第四話 魔神王、依頼を受ける
テストやら試合やらでの投稿遅れ、謎の四、五話の投稿ミス、本当に申し訳ございません。
三話分ではありますが、二作品の今後の投稿については五話の後書きに書いてあるので是非ご覧下さい。
その後、ルインも魔法試験を受け、二人の登録試験が終了した。
ちなみにルインは普通の人間より少し強い程度に威力をコントロールしていた。
「はい、これで終了です。本来はこれから合否の審議があるんですが……まあ、必要ないですね。お二人の合格証明書と冒険者カードを作成しますので、少々お待ちください」
そう言われ、バアルとルインは元いた受付の前のカウンターへと戻った。
『バアル様、やりすぎぬようにと言ったはずですが?』
ルインが『魔法通信』でそう話すと、バアルは少しバツが悪そうな顔で応答する。
『すまぬな。まさかあの程度の強度しかないとは思わなかった。許せ』
『反省しているのならば、私は何も言いません』
最後にもう二度と無いようにと釘を刺し、バアルとルインは静かにクルスが戻るのを待つ。
「お待たせしました。これが貴方達の冒険者カードになります」
戻ってきたクルスに渡されたのは金属製のプレート。
その表面は何かに濡れているかのように、淡く輝いていた。
(魔法が掛けられているな。劣化防止と……魔力特定か。身分証にもなるとはこれのためか)
魔力特定はその名の通り、指定した魔力以外に反応しなくなる魔法である。
本来冒険者カードには名前やランク、身分が書いてあるほか、魔力を流すと全体が眩く光るように設定されている。
これに魔力特定を組み合わせることで、身分の偽装や盗難などを防ぐのである。
「これで晴れて冒険者となりました。これからすぐに依頼を受けることもできますが、どう致しますか?」
ぼんやりとカードを眺めていると、ルインがそう尋ねた。
「そうだな……。行ってみるのも面白そうだ。行くとしよう。依頼を適当に見繕ってくれ」
「承りました」
ルインはそう言うと、依頼の貼ってある掲示板へと向かっていった。
ルインはギルド内ではかなり目立つ。
ギルドには少ない女性であり、さらに非常に美しくメイド服を着ているため、注目されるのも無理もない話である。
中にはルインに下卑た視線を送る者までいた。
バアルはそれに少々苛立ち、チラリと一瞥するが、ソイツが目を背ける気配は無い。
騒ぎを起こすわけにはいかないので、ソイツの顔を覚えておくに留めた。
そんなことは露知らず、ルインは一枚の書類を持って戻ってきた。
「バアル様、この依頼が良いかと思われます」
そう言って渡されたのは、『ゴブリン討伐』と銘打たれた書類だった。
「ゴブリンか……もう少し骨のある依頼は無いのか?」
「しかし、バアル様。我々が受ける依頼には制限がございます」
「制限だと?」
「はい。冒険者には Ⅰ 級からⅩ級までのランクがあり、それぞれに対応したランクの依頼しか受けることができません。冒険者になったばかりの我々ではⅩ級の依頼しか受けられません。申請すれば上のランクの依頼を受けられますが、いきなり上級ランクに挑むのは不審に思われるため、Ⅹ級を受けるのがよろしいかと」
「そうか。ならば仕方ない。それを受けるとしよう」
そんなやり取りがありながら、二人は初めての依頼に挑むのであった。
◇ ◇ ◇
依頼を受けて来たのは、バアル達が街へ来る際に通った森。
夜とはまた違った様相を見せる森をバアルはしげしげと眺めていた。
(夜も良いが、昼もまた美しい。同じ場所でも違った風景を見られるとは、なかなかに興味深いな)
まだまだ知らないものが、見たことないものがこの世界にはある。
それだけでバアルは愉快な気分になるのだった。
「さて、見るのは後だ。まずは依頼を達成せねばな」
バアルは意識を切り替え、基礎魔法の『探知』の範囲を狭めて発動させる。
『探知』は範囲を狭めるほど、その範囲内の精度は上昇する。
もっとも、バアルの魔力量ならば半径百キロに展開したとしてもゴブリンの魔力を識別するくらいは可能なため、必要ない行為となった。
しかし、それらしい反応はあるものの、バアルは首をかしげた。
「ルイン、この場所に本当にゴブリンがいるのか? 到底いるとは思えんぞ?」
ついにバアルはしびれを切らし、ルインにそう尋ねた。
その目は細められており、明らかに不機嫌である。
ルインはそれを気にすることなく、落ち着いた声音でバアルに応じる。
「いえ、間違いなくいます。あちらに今から現れるかと」
そうルインが指したほうを見ると、草むらからガサガサと物音が立ち、一体の魔物が現れた。
大人の腰ほどの体躯、緑色の肌、額の小さな二本の角、醜悪な顔つき。
人間世界の住人ならば百人中百人がゴブリンと答えるであろう完全なるゴブリンだった。
しかし、当のバアルは首をかしげたままだった。
「アレがゴブリン? アレは似たような別の種族ではないのか?」
バアルがそう考えたのは理由がある。
バアルは魔界でゴブリンを見たことがあった。
しかし、魔界のゴブリンは今目の前にいるゴブリンとは似ても似つかない姿をしているのである。
体躯はバアルとさほど差は無く、肌は緑ではなく黒。
角は十センチほどあり、顔つきはどことなく間抜けに感じるようなことはなく、真剣な表情をしていることが多い。
それがバアルのよく知るゴブリンである。
ルインの言っていることが理解できないと言わんばかりに、バアルはルインに視線を注いだ。
「バアル様、魔界と人間世界のゴブリンは別物だと考えてください。というより、魔界と人間世界の魔物は同一視しないほうが良いかと思われます」
「む? なぜだ?」
「魔界は人間世界と比べて遥かに魔力に満ちています。その濃すぎる魔力によって、魔力をエネルギーとする魔物も強化されているのです。アレをゴブリンと呼ぶなら魔界のゴブリンは━━さしずめ“悪魔小鬼”といったところでしょうか」
ルインの説明を聞き、バアルは少しだけ喜んだ。
(つまり、名前は同じでも違うということか。狩りでも楽しめるかもしれないとは、嬉しい知らせだな。まあ、それは後だ。まずはコイツを倒すとするか)
内心の高揚を鎮め、バアルはゴブリンへと意識を集中させる。
登録試験での件を思い出し、使用する魔法を極めて慎重に吟味していく。
その結果として、選択した魔法により、緑色の小さな魔力の球体がバアルの手のひらに現れる。
バアルの手のひらから放たれたそれはまっすぐにゴブリンの額を穿ち━━爆ぜた。
ゴブリンの頭部を爆散させ、その風圧で身体を押し潰され、周りの木々をなぎ払った。
「よし、こんなものか」
目の前に広がる惨状を見ながら、バアルは至極当然のようにそう言い、ルインは今日何度目かもわからぬ溜め息をついた。
バアルが使用した魔法は風属性魔法最下級『風弾』の改良版。
本来込められないほどの魔力を込められた風の弾丸は、敵に当たると共にその魔力を解放し、周囲を破壊するように設定されている。
当然その威力は最下級魔法の範囲に留まるはずもなく、下手な中級魔法より高い威力を誇っている。
ルインはこのような暴走を抑えるのが自分の使命だと感じ始めていた。
しかし、これを注意しては、そんなことを知らないバアルには、いつもより威力をかなり抑えた魔法さえ撃てないのかと不興を買う恐れがある。
ルインはバアルを抑えるために思考を展開させる。
「見事です、バアル様。しかし、周りを破壊するような魔法の使用は控えたほうがよろしいかと」
「む? なぜだ?」
「貴方様もこの美しい景観を損ねるのは望まれないでしょう?」
ルインが考え抜いた先に得た答えがこれだった。
破壊するからダメというのではなく、なぜ破壊してはならないかを伝えてもバアルは聞かない。
それ故にバアルに訴えかけるのは理屈ではなく感情。
本来おかしな話ではあるが、それが最も効果的なのである。
「確かにそうだな。破壊は控えるか」
なんとか説得できたことに、ルインは安堵する。
ちょうどその時、バアルは他にもゴブリンの反応がないか探っていた。
(半径一キロの範囲に約三百体か。非破壊広範囲殲滅ならばあの魔法だな)
バアルは使う魔法を決めると、すぐさま魔力を練り上げる。
生み出されたのは拳大ほどの黒い魔力球。
あまり大きくはないが、秘めた魔力量は登録試験の『炎魔連爆』の数倍はある。
バアルがそれを思い切り地面に叩きつけると、魔力球から闇が地を這うように広がる。
その広さはおよそ半径一キロ。
先程バアルが『探知』でゴブリンを探っていた範囲と同じである。
「さあ、ゴブリン達よ。俺の糧となるがいい。『千手影殺』」
バアルの言葉と共に、地面に広がった闇は範囲内のゴブリン全てを呑み込んだ。
どうにか抜けようと藻掻いていた者もいたが、最後には例外なく無力化された。
しばらくして闇からゴブリン達は解放されるが、その全てはまるで眠るように息絶えていた。
『千手影殺』は闇属性魔法の中でも異端中の異端。
その能力は影で呑み込んだ命あるものを、一切の外傷無く無理矢理死に至らしめるというもの。
今は対象をゴブリンのみに絞っていたため被害は少なく済んだが、指定しなければ範囲内の草木までもが枯れ果て、死滅していただろう。
そんな凶悪無比極悪非道な魔法を何のためらいもなく放ったバアルは満足そうに頷いた。
「どうだ、ルイン。一切の破壊無く全てを崩壊させる。ルインが言っていたのはこういうことだろう?」
そういうことではない、という言葉を無理矢理堪え、ルインは静かに首肯した。
ちなみに、今後しばらくこの周囲はゴブリンが近寄らなくなり、数少ない安全地帯になったとか……