやく理解が追いつき、大声で笑った。
それにつられて、後ろの男達も笑い始める。
「ギャッハッハッハ! 俺と戦うってのか!? 冗談もほどほどにしとけよ!」
「ん? ああ、悪いな。俺の言い方が悪かったようだ。誤解させてしまったらしい」
「あ? どういうことだ?」
未だに笑いが止まらないという様子のゴーグルを見ながら、バアルは他の冒険者達にも聞こえるよう、バレない程度の拡声魔法を使用して伝える。
「『俺一人』と『お前達全員』の勝負だ。ちょうどいいハンデになるだろう?」
バアルの言葉に、ギルド内が水を打ったように静まり返った。
今まで笑っていたゴーグルやその後ろの冒険者からも既に笑みは消えていた。
「おいおい……冗談でも笑えねぇよ。撤回するなら今のうちだぜ?」
「おや、冗談とそれ以外すら判別できないようなレベルの脳みそとは思わなかったな。お前の知能に合わせて話してやろうか?」
バアルの言葉がトドメとなり、ゴーグルは完全にブチギレた。
しかし、その時だった。
「貴様らぁ!! 何をしとるかぁ!!」
突如として爆音の怒鳴り声が鳴り響いた。
バアルが顔をしかめながら振り向くと、そこには予想通りアルカードがいた。
横にはアルカードを呼んできたと思われるクルスの姿も見られた。
「ゴーグル! やはり貴様か! 問題を起こすなと何度言ったら━━」
大声を出しながら近付くアルカードをバアルは手で制した。
「コイツの喧嘩はたった今俺が買ったところだ。邪魔はするな」
「む!? だが、これはギルドの問題だ! 一冒険者が口を挟むことでは━━」
「黙れ」
そう言い放ち、バアルはアルカードを睨みつける。
いつもならば規則や礼儀などを守ることを旨とするアルカードだが、それを咎めることをしなかった。いや、できなかった。
バアルの持つ絶対的な王としての覇気。
無意識に漏れ出したそれがアルカードの反論を許さなかった。
「━━わかった。お前がそう言うならばお前に譲ろう。だが、勝負はギルド内の闘技場で行い、審判は俺が務めさせてもらう。これはギルドの人間として最大限の譲歩であることを理解してくれ」
「ふむ、まあ、いいだろう。お前はどうだ?」
「俺らはテメェを潰せるならなんだっていいんだよ。さっさと始めんぞ!」
こうして、意図せぬバアルとゴーグルの喧嘩は、ギルド公認の決闘という形となった。
ゴーグル達『岩人組』がニヤニヤと余裕に満ちた笑みを浮かべながらギルドの決闘場へ向かう中、バアルの頭の中は一つのことでいっぱいだった。
(さて、どんな方法で潰してやるとするかな)
バアルは口元を隠しながら、しかし、それでも抑えられぬようにニヤリと笑った。
今後の投稿について
今後、重点的に投稿していくのは『転生暗殺者のゲーム攻略』に決まりました。
『魔神王の暇潰し』は六話を投稿したあとはしばらく休止します。
一切投稿しないわけではないため、ご安心ください。
今後も読んでいただけたら幸いです。