課題の答え
何を使っても構わない、と先生は確かに言った。
だから、ソフィーは私の、私はソフィーの知識を利用する。
棚で手に入れた本を片手に席に戻り、机をくっつける。
ちら、と先生を見ると、驚いて固まっていた。
「ソフィー、どう思う?」
「先生の反応が面白…じゃなくて、液体は…」
試験管立てに立てられた、5つの試験管の内、左端と真ん中を指差した。
「これとこれは見たことがある。回復薬と、毒だよね」
「うん。一般的に使われている低位回復薬と、北の方で取れる薬草から抽出される毒を薄めたもの。名称はー」
ソフィーと同じ意見なので、自信がついた。
これなら、本は見るまでもなく、覚えている。
「左から2番目の琥珀色の液体、これ、もしかして…」
確認するには勇気がいるが、毒でもソフィーが何とかしてくれるだろう。
ぽん、とコルク栓を抜き、手であおいで匂いを確かめる。
「アルコール…?」
「お酒、だね」
薬と毒ばかり気にしていたが、酒も混じっているとは。
引っ掛け問題か…出題者は滅茶苦茶性格が悪いに違いない。
「残りは2つ…」
右から2番目は透明でさらさら、右端は黄色でとろとろしている。
「どう思う?やっぱり毒かな?」
「んー…」
薬、毒、酒、と液体で考えられる選択肢は全て埋まっている。
試験に酒を入れる人が、毒を再び出題するだろうか?
「何か粉末を溶かした?」
「だとしたら、絞り切れないよ…」
試験に解くことが不可能な問題を出すのは、禁止されている。
だから、どこかに手掛かりを残しているはず。
右から2番目の液体は、本当に綺麗な透明だ。
不純物は一切浮かんでいないし、濁ってもいない。
右端のは、透き通ってはいるが、均一ではなく…塊のようなものが浮かんでいるような…
「…っ、これって」
少し濃い黄色の海藻みたいな形の塊と、白い欠片のようなもの。
「ティア、違っててもいいから、言って?」
これを私は見たことがある。
特に、厨房で…
「これ、卵白…?」
「はぁぁ!?」
黄色く、とろっとした液体。
白い欠片は、卵の殻…
「え、そんな試験あり!?」
卵白は液体なのか?
疑問だが、解けたのでまぁ良しとしよう。
「じゃあ、残りは1つだね」
嬉しそうに、残った試験管をくるくると回す。
卵白という私の予想外の考えを、全く疑わずに。
「これが1番わかんないんだよ」
もし口にしたのが他の生徒だったら、真っ先に「点数を落とすための罠ではないか」と疑い、自分で確かめようとするはずだ。
この協力態勢は、お互いの信頼がないと成り立たないもので、その点においてはソフィーと私は最強だろう。
互いを落としたり、嵌めたり、足を引っ張ったりすることはあり得ないのだから。
「匂いもしないし…こうなったら味見するしか…」
「いやいや、毒だったらどうするの?」
大抵の毒には、私達は耐性があるから大丈夫だ。
だが、毒かもしれないものを飲むなんて、容易には頷けない。
「…最悪、毒でも助けてくれるでしょ?」
「そりゃ助けるけど、授業に命懸けなくてもいいって」
早まるソフィーを何とか止めて、試験管を手から奪い取る。
その拍子に手が滑り、試験管が床に落ちる。
「よっ…と」
驚きの反射神経で床と衝突寸前の試験管を掴み、割れて中身が飛び散るのを防いだソフィーが、にぃーっと悪い笑みを浮かべた。
「…これ、毒ではないね」
「みたいだね」
私達が見ていたのは、先生の反応。
協力している間ずっと放心状態の先生でも、毒物がぶち撒けられそうになったら、流石に慌てるだろうと思い、やってみた。
その結果は、無反応。
これの中身は、命に関わるような毒ではない。
「それじゃ…」
栓を抜いて、中身を数滴、腕に垂らす。
暫く待ってみたが、何の変化も起きない。
「即効性のかぶれ薬とかでもない、か」
腕に垂らしても、静止の声はかからなかった。
毒ではないと断定するには証拠が足りないが、時間も限られているし、一度仮定してみよう。
「流石に、5分の2がお酒ってことはないよね?」
「高価な薬ってわけでもなさそうだし…意外とありふれているもの、とか?」
薬、毒、酒、卵白…そして、透明な液体。
何も混ざっていないみたいに透き通っている、まるで…
「「…まるで、水みたい」」
はっと互いの顔を見合わせる。
それだ、と確信が持てた。
この試験では、正体を当てればそれでいい。
証明も証拠も必要ない。
「「先生、わかりました」」
「…聞こえてたからわかる。合格だ」
炎の日、1限 生物学で無事に合格を果たし、2限の武術の教室へ移動した。
生物学の教室に1人残された先生が、
「嘘だろ…薬でも毒でもない、酒と卵と水に気が付いた…?逸材なんてレベルじゃないぞ…」
と頭を抱えていたかどうかは、また別のお話。




