第一話 魔神王、人間世界へ行く
新連載です!
楽しんでいただければ幸いです!
悪魔。
それは人を騙し、惑わし、唆し、堕落させる空想上の怪物。
一説には契約を結べば知識や使い魔を授けることもあるそうだが、危険な存在であることに違いはない。
この世界では魔物の一種として知られている。
高度な魔法を使い、個体によっては高い身体能力を持つ危険な魔物。
上位の個体になると、一体で国や街を崩壊させるほどの力を持つという。
そんな悪魔には階級が存在する。
一つ目に下級悪魔。
人間世界では非常に危険な魔物だが、悪魔の中では最下位に位置するいわば雑兵である。
二つ目は上級悪魔。
下級悪魔の進化個体であり、戦闘力はもちろん、知性も進化し、より高度な魔法を扱うという。
三つ目は悪魔将。
悪魔の最上位進化とされており、一体でも発見された場合は、国が総力を挙げて討伐に望むほどの危険性を持つ。
また、貴族階級ともされ、下位の悪魔達を従えているといわれている。
これが人間世界での悪魔の階級である。
━━しかし、真実は違う。
悪魔将が貴族階級というのは間違いではない。
しかし、すべての悪魔将が悪魔を従えているわけではない。
無数にいる悪魔将の中で悪魔達を従えるのを許されているのはたった七十二体のみ。
通称“魔界七十二将”と呼ばれる悪魔達に登り詰めるために悪魔達は日々自らを鍛え、戦い続けるのてある。
さらにその上の階級も存在する。
それが悪魔王。
数は六体しかいないが、それぞれが悪魔将を遥かに凌駕する怪物である。
そして、その上に君臨するのがすべての悪魔を創り出し、支配する絶対の王。
その名も魔神王。
原初を冠する名の通り、彼はすべてを創り出した。
すべての悪魔は彼から生まれ、与えられた力も魔神王の劣化版にすぎない。
そんな世界屈指の存在となった彼は今何をしているのか━━
◇ ◇ ◇
魔界。
極彩色の空とこれまた極彩色の荒野が広がる中で、似つかわしくない豪奢な城が建っていた。
白と黒を基調とした派手ではないが美しい城。
内部や外壁には汚れや塵は見当たらず、すみずみまで手入れが行き届いているのが見て取れる。
その城の最奥に位置する巨大な玉座に一人の青年が座っていた。
黒髪と赤い瞳の眉目秀麗な顔立ちに、黒いズボンに白いシャツ、黒い上着を着ている。
一見すると普通の青年にしか見えないが、彼こそが魔界の支配者魔神王のバアルである。
青年は━━バアルは玉座の肘おきに頬杖をつき、虚空を見上げぽつりと呟いた。
「━━暇だ」
バアルには悩みがあった。
それも数千年に渡って悩み続けている筋金入りの悩みである。
それは━━退屈。
(近頃は魔界七十二将の入れ替えも、俺に挑んでくる愉快な連中の訪問も無い。どんな能力を持っていようと、悠久の時間の前では無力だ)
そう考えてバアルは小さく溜め息をついた。
そして、もはや日課となっている暇潰しの方法を思案する。
といっても、基本良い考えが出てくることは無い。
そのため、いつもは魔界を当てもなくフラフラと歩き回ったり、そこらに魔法を撃ってクレーターを作ったりするのだ。
しかし、今日は違った。
「そうだ、人間世界へ行こう」
人間世界は魔界とは異なる次元に存在する人間などが住み暮らす世界である。
しかし、基本的に悪魔が人間世界へ行くことはない。
理由は悪魔は身体が魔力で作られており、依代と呼ばれる物質を介さない限り、人間世界では長時間過ごせないから。
また、戦闘種族である悪魔が満足できるような魔物が少ないというのも挙げられる。
しかし、バアルは依代の入手には目星がついており、もう既に戦闘には飽いていたため行かない理由はなかった。
『自分で決めたら実行する』が信条のバアルはすぐさま行動に移る。
まずは『転移』を発動し、城の地下のとある一室の前へと移動する。
動物かなにかの装飾があしらわれた重厚な扉を開けると、そこには夥しい数の魔物の死体が放置されていた。
(…少し減ったか? まあ、これだけあれば十分だろう)
バアルは部屋の中央付近に移動すると、死体をどかして魔法陣を書き始めた。
丸や三角などの図形や記号なのか文字なのか紋様なのかわからない線を次々と書き込んでいく。
「ふむ、こんなものか」
出来上がった魔法陣に大量の魔力を流し込む。
すると、部屋中の死体がすべて消え去り、バアルの同じ体格の人形が現れた。
続いて、バアルは自らを魔力と化し、人形に注いでいく。
すべての魔力が人形に宿った頃には、人形はバアルと全く同じ容姿となった。
バアルが使用した魔法は『魔人形創造』といい、魔力や物質を使用してゴーレムを創成する魔法である。
本来は傀儡として操るものだが、バアルはそれに乗り移ることで人間世界へ行くための依代としたのである。
人形と同化したバアルは確かめるように肩を回したり手を握ったりする。
「完璧……ではないか。だが、問題なく作動する。全力は出せんだろうが、人間世界ならば十分すぎる」
バアルは内心満足した様子で頷くと、虚空へ手をかざし、詠唱を始めた。
「魔神王バアルが命ずる。今ここに死の門を開く。悪辣なる使者よ、我が元へ集え。終焉よ来たれ。破滅よ来たれ。━━『魔界門創造』」
詠唱を終え現れたのは、見ているだけで息が詰まりそうなほどに禍々しいアーチ型の門。
余談だが、詠唱が異様に仰々しいのは、悪魔の襲来は本来は世界を滅ぼすほどの一大事だからだが、今回はただの暇潰しである。
バアルはそのまま門を潜る……かに思われたが、その直前で立ち止まり、一つ声を上げた。
「ルイン、言いたいことがあるのならば言うといい。俺はそれを咎めるほど小さい男ではない」
それに反応して扉の傍から現れたのはバアルと同じく黒髪赤目の女性。
純黒色のメイド服を着ており、その顔には一切の感情が抜け落ちたかのように、表情が見られなかった。
「申し訳ございません。バアル様の動向把握も私の役目と判断し、尾行を行っておりました。私ごときがバアル様に御意見など過ぎた真似は致しません」
ルインはそう言い、少し逡巡したあと口を開く。
「人間世界へ行かれるのですか?」
「ああ、そうだ。しばらく留守にするが……」
バアルはそう言うと、ハッとした顔をして、ルインに問い掛ける。
「いや、ルインも行くか?」
その言葉にルインは驚き目を見開く。
しかし、すぐさまもとの表情に戻し、バアルへ向き直る。
「御命令とあらば」
「いや、強制するわけではない。断っても構わんが……」
「是非行かせていただきます」
「そうか。ならば行こう」
ちなみにルインの依代は必要ない。
ルインの肉体は魔力と分子レベルで分解された物質が混ざり合って作られており、魔力と物質を自在に切り換えることで人間世界にも存在できるのである。
以前バアルの戯れによって作られたが、ここで役立つとはバアル自身も予想外であった。
こうして二人は門を潜った。
◇ ◇ ◇
「ここか」
門を潜ったバアルの視界一面に広がるのはうっそうと生い茂る木々の群れ。
人間世界では『森』と呼ばれる地形である。
周囲は薄暗く、ただ木の葉の間から僅かな光が漏れ出していた。
「━━美しい」
バアルはその光景を見てほぼ無意識で呟いていた。
人間世界ではありふれた光景もバアルには初めて見るものばかり。
青々と輝く木々も。
バアルの頬を撫でていく風の流れも。
黒い空に浮かぶ天体の放つ淡く青白い光も。
すべてがバアルの目を、耳を、心を刺激する。
あまりにも美しい光景にバアルは思わず息を呑んだ。
(胸が高鳴るなど何年ぶりだ? 少なくともここ千年は忘れていたな……)
もはや最後に感じたのがいつかもわからない感情にバアルは内心驚愕していた。
しかし、そんな感情すら次の瞬間には消え去っていた。
もしかしたら、知らないうちに忘れ去ってしまった感情すら呼び起こしてくれるのではないかというきたいすら湧き上がっていた。
「ルイン」
「はい」
「行くぞ」
「どちらへ?」
バアルはルインの方を向き小さく微笑んだ。
「俺の気持ちの向く方へだ」
今までほとんど感情の変化がなかった主の変わりように、ルインは少なからず驚愕していた。
しかし、ルインはそれを表情に出すことなく、一言だけ返答する。
「御心のままに、我が主」
こうして二人は━━二柱の悪魔は歩き出す。
一方は自らの感情を呼び覚ますために。
もう一方は我が主が望むが故に。
二柱は森の闇へと消えていった。
今後の投稿についてのお知らせ。
私はこの作品の他に一つの連載ともう一つの新連載をしており、学生業の傍ら趣味として書いています。
しかし、同時に三作品を連載するのは大変なため、新連載の二つは十月までの評価などで重点的に連載するのを決めようと思っています。
大変身勝手なことなのは承知しておりますが、なにとぞご理解ください。
五日間は毎日投稿を致します。
もし、もう一方を重点的に連載することになっても、今後投稿しないわけではないのでご安心ください。
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