決勝戦
「それでは、始め!」
会場は、グラウンドの様な場所だ。
地面は砂、周囲に障害物は何もない。
「全てを創りし創造神の眷属たる氷の神フリーレンよ」
私は複雑な魔法より基本魔法の方が得意、と言うか好きだ。
理由は簡単、魔法陣を描く必要がないから、そして、自由度が高いから。
「我に力を与え給えーアイス!」
例えば《氷槍乱散舞》は、上空に大量の氷の槍を創り出し、それを一斉に落下させる範囲型攻撃魔法だ。
だが、わざわざ専用の魔法陣を描かなくても、魔力が充分にあればー
アンゼルムの頭上に、50を超える先端の尖った氷を創り出す。
「ーフレイム!」
急いで詠唱を終わらせ、手を上に向けたのがわかった。
だが、それでは防ぎきれない。
風魔法を使って、氷を発射した。
「うぉぉ!?」
アンゼルムの炎もそれなりに強力で、ぶつかった氷は溶けて無効化される。
だが、溶けたのは1割にも満たない数だけだ。
ーん、ちょっとずらさないと危険かな?
進路を変更、アンゼルム本人ではなく、その前後左右を落下地点に変える。
ズガッと音を立てて、氷が地面に突き刺さった。
即席の氷の檻に閉じ込められたアンゼルムは、一つ息を吐くとー
「決勝戦でもこうなるよな…」
諦観と尊敬の入り混じった顔で、そう呟いた。
「…ティアナ、頼みがある」
試合中に相手に向かって喋りかけるなんて、と思い審判の方を見たが、特に反応はしていないのてま大丈夫なのだろう。
「何?」
「1度だけ、俺に魔法を使わせてくれ」
…は?
使いたければ好きに使えばいいではないか、と言いたくなるのを堪え、首を傾げた。
「魔法が完成するまで妨害するなってこと?」
「あぁ。頼む、1度でいいから全力の魔法を見て欲しい」
滅茶苦茶な要求だ。
後出しで防がなければいけないなんて、私のメリットが何もないではないか。
だが、このまま基本魔法だけで終わってしまうのはもったいない、という気持ちは…ないわけではない。
「わかった。そっちが発動したらすぐに反撃するからね?」
「恩に着る」
やり取りが聞こえていなかった観客が、いきなり手を止めた私を見て訝しげに囁き合っているが、無視だ、無視。
そんなもので心を乱している場合ではない。
アンゼルムの起死回生の魔法がどんなものか、それを見極めなくては。
『全く…ティアは優しいなぁ』
ー今は試合中だよ、ノエル
ぴょこん、といきなり脳内に顔を出したノエルを、軽く戒める。
『せっかく空いた時間をティアとのお喋りに使いたいなーと思って』
ーうん、本題は?
『ちぇ、真剣な時のティアは冷たいんだから。あそこら辺の雑音が耳に入って来たから、一応伝えようかなって』
雑音というのはおそらく、観客席で交わされる会話のことだろう。
ノエルも私と同じく、あれらを雑音認定したのか。
『ボクにとってはティアと精霊王様とネージュとソフィーの声以外、全部雑音だけどね。じゃなくて…何だっけ?』
ー頑張って思い出して、そろそろアンゼルムの魔法が完成するから
『あー、そうそう。《炎》の皇族には特別な魔法が伝わっているーとか、血を引く者にしか使えない魔法があるーとかそんな感じ』
ーそれ、本当なの?
『知らないよー。仮にあったとしても、次期領主でもないのに知っているとは思えないし』
そうノエルが締め括るのと同時に、アンゼルムが魔法名を叫んだ。
「ー《火焔地獄》!」
魔法陣から特大の炎が飛び出し、アンゼルムを除いた辺り一帯に一気に燃え広がった。
「ーアイス!」
咄嗟に氷で壁を創ったが、あっという間に溶けるか、横から回り込まれてしまう。
「…これが、アンゼルムの奥の手かぁ」
基本魔法ではどうにも対処の出来ない、上級の魔法。基本魔法しか知らない新入生相手にこれを使ったら、一瞬で相手は黒コゲになるだろう。
だが、私は基本魔法の方が好きなだけで、他が使えないわけではない。
「全てを創りし創造神の眷属たるー」
自然と右手が動き、虚空に魔力で複雑な記号を連ねていく。
描いているのは、すぐに授業が終わっていた時期に暇潰しで創った魔法。
「ー《氷雪の不死鳥》」
ふわっと魔法陣から1羽の鳥が姿を現した。
もちろん、疑似生命を創ることは不可能だ。
これは厳密には鳥ではなく、冷気が鳥の姿に見えているだけであり、鳥として自由に動くことはない。
だが、その鳥が現れた瞬間、空気が文字通り凍った。
荒れ狂っていた炎が、鳥が纏う氷と雪に押され、消えていく。
現実であり得る光景なのかはわからないが、物理法則等の諸々を無視しているのが魔法なので、今更だろう。
実体のない羽を動かし、炎の上を飛び回る。
本当に生きているかの様な幻想的な姿に、会場が静まり返った。
「は、ははは…全力でも届かない、か」
炎と氷が相殺し合い、試合開始直後と同じ様に何もなくなった空間では、アンゼルムの声がはっきりと私の耳に届く。
「俺の負けだ」
最大級に派手な試合は、アンゼルムの降参で幕を下ろした。
時を同じくして剣が弾き飛ばされる音が響き、審判の先生が私達の名前を叫んだ。




